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第27話 問答

「クローシュ子爵」

「はい」

「何用か?」

「申し上げます。陛下は彼らに国宝である『聖典』を使用させるつもりのようですが、彼らのように素性の知れない者に国宝を使用させる事に私は反対します」

「……彼らは異世界の勇者だ。素性が分からない、という意味ではその通りなのかもしれないが、魔王が復活した現在では異世界の勇者、というだけで身分としては十分だと私は考える」

「彼らが異世界の勇者だというのも彼らが自分で言っているだけで証明する物は何もありません。本来なら、異世界から召喚したメグレーズ王国が管理し、勇者だと証明しなければなりませんが、現在はデュームル聖国に来た勇者がいるなどという話は聞いておりません」


 ちょび髭を生やした小太りの男性がいきなり大聖堂に入って来ていちゃもんを付けて来た。


 彼の言い分を聞くなら身元の分からない相手に国宝を使わせるべきではない。


 そんないちゃもんを聞く聖王様は疲れた様子で反論していた。


「……彼らがいなければ魔族パラードによってグランノース砦は蹂躙され、今頃は魔王軍が聖都へ押し寄せていた事になっていた。身元に関係なく報酬は支払われるべきだと思われる。彼らが『聖典』の使用を望んでいるなら、この国の王として応えなければならない」

「彼らのような若者が魔族パラードを倒した? その事実も本当かどうか分かりませんよ」

「きさま……!」

「陛下は何を持って彼らの言葉を信用したのですか?」


 何やら話が長くなりそうだ。

 こっちは長い時間馬車に揺られていたせいで疲れている。


 時間が掛かりそうなので休憩させてもらう事にする。

 収納からカップを4つ取り出して仲間に持たせる。自分のカップを左手に持って右手に出現させたポットに淹れてある紅茶をカップに注いで行く。


 この紅茶は、デュームル聖国に来た初日に泊まった宿で売られている紅茶で、持ち帰りのようなサービスはしていなかったのだが、近くの店で買って来たポットに無理を言って分けてもらった紅茶だ。

 収納に入れておけば鮮度は常に新しいまま保たれるので、もらってから数日が経過した今でも淹れたてを飲むことができる。


「ああ、おいしい……」


 気分を落ち着かせる効果もあるのか疲れも消えて行く。


 だけど、やっぱり紅茶を飲んでいると日本人としては緑茶が飲みたくなる。

 この世界では緑茶は田舎でしか飲まれていないらしく、俺たちが立ち寄った街には紅茶しかなかった。仕方なくはあるもののない物を無理に強請っても仕方ない。


「……美味しいです」

「おやつない?」

「カステラでいい?」


 なぜか売っていたカステラ。

 いや、似ているだけで名前は違ったし、味も微妙に違うので以前いた日本から召喚された勇者が故郷を懐かしんで現地にある材料で再現できないかと頭を悩ませながら作ったお菓子だろう。

 せっかくなのでおいしく頂く事にする。


 こういうお菓子系は個人で摘まむ分を除いてショウたちのアイテムボックスとは違って無限に収納できる俺が保管している。


「おい、きさま!」


 クローシュ子爵が休憩している俺たちを見て怒鳴っていた。


「……なんですか?」


 カステラを飲み込んでから訊ねる。


「私たちを無視して休憩するとはどういうつもりだ?」

「いえ、話が長くなりそうだったので関係ない俺たちは休憩でもしていようかと」

「私たちがしている話はお前に関係がある話だぞ」


 俺の言葉を聞いてクローシュ子爵が呆れたような顔になる。

 他にも大聖堂内にいる護衛の騎士、バステス侯爵も苦笑している。


 しかし、俺にとっては本当に関係のない話だ。


「俺はバステス司令と『魔族パラードを倒す代わりに「聖典」を使用する』という約束をしました。バステス司令も侯爵家の名に懸けて誓ってくれましたし、侯爵も受け入れてくれました。だから、俺が勝手に『聖典』を使用したとしても責任を負うべきは侯爵になるはずです」

「そういうわけにはいかん!」


 大聖堂にゾロゾロと兵士が雪崩れ込んで来た。


「どういうつもりだ?」


 現れた兵士の姿に聖王様が顔を顰めている。


「元より冒険者の事など信用しておりませんでした。彼らは国宝を盗むつもりみたいですし、この場で捕縛してしまっても構わないでしょう」

「私が聞きたいのはそんな事ではない。お前が連れて来たのは我が国の兵士だ。お前は、国王である私の許可も得ずに勝手に兵士を動かしているのだぞ」

「これも全ては国を想えば、です」


 兵士を引き連れたクローシュ子爵。


 しかし、肝心の兵士たちの顔は優れない。

 なにせ自分たちが武器を向ける人物の前には警戒する聖王陛下がまるで守っているかのように立っている。


 この状況、自分たちは正しいのか?


「兵士たちよ。クローシュ子爵に命令されているだけなら武器を下げよ。彼には君たちに命令をする権限はない。これ以上、私の客人に武器を向けるというなら私は罪のない君たちを処罰しなければならない」

「そ、それが……」

「彼らに命令を出しているのはクローシュ子爵ではなく、私ですよ」

「マゴット公爵」


 また新しい人物が増えた。


 新しく大聖堂に入って来た人物は、20代後半の文官みたいな金髪をオールバックにした男性で穏やかな笑みを浮かべていた。


「公爵。君なら非常時に軍を動かす権限はあるが、今は非常時ではない」

「残念ですが、非常時です。貴方は国を守る王でありながら素性の全く分からない者に国宝を使用させようとしている。これは、乱心している可能性があります。お疲れのようですから城で静養されてはいかがですか?」

「そんなに権力が欲しいか」

「なんですって?」

「貴様が卑劣な手段で先代公爵を貶めたのは証拠がなくても周知の事実だ。身の丈を超える権力を欲している若者に老人から忠告だ。自分の器以上の欲を求めてしまうと破滅することになるぞ」

「これは、おかしな事を言う。私が父を貶めた? そのような事実は一切ありません。やはり、聖王陛下は疲れているみたいだ。陛下には安静にしていただく必要があります。連れて行きなさい」


 公爵の命令を受けて2人の兵士が聖王様の隣に立つ。


 王の命令すら聞いていない。

 公爵に個人的に弱みでも握られているのかな。


 俺としては聖王様がどうなろうが知ったことではないが、今連れて行かれてしまうと約束が果たせなくなってしまうので連れて行かれてしまうのは困る。


「あの、連れて行くにしても『聖典』を使用した後にしてくれませんか? 聖王様に『聖典』を使用しているところを見せると約束してしまっているんです」


 連れて行かれは使用しているところを見せる事ができなくなる。

 わざわざ見せる為だけに何度も使用するつもりはない。


「残念ながら君たちも拘束させてもらう。よって『聖典』の使用は不可能だ。そもそも君たちみたいな存在が国宝を手にするなど……」

「もう、そういうのいいんで」


 手に持っていた『聖典』を掲げて大聖堂内にいる全員に見えるようにする。


「なっ、いつの間に!?」


 慌てて『聖典』が保管されている部屋を見るマゴット公爵。

 釣られるように部屋の鍵を持っている神父が施錠されている事を確認するが、鍵はきちんとされている。


「時間が掛かりそうなので拝借させていただきました」

「どうやって!?」

「それは企業秘密です」


 やった事は単純。

 大聖堂の外から収納したのと同じように建物の中から収納させてもらった。

 誰もいない部屋から盗むなど簡単だ。


 そもそもパラードを倒す依頼を引き受けたのも今みたいなゴタゴタを解消し、問題が発生しないようにする為だった。許可を得ずに使おうと思えば簡単に使う事はできた。

 それが命懸けの依頼を成功させたのにいちゃもんを付けられている。


「正直言って俺はこの世界で受ける理不尽に対して容赦をするつもりはありません。せっかく助けてあげたのに感謝もしないというなら敵対するものと見做しますが、よろしいですか?」

「……今すぐに頭を下げろ、マゴット公爵」

「黙りなさい!」


 マゴット公爵が近くにいた兵士に小声で指示を出すと4人の兵士が俺を取り囲む。

 この時点で敵対するものと見做す。


「指示を聞いているだけの兵士には悪いけど、敵対するつもりがないなら忠告するなりして命令を聞かなければいいだけの話だ」


 4人の兵士が消える。


「なっ……」

「驚いている暇があったら、さっさと謝れ! このままだとこの場にいる全員が喰われる事になるぞ」

「ごちそうさまです」


 彼らには悪い事をしたが、死体にした瞬間に収納させてもらった。

 よほどレベルの高い者でなければ俺の動きを追えずに死んだ瞬間を見届ける事もなく消えたようにしか見えないはずだ。


 そして、バステス司令は俺が何をしたのか気付いている。


 さすがにこれ以上無駄に死んで行ってしまうのは忍びないので用事を済ませる事にしよう。


「――綴る」


次回、ようやく聖典を使用します。

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