表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/236

第26話 聖王

 馬車に揺られる事半日。

 朝早くに砦を出発し、昼過ぎになる頃になってようやく聖都へと辿り着いた。


 馬車が止まったのは大聖堂の前。

 ここへ来るのも数日振りだ。


「ん、んぅ~~~~~」


 馬車から下りると体を伸ばす。

 荷物が運べて、数人が乗り込むことができる馬車は、この世界の乗り物としては優秀なのかもしれないが、車を知っている身としては揺れ過ぎて気持ち悪いし、振動が腰に伝わるので辛い。


 ショウたちも降りてすぐに体を解している。


「ははっ、やはり異世界の勇者だな。過去にいた勇者もほぼ全員が馬車に苦戦させられたという話を聞く」


 俺たちの様子を見て笑っているのは司令――バステス司令。


 走った方が速いし、体への負担が軽いにも関わらず馬車を使って聖都まで移動していたのはバステス侯爵の護衛が目的。俺たちの素性など色々な情報を開示しているバステス侯爵にとって実力から安心する事ができるのが俺たちだった。そこで同じ馬車に乗って護衛する事になった。


 護衛と言っても本当の護衛は馬車の外を走っている。

 それに司令が乗っている馬車の前後には他の馬車が走っているので、襲撃があっても俺たちが出る必要はない。


 とはいえ、目的は護衛の他にもあって同じ馬車の中で何時間も一緒に過ごすという事でこれまでにあった出来事を根掘り葉掘り聞かれる事になった。

 俺たちとしてもメグレーズ王国の非情な行動に関しては知っておいて欲しかったので、伝える事については問題なかった。もちろん俺たちのスキルが特別である事など重要な事については伝えていない。


「さて、君たちさえよければすぐにでも報酬を渡したいところだが、どうだろうか?」


 報酬――聖典の使用許可だ。


「改めて聞きますけど、本当に大丈夫ですか?」


 侯爵。

 貴族の中でもほぼトップに君臨する地位の貴族だ。


 いくら権力があってもできない事とできる事がある。


 目の前にいるバステス侯爵は、先日の会議での様子やこれまで会話した様子からそういった事が分からない愚者ではないと思うが、念の為に聞いておかなければならない。


「既に昨日の内に早馬を出して実家の方に掛け合って、侯爵家から聖王陛下へと話が伝わり、許可が出されていると休憩中に通達があった。たとえ、君たちの使用に反対する者がいたとしてもそれは陛下の決定に反するという事だから反対した者の方が罰せられる事になる。君たちは気にしなくても大丈夫だ」


 いつの間にか話が大事になっている。

 俺としてはそれなりに権力のある人の伝手を頼って人気がなくなった時間にこっそりと使わせて貰える程度でよかった。


 権力が必要、とはいえ大きすぎる権力を持ってしまうと要らぬトラブルや依頼を抱えてしまい、自由に動き回る事ができなくなってしまう。俺たちに必要なのは自由に動く為に必要な権力で、行動を縛られてしまうと今後の行動に支障を来してしまう。


「安心してくれていい。君たちの行動が制限されるような事態にならない事も私がバステス侯爵の名に懸けて誓おう」

「いいんですか?」


 魔王が復活した状況を考えれば少しでも強力な力を保有しておきたいはずだ。

 単独行動をしていたとはいえ、最強の魔族を倒した俺たちの力は手元に是非とも置いておきたいと考えてもおかしくない。


「……本音を言わせてもらうなら君たちの行動を束縛することで君たちと敵対したくない。君たちなら聖都を消す事も可能なのではないか?」

「そんな事やりませんよ」

「……『やれない』ではなく『やらない』か」


 おっと、言葉の選択を誤ってしまった。


 バステス司令が言っていたように今の俺なら聖都を消す事ができる。

 文字通りの意味で破壊ではなく、消すだ。

 聖都を構成している物全てを収納してしまえば消えた事になる。


「というわけで君たちと敵対しない状況こそが私の望んだ状況だ」

「俺にとっても望んだ状況なのでありがたいです」


 聖典の使用許可が貰えただけでなく、侯爵からも好意的に接してもらえるようになった。

 近くにいるハルナなんかは小さくガッツポーズをしている。


「ほう、君たちが報告にあった異世界の勇者か」

「見た目は普通の少年といったところだな」

「ようこそ父う、え……へ、陛下!?」


 近付いて来た二人の男性を見た瞬間バステス司令が驚いていた。


 一人は片眼鏡を掛けた50代ぐらいの黒髪の男性で口元には髭まであるのでダンディといった感じの男性だ。


 その隣には杖を突いた60代ぐらいの白髪の男性が立っていた。肩から金色の刺繍が施されたマントを羽織っており、真っ白な服を着ている事から神々しさを感じてしまうような気がする。


 おそらく片眼鏡をした男性がバステス司令の父親であるバステス侯爵。

 隣にいる白髪に白い服の男性が聖王陛下。

 少なくともかなりの地位にいる人物なのは周囲にゾロゾロと護衛を何人も連れている事から間違いない。


 ああ、自分よりもずっと偉い人物の登場にバステス司令が膝を付き始めた。


「ねえ、あたしたちも同じようにした方がいいのかな?」

「俺に王様との接する時のマナーなんて分かるわけがないだろ」


 こちとら元の世界では普通の高校生。

 接した事のある人物の中で一番偉い相手と言えばバイト先の店長だ。王様を店長と同じように接していいはずがない。


 助けを求めるようにショウとレイを見てみるが、二人とも首を振って拒否している。俺に応対しろ、との事だ。

 俺だってやりたくないが、リーダーを引き受けてしまった以上、俺が応対するしかない。


「よい。無理に畏まる必要はない」

「ですが……」

「お主たちの立場は報告を聞いて理解している。この世界に住む一人としてメグレーズ王国の対応を大変申し訳なく思い、謝罪させてもらう」

「へ、陛下!?」


 聖王陛下が頭を下げてしまった。

 どんな事情があろうとも一国の王が簡単に頭を下げていいはずがない。


「頭を上げて下さい。たしかにメグレーズ王国の対応は酷いものでしたが、それでデュームル聖国の方たちが気に病む必要はありません。今回の一件だって、報酬を頂けるので手助けした。対等な立場だからこそ成立した取引による結果です」

「そう言って貰えると助かる」


 聖王陛下が頭を上げてくれた。

 王様にいつまでも頭を下げさせたままなんて高校生の俺には胃に穴が空くような出来事だ。


 とにかくさっさと用件を終わらせよう。


「本日は、私のような者の為に国宝使用の許可を出していただきありがとうございます」

「それだ。私がこのような場所を訪れたのも聖典の使用に関してだ」


 あれ? なんだか雲行きがおかしい。

 バステス司令の話によれば使用許可は聖王様からも貰えているはずだ。


「……何か問題がありましたか?」

「聖典の使用は問題ない。しかし、私は聖王でありながら誰も使用できる者がいなかったため国宝が使用される瞬間を見た事がない。本当に使用できる、というなら私の目の前で実践して欲しい。これは、使用の条件ではなく私の個人的なお願いだから断ってくれても構わない」


 ひっ、聖王様の前で国宝の使用とか緊張で倒れそうだ。

 けれども、聖王様の立場を考えれば聖典がどのような代物なのか知っておいた方がいいかもしれない。こっそりと効果だけを教えるよりも使用しているところを見てもらった方が納得できる。


「……分かりました。ただ、こちらからも個人的なお願いを後で聞いていただく事になりますがよろしいですか?」

「ああ、構わない」


 俺の要望にも笑顔で応じる聖王様。

 こちらからも要求を出すという行為に難色を示すかも、と思われたが快く受け入れてくれた。


 後は、この状況が望んだ状況に落ち着いてくれれば問題ない。


「おい、これはどういう状況だ!」


 最も現在の状況を受け入れられない人物の声が響き渡る。


「……煩い奴だ」


 うんざりした様子のバステス司令と侯爵が声のした後方の馬車へと近付いて行く。


「少しは静かにできないのか」

「一応、この後で審議に掛けられる事になっているが、お前が処分される事は決定されている。残された時間を落ち着いて過ごしたらどうだ?」

「ふ、ふざけるな! こんなところまで連れて来やがって!」


 後ろの馬車は檻のようになっており、中には魔族パラードの封印を壊しただけでなく、魔王軍と通じて内通者みたいな事をしていた男が収監されていた。


 男は、聖都にある正式な場所で審議が行われた後、メグレーズ王国との関わりを追求されたうえで処分される事が決定されている。

 俺たちがいなければ聖都にいる何万という人々が犠牲になってしまう状況を招いたのだから処分されるのは当然の決定だった。


「く、クソ……! こんなはずじゃなかったのに」


 男が望んだ状況としては、デュームル聖国が滅びるような状況を招き、自分は祖国であるメグレーズ王国へと帰還する事。それが叶わず捕まってしまった状況では自分ごと魔物に蹂躙され、証拠になるような物の何もかもが失われる事を望んでいた。


 だが、結果は魔族パラードも倒され、デュームル聖国の中心へと連れて来られた。


 このまま裁判に掛けられても致命的な証拠を持ち歩いていないのでメグレーズ王国へ責任を追及する事がデュームル聖国にはできない。


 しかし、メグレーズ王国への元々あった不満は今回の一件を公表することによって膨れ上がり国際社会の信用を一気に失う事になる。

 メグレーズ王国との繋がりを証明するような証拠は男からは得られなかったが、俺が宝物庫から持ち出した色々な物を提供した事ででっちあげる事に成功した。決定的ではないが、不信感を与えるには十分だ。


「全ては貴様が招いた事態だ」

「聖王……! 元々デュームル聖国のあった場所は、メグレーズ王国の一部でしかなかったんだ。大人しく俺たちに服従していればいいんだ」

「悪いが、この土地を捨てる決断したのはお前たちの方だ。捨てた土地がどのようになろうと捨てた本人には関係のない事……もう、お前の言葉は聞くに値しない。大人しく祖国が国際社会から非難される材料となる事を受け入れて処分されろ」

「ク、クソ……」


 何かを言いたそうにしていたが、馬車がそのまま大聖堂の方へと進んで行く。

 なんでも大聖堂の地下には特殊な牢があるらしく、男が捕らえられている事を知ったメグレーズ王国が取り返しに来ても男を守り切れるように、との事で特殊な牢へと連行されるらしい。


 特に興味もないので俺たちも歩いて大聖堂へと入る。

 聖王様が訪れるという事で大聖堂は貸し切りになっており、以前に訪れたような活気はなく静かな物だった。


 大聖堂を奥へと進む。


「お待ちください! 聖王陛下!」


 大聖堂の入り口前に立った男性が声を張り上げている

 ……なに?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ