第25話 侯爵の名
「いや、君たちのおかげで助かったよ」
砦の責任者である司令の私室。
そこで満面の笑みを浮かべて迎えてくれたのは部屋の主である司令。
「防衛が成功したようでよかったです」
「本当ならもっと多くの犠牲が出ていてもおかしくない。だが、敵が砦に詰め寄っていたところで後ろから攻撃してくれたおかげで犠牲を最小限にする事ができた」
それはよかった。
だが、少なくない犠牲が出てしまったのは事実だ。
別に俺が戦ったからと言って犠牲をゼロにできるとは考えていない。むしろ、戦う事を覚悟していた人たちが犠牲になることは仕方のない事だし、この世界の行く末に関して無関係な俺たちが気にするような事ではない。
「こちらとしては報酬さえ貰えれば多少のサービスは問題ありません。それよりも報酬の話です」
この部屋には現在、俺たちのパーティ4人とサンジェスさんがいる。
サンジェスさんの仲間2人については今も忙しく後片付けをしている砦の方で手伝いをしているらしい。
「それで、こちらが提示した報酬は大丈夫ですか?」
侯爵家の一人である司令は問題ないと言っていたが、改めてきちんとした確約が欲しかった。
「……君たちの功績は国を救ったに等しい。バステス侯爵家の名に誓って君たちが要求した『国宝である【聖典】の使用』を許可しよう」
「ありがとうございます」
「私は今回の件を報告する為、明日には聖都へ戻るつもりでいる。【聖典】を使用したいという事は、君たちも聖都へ行くという認識でいいのかな?」
「はい。それでお願いします」
本当は砦のある最前線でなければ手に入らない魔物なんかが欲しかった。
だが、早く【聖典】を使用してみたいのも事実だ。
「しかし、君たちの功績を考えると国宝とはいえ【聖典】の使用だけでは足りないように思える。何か他に欲しい物があるなら相談に乗らせてもらうが」
「だったら、砦前に落ちていたドラゴンを貰えますか」
「ああ、あれか……」
司令が迷っていた。
俺が要求したのは砦の近くに放置されていたレッドドラゴンよりも小さなドラゴン――ワイバーンだった。
ドラゴンよりも弱いワイバーンだが、空を自由に飛び、鋭い爪や強靭な尻尾による攻撃は人間を一撃で絶命させるだけの力がある。
「あのワイバーンには困らされた。敵の航空戦力にはどうにか対応できていたんだが、ワイバーンが出て来た瞬間から味方の士気が明らかに落ちてしまった。その後、どうにかワイバーンを倒す事には成功したが味方の士気は最悪、敵の軍勢は未だにたくさん残っている。最悪、全滅を覚悟したところに君たちが現れてくれたおかげで持ち直す事ができた」
タイミング的にはよかったのかな。
完全な偶然とはいえ味方の士気を上げる事に一役買う事ができた。
「ワイバーンとはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。肉は美味だし、皮は防具の素材になる。骨も加工次第では武器など様々な用途がある」
つまり、それだけ高値で売れるというわけだ。
犠牲を出してしまった砦としては今後の事を考えれば少しでもお金が必要なところだった。
「いいじゃねぇか」
「サンジェス」
それまで部屋の壁に背を預けて立っていたサンジェスさんが司令に忠告する。
「こいつらがいなければ全滅していたんだ。ワイバーンぐらい渡してやれ」
「お前がそこまで言うなんて珍しいな」
「俺はこいつらの力を自分の目で見させてもらった。だから功績にも納得できるっていうだけの話だ」
「……分かった。ワイバーンについては譲ることにしよう」
「ありがとうございます」
話がまとまってよかった。
今後の事を思えば少しでも強い魔物の素材は欲しいところだ。
既に魔族の中でも魔王に次いで強かった者を倒してしまったのでいずれは魔王を倒せるかもしれない。もう大きな力は必要ないかもしれないが、あって困るようなものでもないので貰っておく。
最悪、魔王以上に危険な存在と対峙する可能性だってある。
魔王以上の力を手に入れたからと言って安心するわけにはいかない。
「では、明日」
砦内にある宛がわれた部屋へと向かう。
冒険者に解放されている大部屋を使ってしまうと無用な騒ぎを起こす可能性があるという事で司令の方で用意してくれた部屋だ。
☆ ☆ ☆
「それで、本当に魔族パラードは倒されたのか?」
あいつらが出て行った事で部屋には俺だけが残された。
わざわざ俺が残ったのは戦闘の顛末を報告する為だ。
指令にとっては、砦に永年いた俺の報告の方が信用できるっていうだけの話だ。
「結論から言うと問題は解決された」
「どういう事だ?」
司令の疑問ももっともだ。
そういうわけで、どうやってパラードを倒したのか説明した。
「俄かには信じられないな……」
俺の報告を聞いた司令が溜息を吐いていた。
「全て真実だ」
「いや、報告を疑っている訳ではない。だが、荷物持ち程度にしか使えないと思われていた【収納魔法】で本当に最強の魔族を倒してしまったのだと思うと……」
「言っておくと、あいつにしかできない芸当だからな」
一般的に知られている【収納魔法】では無理だ。
パラードが再生を完了するまでに数秒の間に触れて収納する。
それを可能するには常に接近した状態でパラードと戦闘をする必要がある。【収納魔法】は便利な魔法だが、所有者のステータスは総じて低いという欠点が存在する。そんな欠点を抱えているのに接近戦なんてできるわけがない。
「分かっている。そもそも、そこまでの再生能力を持っている相手は他にはいないはずだ。【収納魔法】使いをそこまで鍛えていられるほどの暇もない」
魔王が復活した状況では悠長な事をしていられる余裕はない。
「侯爵家としては、強大な力を持っている彼らを是非とも取り込みたいところだ」
「それは止めておいた方がいい」
あいつらの目的は少し話しただけだが元の世界に帰る事に集約している。
当然、報酬もそれに準じた物でなければならない。
だが、そんな報酬を用意できるはずがない。
そして、報酬を反故にされたと知れば、あいつらの牙はこっちへと向けられる事になる。
「分かっている。破格の性能を誇っているのは【収納魔法】だけではない。お前の報告を聞く限り、他のメンバーが使っていた魔法も【錬金魔法】に【強化魔法】、それに【調合】らしいじゃないか」
どれも戦闘には不向きなスキルのはずだ。
けれども、あいつらは自分のスキルなんか関係なく不死なはずのパラードを倒す方法を各々が考えて来た。そして、それを躊躇することなく実行に移していた。
俺たちが不死を前にして怯えるしかなかったのにできることを考えていた。
異世界から来た関係ない奴らが頑張っているのに俺は何をしていたのか。
「残念ながら、あのパーティは私に御し切れるような力ではない」
「それが賢明だ。敵対するのは絶対にダメ。取り込むのも危険な爆弾を抱え込むようなものだと思っておいた方がいい」
あいつらとは適度な距離をもって関係を保っておく方がいい。
「だから絶対に報酬を渡せ」
「……それも考えなかったわけではないんだがな」
やっぱり反故にする事を考えていたか。
けど、反故にした時にあいつらがどんな行動を起こす事になるのか全く予想する事ができない。
だったら、自分の監視下で報酬である【聖典】の使用をさせた方が安全だ。
「やっぱり国宝の使用は問題か?」
「正直言って分からないというのが正しい。【聖典】はこれまで救世主様以外に使えた者がいない。だから『使わせてくれ』と言われても『使えない』と判断する者がほとんどなのだろうが……」
「あんな自信満々に使わせてくれなんて言った奴が『使えない』なんて事がありえるのか?」
あいつは絶対に使える。
というよりも使い方を知っている。
「私としては国宝である【聖典】が使われるところを是非とも見てみたい。私が生まれた時には唯一使えた救世主様は亡くなっていた。道具は使われてこそ価値がある」
「そうだろうな」
武器だって飾っておいたところで意味がない。
魔物を倒し、人との戦いで勝利してこその武器。
「報酬については必ず渡す。既に私は『侯爵』の名に誓って宣言している」
なら安心できそうだ。
あいつらと対立したばかりに国が滅びたなんて事態は御免だ。
今頃、砦の外に放置されたワイバーンの死骸を収納して更なる力を手にしているはずだ。
一体、誰にあいつを止められるっていうんだ?
俺は絶対に御免だ。




