第20話 VSパラード―前編―
会議が行われた翌朝。
グランノース砦の壁。
壁の上には弓を装備した兵士や魔法使い、遠距離攻撃が可能な者が詰めていた。
ここからだと北西にある渓谷の出入り口がよく見える。
隠れて近付く事ができる渓谷だが、地上へ出て来られるような場所は限られる。自ずとどこを警戒していればいいのか分かる。
「来た……」
渓谷を警戒していた兵士が呟く。
入り口からゾロゾロと出て来る魔物。
最初はゴブリンやコボルトのような弱く小さな魔物が中心だったが、徐々にその大きさは増して行きオークのような中型の魔物が現れるようになる。
「どうやら組織だった動きが出来ているっていうのも本当みたいだ」
呟いた兵士は上を見ていた。
兵士の呟きを聞いた人たちも自然と空を見上げる。
そこには真っ赤な羽を生やした大きな鳥が飛んでおり、その背にはゴブリンが乗っていた。
普段とは違った動きを見せる魔物に兵士たちの間に緊張が走る。
「落ち着け。こういう時こそ日頃の訓練の成果を活かす時だ」
隊長の言葉に一応の落ち着きを取り戻していた。
「さて、そろそろ行きますか」
「君たちにばかり負担をかけて済まない」
傍にはいつの間にか司令が来ていた。
指示を迅速に出す為に危険を承知で目立つ場所にいる。
「こっちは報酬の為に働くだけです」
改めて仲間の顔を見る。
みんな、これから死地に向かうというのに頷いてくれた。
「ま、本命の前にある程度は潰しておきますよ」
「なに……?」
司令が訝しんでいる間に迫る軍勢に銃を向け、引き金を引く。
どこからともなく出現してくる大岩。
大岩が弧を描きながら軍勢へと向かって行く。
「軍勢なんて的もいいところだ」
「弓なんて比べようがないほどの射程と威力だ」
たった一つの大岩で数十体の魔物が潰されていた。
中央の部隊が潰された事で後に続こうとしていた部隊が左右へ分かれて行く。
「それでも砦へ向かって来ている以上、的でしかない」
二丁の拳銃を左右に分かれた軍勢に向け、引き金を何度も引く。
10を越える大岩が軍勢に降り注ぎ小型の魔物は為す術もなく潰され、中型の魔物も倒されてしまっている。
15個目の大岩を放った直後、それはやって来た。
「はあああぁぁぁぁぁ!」
気合と共に放たれた拳が大岩を粉々に砕いていた。
「本命が現れたので行ってきます」
「気を付けてくれ」
砦の壁から跳び下りる。
10メートル近い高さを跳び下りたにも関わらず、地面に問題なく着地する。
俺に続いてショウも下りて来る。
その後に体を縮ませながら女性陣も下りてきたのだが、さすがに怖がっている女性をそのまま着地させるのは躊躇われたので俺とショウで分担してキャッチする。
「……ありがとうございます」
「これぐらい問題ないよ」
受け止めたレイを下ろすと砦から離れる。
軍勢と接触するには少しばかり時間がある。
その間に軍勢の中から駆け出してくる影が一人。
「来たな」
「随分と派手な出迎えをしてくれるじゃないか」
「気に入ってくれたかな?」
自分もいた軍勢を大岩で潰した事を真っ先に言って来た。
しかし、怒っているような様子はなく楽しそうにしていた。
「ヤバい……」
思わず動揺してしまうのを抑えられない。
「何がヤバいんですか?」
近くにいたレイには聞かれてしまったらしい。
チラッと仲間の様子を伺ってみるとハルナは分かっていなかったみたいだが、俺と同じようにショウは戸惑いを隠せずにいた。
「お前も分かったか」
「いやいや、昨日戦っていた時以上に強くなっている」
『全力ではない』という言葉を疑っていたわけではない。
それでも2倍から3倍がいいところだろうと考えていた。
仲間との打ち合わせでも反対意見がなかったのでショウも似たような考えだったみたいだ。
それが実際に対峙してみれば……
「どれぐらいなの?」
「昨日戦った時の5倍は覚悟しておいた方がいい」
「は?」
相手の強さが分かっていないハルナの質問に答える。
ちょっと予想以上だ。
「ちょっと! たしか昨日戦った時は5000ぐらいのステータスだったから2倍になっても10000。それぐらいなら一人でも倒せるけど、3倍までになるとギリギリ手が届かないぐらいだから確実に勝てるよう力を貸して欲しいとか言っていなかった!?」
「その言葉は忘れろ」
「ちょ……!」
俺が用意した不死対策にはパラードの首を斬り落とす必要がある。
ステータス25000越えの相手にどう戦えと?
「もう少し時間があれば全盛期の30000に手が届きそうだったんだが、お前を相手にするのが待ち切れなくて全盛期の力を取り戻す前に来てしまった」
ヤッベ……!
そこまで強化されれば手の施しようがなかった。
「俺には、もう人間には手の出しようがないほど強いっていう事ぐらいしか分からないな」
「サンジェスさん……」
砦の頑丈な通用口からサンジェスさんが現れた。
この後、内側から兵士の手によってしっかりと施錠される事になる。
「で、お前たちはどうするんだ?」
「倒します。それが約束で、報酬に必要な物です」
収納から二本の剣を取り出す。
「やっぱり収納魔法か」
「それがどうした?」
「収納魔法――荷物持ちぐらいにしか役に立てないようなスキルを持っているお前がどうして俺と対等に戦えるのか不思議だったんだ。最初はアイテムボックスから武器を取り出しているのかと思ったが、剣や槍を何本も取り出せるようなアイテムボックスだとどうしても大きくなる。が、お前にはそんな大きなアイテムボックスを持っているような様子は見られなかった。だから収納魔法を使っているんだと思ったが、だとしたらお前のステータスは異常だ」
サンジェスさんと出会った事で相手の力量を計るという事に慣れて来た俺たちにステータスの把握ができるのだから、俺たち以上に多くの経験を積んでいるパラードにできないはずがなかった。
相手も俺たちの力を把握している。
「あいにくと俺の収納魔法はチートスキルでね。仲間のステータスもその恩恵を受けている」
「なるほど。お前ほどでないにしても強い奴が傍にいると思えば仲間だったのか」
ショウが腕輪のメタルスライムを槍に変化させて構える。
ハルナとレイにはサポートとして後方から隙を伺ってもらう。
「お前ら3人は最低限だが合格としてやろう。だが、後ろにいる3人の冒険者は失格だ」
「「うっ……」」
サンジェスさんに付いて来た仲間の2人が呻いている。
「失格、ね。俺もそれなりに鍛えて来たつもりだったんだが、あんたほどの人物からみれば失格か」
「人間の中では強い方だ。だが、超人というわけでもない。もしも、本気で人以上の力を手にしたいって言うなら人を捨てるぐらいの覚悟を持っていないといけない。お前にはその覚悟が不足しているんだよ」
魔族は、人でありながら大きく絶望するなど感情が大きく振れた者が瘴気を取り込むことによって魔物へと近付いた姿。
人でありながら魔物へと近付く。
それは、ある種の人である事を捨てているに等しい。
俺たちも人である事を捨てなければパラードには勝てないのかもしれない。
だが、そんな選択をするわけにはいかない。
「俺たちがあんたを倒すのは、人として欲しい物があるからだ。あんたのように一時の欲望を満たす為に人である事を捨てるような真似はしない」
「だったらお前の言うチートスキルで人である事を捨てた俺を越えてみろ。以前に戦った救世主様も自分の力をチートスキルだって言っていた。今度こそ俺がチートスキルを破って、俺こそが最強の頂へと登り詰めてみせる」
「場所を移動しよう。軍勢と砦の戦いに巻き込まれても面倒だ」
「いいだろう」




