第18話 逃亡兵士
魔物の軍勢が押し寄せてくるのは翌朝。
それまでは明日に備えて英気を養っておく必要がある。
「俺たちはどうする?」
パーティメンバーに訊ねる。
兵士は軍隊での行動となるため準備に忙しい。冒険者たちも今回の侵攻を狩り時だと判断した者は装備を入念に手入れしており、逆に勝機を見出せない者は逃げ出すのに忙しかった。
そういう意味では、俺たちは既にパラードとの戦闘を引き受けてしまったし、装備の準備も必要ないので暇になってしまった。
「そろそろ夕食じゃない?」
「その後は……寝る?」
ハルナとショウの答えは食事と睡眠。
どちらも大きな戦いの前には必要な物だ。
しかし、随分と落ち着いたものだ。
「おいおい、お前ら正気かよ」
驚いているのは会議室から付いて来たサンジェスさんだ。
「明日の朝には、あの不死身野郎と戦うことになるんだぞ」
「不死身って言われても……不死身ではありませんから」
「そうそうあたしたちのリーダーがなんとかできるって言うんだから、あたしたちは信じてサポートするだけよ」
パーティメンバーにはパラードの不死身――驚異的な再生能力の攻略方法を教えている。この方法は、俺でなければできない方法で仲間の協力も必要不可欠だったので協力を得る為に話した。
だが、攻略方法を話さなくても手伝う気だったみたいだ。
「僕たちは元の世界に帰る方法を探して旅をしています。それは、全員が同意した事だっていうのにソーゴは自分が巻き込んだって思い込んでいるんです」
現に俺から提案してこんな危険な旅に付き合わせている。
今回は、前回の魔王に次ぐ実力を持った魔族が相手になる。
さすがに危険すぎるので協力は辞退してくれても構わないと説明した。
しかし、誰も辞退しなかった。
「あたしたちは誰も巻き込まれた訳じゃない。ソーゴと一緒にいる方が元の世界に帰れる確率が高いと思ったから一緒にいるの」
「……そうです」
女子2人も付き合ってくれる。
そこに思惑があったとしても嬉しかった。
「随分と信頼されているんだな」
サンジェスさんがニヤニヤしている。
仲間の2人も頷いていた。
どうにも居た堪れない空気だ。
「それよりも本当にパラードとの戦闘に付いて来るつもりですか?」
サンジェスさんが俺たちと一緒に行動しているのは明日も一緒に行動するからだ。
「ああ、お前たちみたいな新人にだけ任せるのはベテランとして恥ずかしいと思っていた。だが、新人どころかお前たちはこの世界にとって全く関係のない異世界人だった。そんな関係ない子供が協力してくれるって言うのに俺たちみたいな大人が砦の内側で大人しくしているわけにはいかないんだよ」
だから付いて来る事にした。
ただし、むざむざ死なせる訳にはいかない。
「付いて来るのは自由ですけど、絶対に戦わないようにして下さい」
「分かっている。俺の実力だと足手まといにしかならないからな」
戦ってほしくないのはサンジェスさんが好い人だから、だけではない。
彼には俺がパラードを倒した事の証人になって欲しい。
俺が見つけた方法では、パラードの死体が残らないのでサンジェスさんように信頼のおける冒険者か騎士の協力が必要だった。
だが、パラードだけでなく魔物の軍勢まで攻めて来ている状況で貴重な騎士まで借りてしまうのは不可能だったのでサンジェスさんに付いて来てもらう事にした。
「ま、俺たちがしなくちゃいけない仕事は明日の朝になってからだ。これは、他の誰にもできない仕事なんだから今日の内は休んでおけ」
「そうですね。夕食を食べたら寝ることにします」
砦の食事はそこまで美味しくない。
とにかく栄養のある物をたくさん用意する必要があるので味についてはそこまで必要とされていない。
自分たちで持ち込んだ街で売っていた料理を食べれば栄養が豊富なだけでなく、味の方も保障されているのだが、多くの人が忙しく動き回っている中で自分たちだけ美味しい料理を食べるのは気が引ける。
時間まで大人しくしておく方がいい。
「そこまで気にする必要ないと思うけどな」
「最近まで普通の高校生だったんですからそこまで神経は図太く……」
「どうした?」
「あそこにいる人――」
俺の視線を追って全員がそっちを見る。
そこには忙しそうに走り回る兵士がいたが、姿が少し異様だった。
「あやしいな」
「あやしい」
「あやしいわね」
サンジェスさん、ショウ、ハルナから同意を得られた。
レイはよく分かっていないみたいだ。
「この忙しい状況だから走り回っていてもおかしくないんだが、あいつの持っている荷物を見てみろ」
兵士はリュックを背負っていた。
そのまま砦を出て行こうとしている。
砦の外での作業に道具が必要でリュックを背負っているというなら外での作業にはもっと多くの道具が必要になるはずだ。リュックでは足りない。
それに兵士の表情は、作業に追われて忙しいというよりも怯えて逃げ出すような表情だった。
「とりあえず捕まえてみます」
「は? おい……!」
呆けているサンジェスさんを置いて再び砦の窓から飛び降りる。
飛び降りた先は、逃亡しようとしていた兵士の目の前。
「うわっ!」
「どこへ行くつもりだ?」
「くそっ……! こうなったら」
兵士が懐から何かを取り出して口の中に運ぶ。
こういうシチュエーションはドラマや漫画でよく見ている。
「あれ……?」
口の中に含んだ物を噛み砕こうとした兵士が困惑している。
「探し物はこれかな?」
「か、返せ!」
兵士が奪い返そうと飛び掛かって来る。
しかし、パラードとの戦闘直後でステータスを全開にしている俺にとっては酷く遅い動きだ。兵士の頭を掴んで近付いて来られないようにする。
「毒薬。それも即効性の薬だな」
「どうして、それを……」
もちろん収納したからだ。
収納する事によって対象がどのような物なのか分かるようになっている。兵士が口の中に含んで、噛み砕く直前に奪う為に毒薬を収納して奪った事で毒薬だという事も分かった。
この状況、逃亡しようとした兵は自害しようとした。
「とりあえず付いて来てもらおうか」
☆ ☆ ☆
「というわけで、怪しい奴がいたから捕まえてみた」
再び会議室に戻って来る。
ただし、今度は逃げ出そうとしていた兵士も一緒だ。
「単純な敵前逃亡ならそこまで問題でもないんだが……」
今回の戦いは訓練された兵士でも怖くなって逃げ出したくなっても仕方ないレベルの戦いだ。
もっとも兵士が逃げ帰れば敵前逃亡として処断される可能性の方が高い。
その事が分かっている場合、逃亡した兵士が取る選択肢は盗賊に堕ちて生きて行くぐらいだろう。
「はっきり言おう。俺はコイツの顔を見た事がない」
そう。捕らえた兵士の顔をサンジェスさんは見た事がなかった。
ほとんどの時間を最前線にいて砦にはいないサンジェスさんだから知らない新人がいてもおかしくない。だから確認の為に司令や隊長のいる会議室へ連れて来た。
「お前たちは知っているか?」
砦のトップに立つ者がいちいち兵士の顔まで覚えているはずがない。
しかし、隊を預かる長まで知らないのは問題だ。
「少なくとも第2部隊の者ではありません」
「私の第3部隊でもありません」
隊長の言葉に逃亡した兵士が汗を流している。
「な、何を言っているのですか! 私は最近配属された第8部隊の者です」
「そう言えば最近配属された者がいたな」
「そうでしょう」
なんか言動が怪しい。
考えられる可能性がいくつかあるが、最悪なパターンから潰してみる事にするか。
――カランカラン。
短剣の落ちる音が会議室内に響き渡る。
「ど、どうしてそれが……」
最悪なパターン――魔王復活に際して人類が一丸になって協力しなければならない状況で国という枠に縛られて醜く争っている。
しかも足の引っ張り合い。
「おまえ、メグレーズ王国の人間か」




