第17話 危機を脱する為の報酬
「そんなに暗い顔をしないで欲しい」
「しかし……」
「俺にはきちんとパラードを倒す手段がある。それを信じて欲しい」
信じて欲しい。
そう言われて頷けるほどお人好しでもなければ無責任な立場でもない。
彼らの敗北は、そのままデュームル聖国の敗北に繋がっている。大規模な魔物の軍勢から守るだけの力は聖都にはない。
パラードとの戦いで俺の力はある程度信用できるかもしれないが、軍の行く末を委ねるほどではない。それ以外の氏素性については全てが不明な相手だ。
だから信用できる切り札を一つ切る事にする。
「俺の力は魔族相手にも通用するものです。それだけの力をどうして持っているのか疑問に思っているのでしょう?」
「そうだ。単独で魔族と戦える者など、救世主様や異世界から召喚された勇者でなければ……」
司令官が自分で言いながら俺の素性について気付いたみたいだ。
ここで隠したところで意味などほとんどない。
「そう。俺たち4人は異世界から召喚された勇者です」
「……なぜ、勇者がこんな場所にいる」
現在は、異世界召喚が行われてから1カ月ほど。
その時期では、勇者の力も不完全で、比較的安全な場所で騎士の護衛がありながら魔物を討伐したり、冒険者として魔物退治以外にも様々な活動をしたりすることによってレベル上げに邁進している状況だ。
決してラスボスダンジョン手前にある最前線にいるような状況ではない。
「俺たちは召喚によって得られたスキルが戦闘に役立ちそうにないから、という理由で国から処分されそうになりました。が、襲って来た騎士を返り討ちにして自由にやっている状況です。メグレーズ王国が判断した『手に入れたスキルが戦闘には役立たない』という判断が間違いだった、という事はパラードとの戦闘で分かると思います」
「あの動きは、スキルによる恩恵だったと?」
「その通りです。元の世界では、俺はあんな動きはできませんでした。戦闘能力なんてないに等しい一般人でした」
ただの高校生に戦いなんてできるはずがない。
戦闘に関する技能もないに等しいが、収納魔法によるステータス向上があったから戦う事ができた。
「メグレーズ王国からは見捨てられてしまいましたが、異世界から来た勇者の一人である事には変わりありません。俺に……俺たちに賭けてみませんか?」
「俺たち、という事は4人で戦うつもりなのか?」
司令が首を傾げている。
俺の実力はパラードとの戦いで示しているが、ショウたちの実力までは見せていないから使い物になるのか不審に思うのも仕方ない。
「彼らもそれなりに戦えます。パラードが言っていましたが、さっきの戦いは封印から解放された直後で全力は出せていなかったみたいです」
「あ、あれで全力でないと言うのか……」
全力でないと知って隊長さんが引いてしまっている。
「俺も全力を出した奴がどこまで強くなれるのか知りません。ですが、確実に力を取り戻して強くなっています」
全力状態で俺一人の力が通用するのか分からない。
だからパーティ全員で戦う。
なにせ俺が用意したパラードの不死対策は超近距離でなければ意味がない。
「最後に確認したい。君が用意した魔族パラードを倒す為の方法は、確実に倒せる方法なのか?」
「はい。確実に倒せます」
既に実証実験は済んでいる。
「分かった。君が魔族パラードを倒せると信じたうえで防衛線の計画を立てよう」
「ありがとうございます」
司令からの信頼は得られた。
しかし、隊長たちの中には何人か司令の判断を信じられないといった表情で見ている者がいた。
「司令、このような者を信じられるのですか!?」
「異世界から来た勇者というのも信じ難い情報です。素性の知れない者を前提に作戦を立てるなど」
「いくら、司令でもこのような命令は……」
思い留まるように進言する隊長。
しかし、司令に気にした様子はない。
「では、お前たちに魔族パラードをどうにかする策があるのか?」
「それは……」
あるはずがない。
あればとっくに提案しているはずだ。
「私は、司令として砦に勤めて5年だ。実家の侯爵という立場を利用して就任した立場だが、それなりに為人を見る事ができると思っている。彼らは決して悪人などではない」
悪人ではない。
ただし、無償で人を助けるようなお人好しでもない。
「申し訳ないですけど、俺たちは報酬の為に依頼を引き受ける冒険者です。本気でパラードとの戦闘に俺たちを駆り出すつもりなら、冒険者として報酬を要求する権利があるはずです」
「きさま……! 今は人類の存亡が懸かった大事な時で……」
「それは、俺たちには関係がありません。メグレーズ王国から捨てられた俺たちですが、こうして冒険者として活動しているのは元の世界に帰る為の方法を得る為です。その為の報酬が必要です」
そう。報酬無しでタダ働きするなど真っ平御免だった。
この状況に持って来させる為にパラードの逃亡に目を瞑った。
「悪いが、勇者召喚に関してはデュームル聖国の重鎮でも詳しい事は知らない。あれはメグレーズ王国がノウハウのほとんどを掌握しているせいで他国は詳細について知らされていない状況なんだ。だが、召喚に際して貴重な魔石が必要だったり、勇者を育てる為の資金提供を要求されたりしたので、こちらからは物資や資金の提供を行ったと聞いている」
ああ、宝物庫に異様なほど金銀財宝なんかが置かれていると思ったら他国からの提供があったからなのか。
「……詳細が分からないのによく協力する気になれましたね」
「過去に勇者の手によって魔王が討伐された、という実績がある。この世界に生きる者として魔王の脅威が無視できない以上、協力しないわけにはいかなかったらしい」
本音を言えば詳細の分からない事に協力なんてしたくない。
しかし、協力しなかったうえで召喚された勇者が魔王を退治するような事になれば事態の鎮静後、協力した国々から一斉に非難される事は目に見えていた。
後々の事を考えれば協力しないわけにはいかない。
「安心して下さい。こちらが要求するのはデュームル聖国でも用意できる物です」
さっき司令が侯爵だと言っていたし、可能性は非常に高くなった。
「それは?」
「デュームル聖国の国宝である『聖典』を使用させていただきたい」
――ガタガタガタ!
俺の要求を聞いた途端、音を立てて司令以外の隊長たちが椅子から立ち上がって剣を抜いていた。
「司令、やはりこいつらは信用なりません」
「国宝たる『聖典』を要求するなど万死に値します」
武器を抜いただけでなく殺気まで飛ばしてくる始末。
ドラゴンや魔族に比べればそよ風のようなものだが、本気で怒っているのが分かるレベルの殺気だ。
「勘違いしないで下さい。俺は『使わせて下さい』と言ったんです。使わせてくれるなら数分でお返ししますよ」
「なに?」
「まさか本気で俺が持って行くつもりだと思いましたか?」
「それで十分なのか?」
「はい」
司令が俺をジッと見つめて来る。
こっちも視線を逸らすような事をせずに本気である事を伝える。
この状況。俺がデュームル聖国にとって救世主になり得る存在であり、こちらの要求が無理難題ではないと知らしめる必要がある。
危機的状況を脱する為には安い報酬。
そう思わせる状況は作り出した。
後は、聖典を使用させられるだけの権利を持った人物の承諾を得るだけだ。
「……分かった。君たちの要求を呑もう」
「司令!」
こちらの要求が通った。
「ただし、成功報酬のみだ。デュームル聖国の建国に多大な尽力をしてくれた救世主様でさえ封印するのが精一杯だった魔族を倒してくれるんだ。これ以上の功績はないと考えている。国宝を数分使うぐらいの報酬なら私が実家の権限を最大限利用してでも叶える事を約束しよう」
「ありがとうございます」
これ以上、グダグダ粘っても仕方ない。
侯爵の名に懸けて報酬を払うと約束してくれた司令の言葉を信じる事にしよう。
お膳立ては整ったので、後は敵を倒すだけ。




