第10話 綺麗な素材
「お、今日はしっかりと討伐して来たみたいだな」
「昨日は来なかっただけじゃないですか?」
夕方、冒険者ギルドが最も忙しくなる時間に買取の為に使用される倉庫に来ていた。
倉庫では朝の早い時間から出掛けて日の出ている夕方まで討伐に出掛けていた冒険者たちが戻って来た影響で賑わっている。
俺たちも朝から討伐に出掛けていて帰って来てすぐに納品の為に訪れていた。
最初に買取へ訪れたのが一昨日の話で、昨日は大聖堂へ行ったり、大聖堂から帰って来てからは聖典を借りる為にスキルの調整に時間を費やしたり、と忙しい時間を送っていた。
アルバンさんにはタイヤの注文をしており、金欠気味の駆け出し冒険者が2日目から来ていない事で『何かあったのでは?』と心配させてしまったみたいだ。
「それで、今日の戦果はどうだったんだ?」
買取を担当しているアルバンさんが首を傾げている。
普通なら持ち込んだ馬車の大きさなどから倉庫に入った瞬間に大凡の量を判断する事ができる。
しかし、俺たちは両手に何も持っていない。
「ああ、収納魔法を使えるんだったな」
それも規格外の能力を誇っているおかげでどれだけ重たい物も自由に持ち運ぶ事ができる。
「実は……今日はバラバラに行動して狩りに出掛けていたんです」
聖都ウィルニアは魔王城が近い事から様々な魔物が北からやって来る。
もちろん一直線にウィルニアへ向かわずに別の方向へ向かった魔物、魔王城から流れて来た魔力の影響を受けてウィルニアの南で生まれた魔物などがいるので少し探索するだけで魔物の領域に辿り着く事ができる。
そこで、俺は北。ショウは西。ハルナは南。レイは東。
それぞれ分かれて討伐に出掛けていた。
どんな魔物を討伐したのかも教えていない。
「それはいいんだが……ソロで討伐とか危険な事をしているな」
「そうですか?」
ステータスを全開にすればそこまで危険な事はなかった。
それは1000までしか上がらないショウたちも同様だ。ウィルニア近辺で出現する魔物が相手なら余裕だ。
ただ油断は禁物なので、デュームル聖国に来てから手に入れた魔物の素材などを整理して一旦ステータスを上昇させる必要はある。
「魔物の素材は、お前が預かっているわけじゃないんだな」
「はい。全員がアイテムボックスを持っているので自分で討伐した分は自分のアイテムボックスの中にあります」
「アイテムボックスも貴重な代物なんだけどな」
既に量産の方法が確立されているアイテムボックスだったが、それでも貴重な技術や素材を使用しているため、金さえ出せば『誰もが』持てるほど流通しているわけではなかった。
それにショウたちが持っているアイテムボックスに施されている収納魔法は、俺の収納魔法の魔法陣を転写させたものだ。俺の収納魔法には劣るものの普通のアイテムボックスよりも多くの物が入るようになっている。
「……では、まずはわたしから」
1歩前に出たレイが腕輪型のアイテムボックスに魔力を流して光らせると正面の床1面に討伐した魔物の死体が並べられる。その数30体。
並べられた魔物は、小さな猿のスモールチンパー、子犬のような魔物に子豚のような魔物……と小さな獣の魔物が並べられていた。
「嬢ちゃんは、東側にある森に行って来たんだな」
「分かるんですか?」
「これでも、この仕事をしてけっこう長いんだ。持ち込まれた素材からどこで狩りをして来たのかぐらい分かる」
魔物は大気中の魔力さえあれば生きて行く事ができる。
それでも魔物にも好みがあるので生息する場所が分かれる傾向にある。
レイが行ったという森には獣型の魔物が好む魔力があったのだろう。
「よく分からなかったんですけど、東側に行ってみたら冒険者のみなさんが森の中に入って行くのが見えたので、わたしも後から付いて行ったら魔物の集団に遭遇することができたんです」
「……そいつら男じゃなかっただろうな」
「そうですけど?」
「馬鹿野郎! 女の冒険者が一人でノコノコと森みたいな人目のない場所で男に付いて行くんじゃねぇよ! そんな場所に一人でいたら襲って下さい、と言っているようなものだぞ」
「大丈夫でしたよ」
「今回は大丈夫だったみたいだけど――」
たぶん実際はアルバンさんが考えているような内容とは違う。
「いえ、一人でいたら向こうから本当に襲って来たので眠ってもらいました」
「……気絶させたのか」
普通は『眠らされた』と聞かされれば衝撃を与えて気絶させるような状況を連想してしまう。
しかし、レイの場合は本当に眠らせただけだ。
彼女がスキルを使って作り上げた睡眠薬を嗅がせれば、いくら屈強な冒険者でも1発で眠らせる事ができる。
「それよりも、買い取り額の方はどうですか?」
「……本当にソロで狩りをしたんだよな」
「そうですよ」
「仲間の援護もなしにこれだけ綺麗に狩れるなんて信じられない」
レイが討伐した魔物は、どの魔物もナイフで急所を一突きされるだけで倒されていた。
傷は急所への一撃のみ。
最低限しか傷付けていない。
「一体、どうやって討伐したんだ? 教えても構わないなら今後の為にも教えてくれると助かる」
普通はここまで綺麗に討伐しようと思ったのなら仲間の一人が魔物の注意を惹き付けている間にもう一人が隙を突いて攻撃するしかない。
ソロでは不可能な素材の状態だった。
「……特別な事は何もしていませんよ」
俺にもレイが何をしたのか分かった。
「5体ほどで群れていたところに睡眠毒をばら撒いて眠らせる。そんな無防備な状態なら急所を一突きするなんて簡単な仕事です」
「そんなに強力な毒を持っているなら譲って……買い取らせてもらえないか」
魔物を無力化する事ができる薬品の価値は、常に魔物の脅威に晒されているデュームル聖国にとって非常に高い物だ。
魔物を相手にする冒険者ギルドにとっては、冒険者の為にも喉から手が出るほどに手に入れたい代物だ。
「ごめんなさい。実は、けっこうな貴重な素材を使用しているので調合方法を教える事はできても素材を手に入れるのが難しいので譲らないようにしているんです」
「そうか」
これには嘘が含まれている。
強力な睡眠毒を作る為には魔族のスタークが体内で精製する事ができた毒を使用する必要がある。ただし、瓶1本分の睡眠毒を調合するのに必要な毒の量は、ほんの1滴さえあれば十分だった。
他にも色々と必要な素材はあるらしいが、貴重と言えるのはスタークの毒ぐらいだろう。
少し分けて、調合方法を教えれば調合に対して正しい知識を持っている人物なら誰でも調合できる毒らしいが、あまりに効果が強力なため教えないようにしている。
幾許かの報酬と引き換えに不必要な情報まで与えて狙われるようになるなど本末転倒もいいところだ。
「これだけ綺麗に討伐してくれたなら買い取り額の方にも色を付けてやろう」
「ありがとうございます」
アルバンさんが金貨2枚を渡してくれる。
「悪いな。数は多いし、素材の状態も綺麗だからもっと多めに渡してやってもいいんだが、討伐して来た魔物自体はそれほど難易度の高い魔物じゃない。他の冒険者の事も考えて、この辺が限界なんだ」
「いえいえ、問題ありません」
日本円で大体20万円ぐらい。
それほど珍しくない素材の売却で、1日働いてそれだけ稼げれば十分な方なのかもしれない。
「じゃあ、次はあたしの番ね」
ハルナがレイと同じように腕輪のアイテムボックスを光らせて中から魔物を取り出す。
彼女も一般的なサイズの狼型の魔物を何体か討伐して来たみたいだけど、1体だけ人よりも大きな狼が紛れていた。
「これ、結構な金額で売れるんじゃないかと思うんですよ」
ハルナが横たわった自分よりも大きな狼の背中を擦りながら笑顔になっていた。
対照的にアルバンさんは驚きから言葉を失っている。




