第5話 初めての魔物退治
集められた俺たち4人は、ライデンさんと一緒に馬車に乗り込み、兵士の1人が御者を務める馬車に乗って3時間掛けて城から離れた場所にある茶色い岩肌の見える山へと赴いていた。
「ここはどういう場所なんですか?」
「あまり資源の多くない山だな。得られる資源も少ないうえ、交通に使うには不便な場所だ」
その結果、いつしか誰も近寄ることがなくなった。
それは人間だけでなく魔物も同じであるらしい。
魔物――異世界には空気中にも魔力が存在し、それを取り込むことによって人間は自らの魔力を回復させることができる。だが、消費される魔力量よりも新たに生成される魔力量の方が多いため世界には余剰魔力が存在している。その余った魔力が肉体を持ったのが魔物。
そう、教養の授業の時に教わった。
これは、異世界ポラリスに生きる人にとっては常識のようなもので魔物を倒すことによって倒した人に魔力が流れ込み、経験値が与えられる。そうすることでレベルを上げることが可能らしい。
つまり、俺たちも魔物を倒せばレベルを上げることができる。
「では、行こうか」
御者の兵士に馬車を任せてライデンさんを先頭に山を登り始める。
「魔物の強さはどれくらいなんですか?」
「レベル1の子供でも数人がかりで倒せるレベルだし、君たちのステータスでも4人で攻撃すれば倒せるはずだ」
「分かりました」
そういうことなら、と山を進んで行く。
しかし、30分以上歩いても魔物と遭遇しない。
「本当に魔物なんているんですか?」
「君たちは実際に魔物と遭遇したことがないだろうから魔物の脅威について想像が付かないだろうけど、私たちの世界では昔から魔物の脅威に脅かされてきた。そして、魔王が復活した今では、世界中にいる魔物が強力になっており、国中の戦力が投入され、最終的に異世界から召喚された勇者に頼らなければならない状況になってしまった」
「そこまで、ですか」
魔王が復活した影響によって生成される魔力量が増えてしまった。
だが、人間が消費する魔力量が劇的に増えるわけではないので増えた分の魔力は魔物へと行き渡ることになった。そうして、魔物の数が増えてそれぞれの力も強くなってしまったらしい。
「じゃあ、わたしたちが倒そうとしている魔物も強くなっているんじゃないですか……?」
天堂さんが不安そうに尋ねる。
俺も気になっていた。最弱レベルの魔物なら相手にすることができるかもしれないが、強化された状態でまともに戦えるかは分からない。
「大丈夫だ。この山がどうして資源に乏しいのか理由が分かるか?」
「分かりません」
地球なら地下資源を掘り尽くしたとか色々と理由は考えられるが、ここは魔法の存在する異世界だ。そもそもどんな資源が得られるのかすら分からない。
「魔力は、なにも人間が消費したり、魔物へと姿を変えたりするだけではない。魔力には土地に集められる性質があるので集まった魔力が土壌を豊かにし、鉱石に特殊な力を宿らせることもある」
どうにも魔力についての説明を聞いていると万能なエネルギーに思えてくる。
どれだけ消費しても決して尽きず、人間に様々な恩恵を与えてくれる。もちろん魔物という形で脅威を与えてくるのでメリットばかりではないのだろうが、魅力的なエネルギーだ。
「ただ、この山には何らかの異常があって魔力を集める為の力が数十年前から途絶えてしまったらしい。そのため元々の魔力が少ないので魔王復活によって強化されていても微々たるものなんだ」
分かりやすく言うなら魔王復活による魔物の強化が割合の強化だった場合だ。
元々の体力が10しかない魔物が魔王復活によって5割の強化を施されたとしても10から15になるぐらいの変化しかない。
それぐらいの変化なら俺たちにも倒せる、というつもりらしい。
「仕方ない。完全な足手まといにならない為にはレベルを上げる必要がある。僕たちも精一杯戦わせてもらいますよ」
「あ、あたしもやるわ!」
「わたしは……」
増田と櫛川さんがやる気を見せるが、やはり天堂さんは戦うことに不安があるのか怖がっていた。
無理もない。
異世界に召喚された他の面々は女子にしても戦えるだけのスキルを貰っていた。その事実が戦うことへの忌避感を薄めていたのだろう。その後は、戦っている内に慣れてくるはずだ。
だが、天堂さんの所持している『調合魔法』では戦うことは難しい。
馬車の中でも確認したが、魔物との戦いを前にもう1度全員の装備を確認しておく必要がある。
「俺は剣と盾を貰ったけど、そっちは?」
「僕は槍を貰った」
「あたしは短剣とナイフ」
「……わたしは、これです」
天堂さんが見せて来たのは少し大きめのハンマーだ。
え、これで戦えと?
馬車の中では槌だと言われたが、これはハンマーだろう。
「大丈夫?」
「……頑張ります」
一応、本人はやる気みたいだし、口出しするのは失礼だ。
「出て来たぞ」
ライデンさんの言葉に全員が武器を構える。
近くにあった茂みがガサガサと揺れ、中からはプヨプヨとした青い粘体の魔物が現れた。
ゲームでお馴染みの最弱モンスターのスライムだ。
「スライムだ」
「どうやって戦えばいいですか?」
「魔物の倒し方は2つだ。1つは、魔物の体のどこかにある魔石を砕くこと」
魔石は、魔物の命の源とも言える物体で魔力が球体上に凝縮された物だ。
魔石が大気中にある魔力を人間と同じように微量ながら吸い取り魔物の活力へと変換している。
その魔石を砕くということは、人間で例えるなら心臓を砕くようなものだ。
「スライムの魔石は見つけやすいですね」
魔石の位置は魔物の種類によってまちまちだ。
しかし、スライムの体が半透明なおかげで体の中にある魔石が丸見えになっていた。
ただし、退治以外のことを考えると魔石を砕くのは最良ではない。
魔石は魔力が凝縮された物なので、様々な用途があるらしい。元の世界で言えば電気のような役割をしており、魔物を倒して得られた魔石は換金することが可能だと聞いている。
できることなら確保が望ましい。
「もう1つの方法は、魔物の体に一定以上のダメージを与えることだ」
そうすることによって魔石は機能を停止してしまうとのことだ。
「スライム相手ならそれぐらいできてくれなくては困る」
「じゃあ……」
こっちに向かってくるスライムの前に俺と増田が立って注意を引き付けている間に櫛川さんと天堂さんの2人がスライムの後ろへ回り込む。スライムがゲームと同じような攻撃方法しか持っていないなら体当たりぐらいしかできないはずだ。だから一番危険な場所は正面だ。
男子二人で危険な場所を受け持っている間に女子二人には安全に攻撃できる場所へと移動してもらう。
注意を引き付けていると盾を構えた俺にスライムが体当たりをしてくる。
ぶつかった時の衝撃で体が少し痺れたが、大したことはない。
これがスライムの実力か。
「増田」
「分かっている!」
目の前でプヨプヨと漂っているスライムに向かって増田が槍を突き刺すとスライムの体が僅かに弾け飛ぶ。
「えいっ」
櫛川さんがスライムの体の端の方を切り取る。
後ろからの攻撃にスライムがゆっくりと方向を後ろへと変えるが、恐る恐る振り下ろされた天堂さんのハンマーの直撃を受けると潰れてしまった。
「これが魔物との戦闘だ。君たちが実際に戦うことは少ないかもしれないが、覚えてくれていると助かる」
そうだな。後方支援として配置されていたとしても後方が絶対に安全というわけでもない。身を守る術ぐらいは身に付けておいた方がいい。