第5話 アルマジロ
聖都ウィルニアに着いてから2日目。
俺たちパーティは聖都の北にある荒原にやって来ていた。
朝早くにギルドへと赴き、近場で魔物の狩りができる場所を聞いてみたところ、この荒原を勧められた。
正確には聖都よりも北側から魔王が住む領域までの間には荒野が広がるばかりで、魔王領から魔物が次々と押し寄せて来る。
途中で魔物の侵攻を食い止める為の砦もあるが、どうしても全てをカバーする事はできない。そうして迷い込んだ魔物を討伐するのが冒険者の仕事だ。
周囲には何もない。
「で、ここにはどんな魔物が出てくるんだっけ?」
「ちょっと待っててくれ」
ギルドから貰った簡易のパンフレットを調べる。
調べる、と言ってもパンフレットを手に取って目を通して調べて行くわけではなく収納に入れた状態で検索を掛けて調べる。
言わば辞書とネットの違いだ。
こっちの方が圧倒的に速く調べる事ができる。
「どうやらアルマジロ型の魔物が出て来るみたいだ」
このパンフレットは本当に簡易の代物でどの辺りに、どんな魔物が出て来るのか大雑把に記されている物でしかない。
これ以上に詳しい情報を求めるなら大金を出して情報を得る必要がある。
だが、今のところそこまでの情報は求めていない。
「まずは俺たちが大金を持っていてもおかしくない状況を作り出す」
情報を得るには金が必要になる。
幸い、情報を得る為に必要な金は収納の中にある。
しかし、出処を聞かれると困る金なので大金を持っていてもおかしくない理由を持っておく必要がある。
それもデュームル聖国という状況が簡易にしてくれた。
この国でならかなり珍しい魔物を討伐する事ができれば大金を得る事ができる。魔物を討伐するだけならランクの制限を受けるような事もなく、討伐に挑む事ができるので俺たちみたいな低ランクの冒険者にとっては格好の狩り場だった。
もちろん討伐に必要な力を持っている必要がある。
「それにしても北から次々に魔物が来るのに生息地なんてあるんですか?」
「これは、生息地というよりも侵攻ルートかな」
レイの疑問にパンフレットを見ながら答える。
パンフレットにはそれらしい事は何も書かれていなかったが、それなりの学のある者が魔物の分布図を見れば予想できる。
「魔王がいる魔王領との境には勇者と魔王による過去の激闘で生まれた谷や川があるんだ。そういう険しい所を通る事ができる魔物は限られている。けど、そういう場所を好む魔物がいるのも事実らしいんだ」
今回、討伐目的のアルマジロもそうだ。
普段は切り立った崖下に住んでいるのだが、時折崖を上って人里へと向かう事があるらしい。
アルマジロの体はゴムのように柔らかくありながら体を丸めると非常に硬くなる。
そのため一般人では太刀打ちしようがなく、駆け出し冒険者でも絶対に手出しをしないように言われている。
「あれが今回の討伐対象だな」
離れた場所を指差す。
そこでは人と同等のサイズを持つアルマジロに対峙した冒険者パーティがいた。
冒険者に体を丸めたアルマジロが回転しながら突っ込む。それを先頭にいた盾を持った冒険者が受け止める。盾を持った冒険者が後ろへ軽く跳ばされながら突撃して来たアルマジロを止めると仲間が剣でむき出しになった腹に剣や槍を突き刺していた。
ああいう風に討伐するのがセオリーなのか。
「どうせだから、ああいう風に討伐してみるか」
「それはいいけど、何体も出て来るような魔物なら珍しくもないんじゃ」
「たしかに珍しい魔物を倒した方が早く儲けられるだろうけど、この国の魔物に慣れない内から珍しい魔物に挑むのは危険だ」
高値で取引される魔物は珍しい、と同時に危険な魔物である可能性が高い。
危険を冒してまで理由を手に入れる必要はないのでゆっくりと慣れていけばいい。俺たちのステータスなら勝てない、ということはまずあり得ない。
「来たぞ」
先に来ていた冒険者パーティが倒したアルマジロを解体している姿を見ながら魔物が現れるのを待っていると向こうの岩場の陰からアルマジロが姿を現した。
冒険者パーティは解体の最中。
とても討伐ができるような状態ではない。
通常、魔物に襲われた時に複数のパーティが同じ場所にいた時には襲われている冒険者に戦う権利が優先的にあり、次にそこへ先に来ていた冒険者に権利がある。
しかし、今回は先に来ていた冒険者は討伐を終えたばかりで解体の最中。
俺たちに戦う権利が回って来る。
「割り込まれても面倒だ。近付く事にしよう」
こういう状況で冒険者パーティが戦う権利を得る為には俺たちが戦うよりも早く自分たちが戦いを始める必要があった。その為には自分たちに注意を惹き付けて戦闘を始めてしまうのが手っ取り早い。
そうはさせない。
獲物は早い者勝ちだ。
防御に優れた盾を持った冒険者が割り込もうとするが、それよりも速くアルマジロの前に辿り着いた俺を見て諦めていた。
俺も彼に倣って大盾を収納から取り出す。
アルマジロが俺の姿を見て転がって来る。
――ガン!
「ん?」
おかしい。
冒険者が持っていた盾より大きいとはいえ、冒険者が同じくらいのアルマジロを受け止めた時には後ろへ吹き飛ばされていた。
しかし、俺が受け止めた時にはアルマジロの方が逆に吹き飛ばされていた。
「そっか、俺の方が圧倒的にステータスが高いんだ」
体を丸めた硬い体のはずなのに俺の防御力にすら及ばない。
「ま、普通はこんなもんっていうことで」
全く動じない俺の体に驚きながらメタルスライムのシルバーを鞭のように伸ばしたショウがアルマジロの首を絞める。
魔物とはいえ、アルマジロの姿をしている以上、生きる為には呼吸をする必要があるなどという生態はそのままになっている。
首を絞められれば当然のように呼吸ができなくなる。
そのまま数分も首を絞めていると悶えていたアルマジロの身体が動かなくなる。
随分とえげつない殺害方法だ。
「いや、冒険者ギルドで買い取りをしてもらうなら剣や槍で傷を付けるなんて問題外じゃないか」
絞殺されたアルマジロには外傷らしい外傷はなかった。
唯一の外傷は俺の盾とぶつかった時に付けてしまったタンコブくらいだろう。
しかし、頑丈な魔物だ。
同時に体を丸めたりしていたのが信じられない。
「どこか必要な部分はあるか?」
レイに尋ねる。
調合魔法を得意としているレイには新たな薬を作る為に必要な素材はいくつもストックしておいた方がいい。
「いえ、アルマジロには調合に使えるような部分はないので全てギルドに売ってしまうことにしましょう」
「分かった」
死体となったアルマジロを収納する。
使える部分がないなら少しでも換金してしまった方がいい。
遥か後方では突然消えたアルマジロに冒険者たちが驚いている。
「なんだ……? 収納魔法なのか?」
「バカ! 収納魔法にあんな重たい魔物が入るかよ」
「たしかに……入るとしたら相当な化け物です」
「おそらく戦闘は男と女の1人ずつでやる護衛。その二人を雇った男女のペアってところだろ。あいつらが何をしに来たのか知らないが、関わり合いにならない方がいい」
「そう、だな」
高くなったステータスがそんな聞きたくもないセリフを拾ってくる。
たしかにアルマジロは重たい魔物だったが、収納しても全く限界を感じることはないのでまだまだ余裕だ。
「……ああ、そうだ!」
「どうした?」
アルマジロが出現してから黙っていたハルナが手を打って何かに納得していた。
「あの丸まりながら転がって来る姿。何かを思い出させてくれたんだけど、やっと分かった。あれは車に付いた車輪よ」
『ああ!』
3人で納得する。
言われればタイヤが転がっているように見えなくもない。
「こんな感じ?」
収納からアルマジロの身体を丸めた状態で取り出す。
「そうそう。これならあたしたちの車のタイヤに使えるんじゃない?」
俺たちがメグレーズ王国を脱出する為に造った車にはタイヤがない。
剥き出しのホイールだけで走らせていた為にデュームル聖国に辿り着く前にガタが来てしまった。
このアルマジロの柔らかさも併せ持った体を使えば加工次第でタイヤが手に入るかもしれない。
それには魔物の素材を換金した時以上の価値がある。
移動手段の強化も目標の一つです。




