第3話 盗賊討伐
デュームル聖国の聖都へは今日中に辿り着ける。
そうして余裕のある中、俺たちは直前に立ち寄った街で引き受けた護衛依頼の最中だった。
依頼内容は聖都まで商売で向かう商人の護衛。
商人は馬車3台に商品を詰め込んでおり、大きな商売を控えているとあって意気揚々とした様子だった。
しかし、大きな商売だと馬車にある商品を狙う人物もいる。
そう――盗賊だ。
商人の護衛には俺たち4人のパーティだけでなく、商人が元から懇意にしていた冒険者パーティが2組もいる。
本来は、商人が懇意にしている冒険者パーティがいくつかあったのだが、急な依頼が舞い込んでしまったせいで護衛を頼むことができなかった。
しかし、今回の商売はどうしても成功させたかった。
そのため募集を掛けたところに偶然立ち寄ったのが俺たちだった。
「せいぜい足を引っ張らない事だな」
元々いた冒険者パーティからは友好的な態度を得ることができなかった。
理由は俺たちの実力不足を懸念してのものだった。
彼らの冒険者ランクはB。
対して俺たちのランクは未だにE。
彼らの中では俺たちは馬車と商人を守る為の盾、もしくは荷物持ち程度にしか認識されておらず、戦力としてはカウントされていない。
俺たちとしてはそれでも問題なかった。
商人をきちんと聖都まで送り届ければ依頼達成となるし、報酬も貰える。
なにより現在進行形で報酬を貰っているところだ。
「そうなんですか?」
「ええ、聖都では今このような物が人気でして――」
馬車に乗った商人とハルナが談笑している。
いざという時に馬車の中にいる商人を守れるように誰か一人は馬車の中にいるようにしていた。
俺たちの中ではハルナが適任だった。
男2人、女2人のパーティで男の商人が一緒にいたい相手となれば当然女2人の方だった。
自然と馬車の中にいるのはハルナとレイのどちらかになった。
ただ、レイでは生来の人見知りから知らない相手との会話が弾まない。それに比べれば雑用依頼をしていた時の経験から人当たりのいいハルナは会話が弾んで色々な情報を聞き出せる。
そう、無意味に商人の暇つぶしに付き合っているわけではない。
その国に住む人でなければ知らない事、本から得られる知識だけでは分からない事を聞き出すのがハルナの仕事であり、俺たちの報酬になっていた。
「ところであたしたちの護衛は必要だったんですか? これまで二日の護衛で襲ってきたのは魔物が8体だけ。しかもあたしたち以外のパーティで殲滅されていますよね?」
「恥ずかしい事だけど、我が国には盗賊が多いんだ」
冒険者はデュームル聖国に魔物が多く、他国よりも高額で買い取ってくれるおかげで儲けられる国だと噂で聞いてやって来る。
しかし、本当に儲けられる冒険者は一握りだけだ。
実力がなければ魔物との戦いで怪我を負い、冒険者を続けられることができなくなるし、場合によって強大な力を持った魔物に対して恐れを抱いたせいで盗賊に身を堕とす者まで現れる。
そうして盗賊になる者が後を絶たないせいで盗賊が尽きない。
しかもこれから向かうのは聖都。
色々な物が集まる聖都に向かう馬車を狙う盗賊は多い。
ちょうど今ぐらいの場所が襲われやすいとの事だ。
「ねえ、あたしマズったかな?」
馬車の中から顔を出してハルナが聞いてくる。
その表情はちょっと引き攣っていた。
彼女もこの話題をしてしまった事の重要性に気付いたのだろう。
「間違いなくフラグだろうな」
「ですよね」
そんなやり取りをしている間に冒険者の「敵襲だ!」という声が響き渡る。
フラグが的中してしまった事にハルナと肩を竦めながら頷き合う。
「お前たちは、馬車の傍で警戒していろ!」
冒険者が檄を飛ばしてくる。
これは、言葉通りに馬車を優先して守って欲しいという意味ではない。
道中で現れた盗賊を討伐した場合、討伐した者に盗賊が所有していた財宝の所有権が移る。俺たちまで参加して討伐したとなれば功績の度合いに応じて分配しなければならない。
「行くぞ!」
『おう!』
リーダーの号令に従って冒険者の仲間も盗賊に向かって行く。
盗賊の数は30人。
対して冒険者の数は6人パーティと4人パーティの10人。
人数的にはちょっと厳しいところなうえ、全員が前衛の偏ったパーティなので苦戦するかもしれない。
「もしも馬車が襲われそうになったらあたしたちも戦った方がいいのよね?」
馬車から下りて来たハルナが聞いてくる。
「戦うつもりなのか?」
ここは確認しておかなければならない。
相手は魔物ではなく人間。
普通の女子高校生なら忌避感が勝っても仕方ない。
「あんたたちが魔族と戦っている間、あたしとレイは何もできなかったわ。ステータス的に厳しかったっていうのもあるけど、それ以上に人を殺めてしまう可能性のある戦いが怖かったのよ」
そう言うハルナの両肩が震えていた。
思い出されるのは信頼していた騎士ライデンに襲われた時の事。
あの時に初めて人から本気の殺意というのを向けられた。人から再び向けられるのが怖ければ、自分が人に向けるのも躊躇われた。
「だけど、毒で苦しむあんたたちの姿を見てこのままだとダメだと思ったの。せめてあたしも自分の身は自分で守れるぐらいに強くなりたい」
近くで待機していたショウに確認をする。
俺には元の世界へ帰るという明確な目的があったから人との戦いも目的を優先させて恐怖心を感じる事がなかった。ショウは、後ろにいるハルナやレイを守る為に恐怖心を捻じ伏せる事ができた。
ただ、そんな事を女子に強要するのは躊躇われた。
状況次第では俺とショウの二人だけで人には対処する必要があると考えていたぐらいだ。
「分かった。ただし、無理だと思ったら僕たちで対処する」
「頼りにしている」
「向かってきたのは二人だけだけど、どうする?」
奮戦していた冒険者たちだったが、劣勢を覆し掛けたところで油断してしまったせいで盗賊に抜かれてしまった。
盗賊としても護衛の想像以上の強さに苦戦し、生き残る為に打開策を必死に模索していた。
彼らが一人でも多く生き残れる可能性があるとしたら護衛対象である商人を人質にしてこの場から逃げる事。
「とりあえず首でも狩って来る」
ハルナの姿が消えた。
商人や冒険者、襲い掛かって来た盗賊にはそうとしか見えていなかった全速力で盗賊に近付いたハルナが盗賊の首目掛けて短剣を振るう。
振るわれた短剣は、人間を殺すということもあって躊躇があったせいか斬撃が浅くなってしまった。それでも人間の急所でもある頸動脈を傷付ける事に成功して血を噴き出しながら盗賊が地面に倒れる。
「うん。実際に殺せば吐いたりするのかと思ったけど、そんな事なかったわね」
「この!」
もう一人の盗賊が剣で斬り掛かるが、何もない場所に剣が叩き付けられる。
「あ、あれ……?」
「さようなら」
盗賊の着ていた革鎧を貫通して心臓に突き刺さる短剣。
胸から短剣を引き抜くと盗賊が地面に倒れる。
「問題なさそうか?」
「精神的には問題ないし、ステータスのおかげで盗賊を相手にしているっていうのに余裕よ。今のだってちょっと力を込めて短剣を刺しただけなのに面白いぐらいにスッと突き刺さって行くのよ」
ショウが確認すると少し興奮した様子だった。
深刻な状態ではなさそうなので問題はないみたいだ。
俺としてはハルナよりもレイの方が気になる。
「お前まで人間を相手にできない事を気にする必要はないんだぞ」
少し離れた場所でレイは怯えたような表情をして戦いを見ていた。
既に戦いはほとんどが片付いたような状態であり、冒険者側に怪我人はいるものの死傷者はいない。盗賊のほとんどが実力不足から堕ちた者であるため今も最前線で戦い続けている冒険者に勝てるはずがない。
そんな事は分かっているものの一度堕ちた盗賊は生きる為に襲う必要があった。
「いえ……」
レイが離れた場所にある木を指差すのでそこを見る。
木の根元には襲い掛かって来た盗賊と似た格好をした男が横たわっていた。
「もしかして、お前がやったのか?」
「はい。こっちを弓で狙っている相手がいたので毒を塗ったナイフを投げて殺しました」
そう言うレイの表情は後悔しているようだった。
どうやら、本当なら毒で弱らせるだけのつもりだったらしい。ところが、毒が強すぎた為にショック状態になってしまい、木の上から落ちたところで打ち所が悪かったせいで死んでしまったらしい。
俺は、盗賊などをしている者の自業自得なので特に何も思わない。
しかし、彼らにも彼らなりの事情があったはずだ。
心優しいレイは、その事情を気にしている。
だが、俺たちに付いて行くと決めた以上、盗賊のような人とも戦わなければならないと覚悟を決めたらしい。
せめて明るい話題に変えよう。
「盗賊討伐なんて今までしたことがなかったからレベルが上がっているんじゃないか?」
「……上がっています」
「あたしも上がっている」
盗賊と戦った女子2人はレベルが上がっているらしい。
これでレベルが5になった。
俺たちのステータスを考えれば異常に低いレベル。
今用いているステータスを考えれば、この世界の人よりもレベルアップ時の恩恵が凄かったとしても微々たる上昇でしかない。それでも自分の力が強くなって行くのは嬉しい。
「レベルもそうだけど、精神的に強くなったみたいだな」
盗賊相手でもある程度は戦えることが分かった。
今後は必要になってくる力だ。
聖都で何があるのか分からないが、色々な状況に対応できるようになっておいた方がいいだろう。




