第13話 旅立ち
「そんなことがあったのか」
アルバーン伯爵の屋敷を離れてから宿屋へと戻って様子を見てから2日後――俺とレイは冒険者ギルドのギルドマスターの部屋を訪れていた。
用件は、依頼を受けてから起こった出来事の報告。
アルバーン伯爵の家に兵士が赴き、騒ぎが起こったという出来事まで消すことができなかった。記録までは、伯爵の方で全力を以てなかったことにしてくれるだろうが、話がギルドマスターまで伝わって記憶には残ってしまっていた。
せめて事情を知るギルドマスターには真実を伝えておこうとの事から報告と挨拶に赴いていた。
「申し訳なかった。まさかアルバーン伯爵がそのような態度に出るとは思ってもみなかった」
「それはいいんですよ。この国を出て行くちょうどいい理由ができました」
ただ出て行っただけでは、俺たちの生存を知った宰相に行き先をすぐに突き止められてしまうことになる。アルバーン伯爵と言えどもいつまでも隠し通せるはずがない。
しかし、ここにアルバーン伯爵という妨害者が加わることによって完全に騙すのは不可能でもある程度の時間を稼ぐことはできるはずだ。
「で、そっちの嬢ちゃんはどうした?」
「レイについてですね」
彼女はずっと暗い表情をしていた。
理由は単純だ。
ちょっとした人間不信に陥っていた。
俺と違って本気でアルバーン伯爵の事を信じていたレイは、異世界に来てから初めて信頼できる人物に出会えたと思っていただけに伯爵から裏切られた事が本気でショックだった。
それ以上にショックだったのが自分の作った毒の使われ方だ。
魔族スタークの遺体から麻痺毒が作れると分かったレイは、今回のように囲まれた時に相手の動きを封じる為に麻痺毒を作り、俺たちに抗毒薬を渡した。
その毒を浴びた状態の相手を2人も俺が殺したのがショックだったらしい。
レイの意思が騎士と兵士の死に直接関与していなかったとしても彼女が作った毒によって麻痺していたのは変わらない。彼女も間接的に2人の死に関わっていたようなものだ。
「ここに来る前も街の観光をして少しでも気を紛らわせてくれたらと思って連れて来たんですけど……」
屋台で昼食代わりの物を食べたり、露店で売られている物を覗いたりしていた。
今もいないショウとハルナの2人には申し訳ないが、彼らには彼らでやってもらわなければならないことがあるので2人で楽しませてもらった。
俺たちが活躍するのは旅に出てからの話だ。
はっきり言って女子との関わりなんてあまりなかっただけにどうやって接すればいいのか分からず、自分の態度が正しかったのか分からない。
「あまり効果はなかったみたいだな」
俺とギルドマスターの言葉にレイがフルフルと首を横に振る。
「……いえ、そのお気持ちはありがたいですし、わたしたちの邪魔をするあの人たちの事を放置することができなかったっていうのも分かっています。それに今後も同じような事が起こった時には同じように対処しなくちゃいけないって思っているんです。けれど……」
自分の手で人を殺めるのが怖くなってしまった。
レッドドラゴンに知り合いが殺され、俺がライデンを手に掛ける姿を目にして人の死を見るのは初めてではない。
それでも実際にやるのと見るのでは違う。
「無理に慣れる必要はない。自分がどうするべきかは、これからゆっくりと考えていけばいい。その結果、俺に着いて来られないって言うなら生活に必要なお金は渡すから離れてもいいし」
それだけのお金はある。
それにレイが冒険者として稼いだお金は収納魔法が使える俺がほとんどを預かっている。
「いいえ、こんな世界で1人放り出されるよりは最後まで着いて行くつもりです」
そういう覚悟があるならこっちも最後まで連れて行こう。
ギルドマスターの方を見るとニヤニヤと笑みを浮かべていた。あなたが思っているような間柄ではないですよ。
「この後は、どうするんだ? さっきはこの国を離れるみたいな事を言っていたけど」
「行き先については知らない方がいいでしょう」
「そうだな」
知らなければ嘘を言うこともない。
と言っても今後も冒険者として依頼を受けて生活費を稼ぐつもりでいるので冒険者ギルド間で繋がりがあれば簡単に行き先が知られると思っている。
けれども最低限の偽装工作は必要だ。
「受付で配達依頼を受けてきました」
受けた依頼は2件。
メグレーズ王国の南西と南東にある都市の冒険者ギルドに荷物を配達して欲しいという依頼。
本来なら配達には馬車が必要なほど重たい荷物の配達なので、馬車すら持っていない俺たちみたいな駆け出し冒険者では受けることのできない依頼だったのだが、冒険者の間で噂になった俺の『運び屋』としての名前があったおかげで依頼を受けることができた。
この依頼を受けたのは俺たちの行き先を誤魔化す為。
長距離を移動する依頼を引き受けたことで他の街へ移動しても怪しまれず、全く見当違いの方向へ向かうことになるのでその後の足取りが掴みにくい。
南西と南東にある都市へ向かった事から南にある帝国へ向かったと思わせるのが目的だ。
「この依頼をこなせばEランクへ昇格できるそうです」
受付で依頼を受ける時にシャーリィさんに確認しているので間違いない。
「そっちも申し訳ないな。どうせなら俺の一声でもっとランクを上げてやりたかったんだが」
「ギルドの規則では仕方ないですよ」
冒険者として有名になれば様々な伝手が手に入る。
冒険者の高ランクは手段の1つとして必要ではあるが、情報を集める為の伝手はランクだけが全てではない。
今回のアルバーン伯爵のように俺たちの強さを嗅ぎ付けた人物が向こうから接触して来る可能性だってある。
「明日にでも旅立つつもりでいます。おそらく、この国に戻って来る事すらないと思います」
この国に元の世界に帰る為の手段はない。
いや、もしかしたら知っている者がいるかもしれないし、王族ですら知ることのできなかった何かがあるのかもしれない。けれど、俺たちが既にこの国にいたくないと思い始めている。
もう長居する必要がない。
「分かった。だが、どうやって移動するつもりだ? 配達依頼での行き先もかなりの距離があるぞ」
「ここに来ていないハルナに色々と旅に必要な物を買いに行かせています」
国を出るまでどれだけ頑張っても1週間から10日は掛かると考えている。
その間、街や村に立ち寄ることができれば問題ないが、移動中に野営することになれば食糧などの消耗品が必要になる。
かなりの量が必要になるので慌ただしいため気分転換には向かないのでレイは俺の方に連れて来た。
「移動手段についてはショウに準備させています」
「準備しているなら問題ない」
おそらくギルドマスターは馬車を借りるか買うかする手配をしていると思っているのだろう。
残念ながらそのどちらでもない。
馬車での旅では時間が掛かり過ぎる。行き先を分からないようにするため遠回りをする予定なので時間を短縮する必要があった。
乗り心地は最悪になるだろうが、時間を短縮させる事を優先させた。
その辺の問題は、昨日宿屋に籠もって予定を考える時に了承を貰っている。
「お前たちの旅が最良のものとなる事をここから祈らせてもらうことにするよ」
「ありがとうございます」




