第11話 再交渉
「再交渉、だと?」
「そうです」
信じられない物を見るような目で目の前に立つ俺のことを睨み付けてくるアルバーン伯爵。
ステータスが強化される前なら委縮してしまったかもしれないが、今となっては何も感じない。
「こちらが提供する物は『紅蓮杖』と『解毒剤』です」
「それは私の物だ!」
「そっちには最初から約束を守る気がないどころかするつもりがなかった。なら、この2つは俺たちが魔族から奪い返しただけの物で、どうするのか自由にする権利は俺たちにある」
「クッ!」
「ああ、これは返金しますよ」
報酬として貰った金貨100枚の詰まった皮袋を投げ渡す。
こんな物を貰ったままでは公平な取引なんてできるはずがない。
「こちらの要求は最初と変わりません。『通報されていない状況を作り出して知らせないで下さい』。それだけです」
「どういうことか分かっているのか?」
「もちろん」
正直言ってこの場を力尽くで逃げ切るのは難しくない。
しかし、それでは逃げ切った先で指名手配などされて過ごし難い状況にさせられてしまう。
それは好ましくない。
けれどもアルバーン伯爵のせいで既に俺たちの事が知られてしまっている。
そうなると選択肢としては『知っている人間を減らす』か『黙っていてもらう状況を作り出す』しかない。さすがに前者は善良な日本人としては躊躇われるのでアルバーン伯爵に後者を選択してもらいたい。
「そんな要求が呑めるはずないだろ」
「では、今すぐに紅蓮杖も解毒薬も破棄します」
「それは……」
「俺はどちらでも構いませんよ」
どちらも俺にとっては、なくて困るような代物ではない。
紅蓮杖の炎が自由に使えるという能力は魅力的だが、メテカルへ戻って来るまでの間にこっそりと使わせてもらったので大量のストックを収納内に保存してある。都市1つを焼き尽くす勢いで使用しない限り必要はない。
解毒薬もスタークが既にいない以上毒に掛かることもないので必要ない。
スタークの遺体も万が一の場合に備えて破棄してしまえば再び毒を受ける心配もなくなるので本当に必要なくなる。スタークを収納したことによるステータス強化も解毒薬作成の為に色々と手を加えたせいか微々たる量の増加しかならなくなってしまった。
まあ、遺体と魔結晶は別物と判断されるのか魔結晶による強化は残ったままなので問題ない。
「あなたの持つ選択肢は2つだ。1つは『要求を呑んで家宝を取り戻し、娘の命を助ける』。もう1つは『要求を拒んで家宝と娘の命の両方を失う』。実に単純な選択肢ではないですか?」
自分で言っていてちょっとどうかと思うところはある。
しかし、アルバーン伯爵に同情するような気持ちは一切ない。
この世界に来てからというものの勝手に召喚した連中に捨てられ、信用できると思わせてくれる人は最初から信用などしていなかった。
もはやアルバーン伯爵にも手心を加える必要がないと思える心が冷え切っていた。
「君には血も涙もないのか」
「あるに決まっているでしょう。だから選択肢など与えずに利用するだけだったあなたと違って選択肢を与えている。あと1分だけ待つのでどちらでも好きな方を選んでください」
「ま、待て……!」
アルバーン伯爵の指示によって待機している兵士たちだったが、いつまでも待機させられるとは思えない。
いつ襲い掛かられてもいいようにショウが警戒しているが、この場にいつまでも留まり続けるのは得策ではない。期限である1分を経過しても答えを出さなかった時はこの場をさっさと離脱することにする。
「……分かった。君たちの要求を呑もう」
「伯爵!?」
「よろしいのですか、旦那様」
屋敷を取り囲んでいた兵士が声を上げ、伯爵の後ろに控えていた執事服を着た男性が尋ねる。
「紅蓮杖は国王陛下より下賜された貴重な魔法道具だ。代々アルバーン家の当主が受け継いできた家宝を私の代で失うわけにはいかない。それよりもリサリアーナの命が失われる方が問題だ。あの娘がいなくなればアルバーン家の正当な後継者はいなくなるんだぞ!」
「たしかに奥様は既に亡くなられておりますので入り婿である旦那様との間に生まれたリサリアーナ様がお亡くなりになればアルバーン家の血は絶えることになるのでしょうが」
そうか。エイブさんは入り婿でアルバーン家の血を継いでいるのは奥さんの方で奥さんとの間に生まれた子供はリアーナちゃんしかいなかった。
仮にエイブさんが奥さん以外の人との間に子供を用意したとしてもアルバーン家の血を継いでいるわけではないからアルバーン家の継承権がない子が生まれてしまい、アルバーン家の血が絶えることになる。
血筋を重んじる貴族なら自分の代で血が絶えることを嫌うはずだ。
アルバーン家としては入り婿であるエイブさんよりもリアーナちゃんの方が重要だった。だからアルバーン伯爵はリアーナちゃんの毒を治療することに躍起になっていたんだ。
「かしこまりました。旦那様がお決めになったことでしたら私どもは反対しません」
「そういうことだ。君たちの要求は可能な限り叶えることを約束しよう」
「可能な限り? 絶対に叶えて下さい」
「……いいだろう」
苦虫を噛み潰したような表情で頷いていた。
間違っても努力はしたけどダメでした。なんてセリフは言わせるつもりはない。
「では、これにサインをしてください」
会話をしながら準備をしていた物を収納から取り出す。
「これは――誓約書じゃないか!?」
誓約書――魔法効果の込められた紙で、書かれた誓約内容を魔法によって遵守させる効果を持った魔法道具。
アルバーン伯爵は、魔族スタークとの間に誓約をさせられたことによって中級以上の冒険者への依頼ができないようにさせられてしまっていた。
書くには少し苦労した。
異世界に召喚された加護によって会話と文字の読みには問題のない俺たちだったが、文字が書けるほどの加護までは得られなかったので普通なら誓約書を書くことすらできなかった。しかし、収納魔法の裏技的な使用方法で収納内にある本の中から同じ言葉を抜粋して書くという方法で誓約書を書くことができた。
「こんな物をどうやって手に入れた!?」
「魔族が拠点にしていた屋敷にいくつか残されていましたよ」
出処は知らないが、貴重な誓約書が最初にいた部屋に残されていた。
他にも生活に役立ちそうな魔法道具が残されていたので全て回収済みだ。
「誓約内容は、先ほど言ったことを遂行すること」
「この『できなかった場合にはソーゴ、ショウ、ハルナ、レイの生存を知る者全員をアルバーン家の総力を持って排除する』というのはどういうことだ!?」
「それぐらいのリスクを持ってもらわなければ誓約する意味がないでしょう」
ちなみに『できなかった場合』というのは、俺たちの誰かがそう判断した時点で適用されるという曖昧な書き方をしている。
つまり、アルバーン伯爵は自分の家が大事なら全力を持って全ての証拠を隠滅しなければならない。
「できなかった場合でも家が断絶する。それぐらいのリスクは背負ってもらわなければ困ります」
「私は、どこで間違えた……?」
どこ、と敢えて言うなら最初から。俺たちの力をただ利用するのではなく、通報しないと言う裏切りと取られるかもしれないリスクを背負ってでも依頼を出して報酬を支払うべきだった。
サインの書かれた誓約書を受け取る。
誓約書を確認して頷くと蒼い光を放って誓約書が消える。
これで誓約書にサインをしたアルバーン伯爵は誓約内容を遵守しなければならなくなった。
俺の方は誓約書が消えると同時に紅蓮杖と解毒薬を渡してあるので問題ない。
さて、次は屋敷を取り囲んでいる兵士たちの方だ。
アルバーン伯爵家の私兵の方は、伯爵の指示に従ってくれるだろうが、誓約書にサインをする光景を見ていても彼らは敵対心を抑えようとしていない。伯爵の思惑に関係なく対立する気みたいだ。
そっちがその気ならこちらにも考えがある。
交渉?
いいえ、脅迫です。




