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第10話 裏切り

 リアーナちゃんの私室を後にすると報酬を受け取るべく執務室へと赴く。


 執務室の奥にあるクローゼットの中には頑丈な金庫があり、中には大量の金貨や貴重な魔法道具(マジックアイテム)が詰め込まれていた。金庫は壁に固定されており、金庫ごと持ち去ることもできないようになっていた。


 ずっと持っていた紅蓮杖を金庫の中に入れ、金庫の中から報酬である金貨100枚が詰まった皮袋を渡してくれる。


「これが報酬だ」

「ありがとうございます」


 大金ということで俺が預かる。

 俺の収納以上に安全な場所はない。


「君たちはこれからどうするつもりだ?」

「そうですね。ギルドの依頼を受けながら元の世界に帰る方法を探したいと思います」

「そうか」


 アルバーン伯爵自ら見送ってくれるらしく玄関まで着いて来てくれる。


「これは、どういうことですか?」


 玄関から出た先では手に槍を持った兵士20人が待ち構えていた。時折、街中で見かけた警邏中の兵士が着ていた鎧と同じだと思われる物を着ているので街の兵士だろう。

 さらに左右は兵士たちとは違う鎧を着た10人の男に取り囲まれていた。この男たちは街の兵士ではなく、アルバーン伯爵が個人的に雇っている兵士と思われる。


「申し訳ないが、君たちには王城まで来てもらおう」


 正面にいる兵士たちの中から騎士が歩み出て告げる。


 王城という言葉を聞いてレイが表情を青くしている。

 彼女にとって信頼できるはずだった騎士に襲われた出来事はトラウマに近い。安心させるようにレイを俺の後ろに下げる。


「俺たちはあなたに頼まれた通り、紅蓮杖と解毒薬の用意をしました。約束だと俺たちのことについて通報はしないはずでしたよね」


 どういう理由で王城へ連れて行こうとしているのか知らないが、いくら王国と言えども理由もなく王城へ連れて行けるはずがない。理由があるとしたら王城から逃げ出した事、宝物庫から何も言わずに持ち去った事、騎士ライデン殺害に関する事のどれかだろう。


 そして、俺たちがアルバーン伯爵邸にいることを知っているということは伯爵が自分から通報した可能性が一番高い。


「もちろん私は自分の交わした約束は忘れていない」


 だが、現にこうして破られている。


「約束では、成功報酬として通報しないことを約束していた。だから成功報酬を渡す前――君たちが帰って来る前にこの時間になったら来るよう兵士たちに指示を出していただけだ」


 通報時点では、通報してはいけないという約束が成立する前だから通報しても問題ない。

 そんな屁理屈を言って来た。


「俺たちを裏切るんですか?」

「裏切る? 私は国に仕える伯爵貴族だ。最初から国の味方で、国の敵になってしまったのは君たちの責任だ」


 違う。誘拐されてきた俺たちの敵になったのが国だ。


 結局アルバーン伯爵も信用してはいけない人間だったというだけの話。

 もっとも最初から信用などしていない。


「俺たちとの約束を破ってしまったんですね」

「いや、私は約束を破ったりしていない」


 たしかにアルバーン伯爵が提示した条件は破っていない。

 だが、こちらが提示した条件には抵触してしまっている。


「俺は約束をした時に『約束を破って裏切ったりしないでください』と言っています」

「だから私は今後、国に通報するような真似はしないさ」


 『約束を破って』そこは守られている。

 しかし、『裏切ったりしないでください』――そっちは守られていない。


 裏切る=約束を破るではない。


「俺は何があったのか事情を話し、あなたは『身勝手な話』だと同情してくれたではないですか」

「それがどうした?」

「俺たちは同情してくれるあなただからこそ善意からあなたの依頼を引き受けようと思った。ところが、あなたは最初から約束を破るつもりだったどころか約束をするつもりがなかった。せっかく味方だと思っていた人から裏切られてしまった」

「何を言って……」


 まだ分かっていないようなので援護を頼むべく仲間にアイコンタクトを送る。


「そうです。あなたは俺たちの味方だったのではないのですか?」

「あたしたちのおかげで家宝は戻って来たし、リアーナちゃんの命だって助かるっていうのにこの仕打ちはあんまりだわ」

「……酷いです」


 口々に言われる言葉にアルバーン伯爵が口をパクパクさせている。

 伯爵の思惑としては、俺たちに家宝と解毒薬を回収させて約束を破らずに国へ突き出すことで評価されようと考えていたのだろう。


 約束を破ったわけではないのだから自分は悪くない。


「まあ、あなたの約束を破ったわけではないという理屈も分からなくありません」

「そうだろう!」

「ですが、あなたの最初から約束を守るつもりがなかったというその態度が気に入りません。そっちに約束を守るつもりがなかったというのなら契約そのものが無効です」


 手を屋敷の方へ向けて壁に魔法陣を叩き付ける。

 これで屋敷そのものが俺の魔法の対象下になった。


「効果範囲:アルバーン伯爵邸、対象:伯爵の執務室内にある金庫の『紅蓮杖』及びリサリアーナ令嬢の私室にある『解毒薬』――収納」


 言葉にすることで魔法のイメージを明確にする。

 ああ、たしかに収納の中に目的の品物が入って来たことが分かる。


「何をした?」


 一方、アルバーン伯爵には何をしたのか分からない。

 見ていただけだと俺がしたのは、屋敷の壁に魔法陣を叩きつけて収納する瞬間に少しだけ強く光らせただけだ。収納魔法の一般的な常識から考えれば何をしたのか分からなくても仕方ない。


 仕方ないので分かりやすく収納したばかりの代物を取り出す。


「そ、それは……!」

「そう。あなたが欲しくて止まなかった家宝の杖と娘の命を助ける薬です。これが俺の手の中にあるということがどういうことか理解できますか?」

「……っ! 今すぐ奪い返せ!」

「それは止めておいた方がいい」


 俺の言葉に俺から奪い取ろうと動き出した私兵たちの動きが止まる。


「俺にもしもの事があった場合には収納内にある全ての物が時空の彼方に放逐されることになるよう設定してあります」

「なに……? 待て!」


 俺の言いたい事が理解できたのだろうアルバーン伯爵が私兵たちに止まるように言う。


 その隙に紅蓮杖と解毒薬の両方を収納に入れさせてもらう。


「そう。俺だけじゃない、俺たちの誰かにもしものことがあっただけで紅蓮杖と解毒薬だけじゃない。王城の宝物庫から持ち出して来たありとあらゆる物が永遠に失われることになります。いいんですか? あなたが迂闊な事をしたせいで国宝まで永遠に失われてしまうことになっても」

「くっ……!」


 実際にそんな事が可能なのか?


 それを調べることはアルバーン伯爵にはできない。


 そして、俺には本当に自分だけでなく仲間にも何らかの不都合があった場合には全てのアイテムを捨て去る覚悟でいる。今の俺にとって宝物庫のアイテムが失われたところでステータス強化に必要な素材さえ失われていなければ問題はない。

 アイテムよりもステータスの方が重要だ。


「お、お前……!」

「これは全てあなたの選択した結果です。あなたは最初から俺たちとの約束を守るつもりなどなかった。だから俺もあなたとの約束を履行するつもりはないので苦労して手に入れた紅蓮杖と解毒薬は返してもらいます」


 約束は既に無効化された。

 ここからは俺のやりたいようにやらせてもらう。


「では――再交渉といきましょうか」


 主導権はこちらの手の中にある。


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