第9話 解毒
「依頼は完了しました」
魔族のいた屋敷から帰ると、魔族の屋敷と同じように教えられていたアルバーン伯爵の屋敷へと翌日の朝には伯爵の屋敷へと赴いていた。
スタークとの戦闘や毒で消耗していたこともあってその日の内に赴くのは避けさせてもらった。
屋敷に着くと既に話が通っていたらしく執事に応接室へと案内された。
「まずは、こちらが『紅蓮杖』になります」
「たしかにこの真紅に輝く宝珠のある杖は、我が家の至宝である『紅蓮杖』だ」
アルバーンが顔を綻ばせながらテーブルの上に置かれた紅蓮杖を受け取る。
紅蓮杖は、火属性関係の魔法が使えない者でも魔力を注ぐだけで火属性の魔法が使えるようになれる魔法道具だった。
俺たち4人もああいう攻撃系の魔法を使える者がいないので惜しい気持ちはあったが、持ち帰る仕事を請け負っていたので素直に渡すことにした。
「ただ、申し訳ございません」
「こちらは持ち帰ることができたというのに謝るということは……」
「はい。お嬢さんを苦しめている解毒薬の方は最初から存在しなかったようです」
「やはり、そうか……」
アルバーン伯爵も解毒薬が最初から存在しないことは予想していたみたいだ。
解毒薬が存在しないとなれば伯爵令嬢は苦しみながら死ぬしかない。もしくは楽にする為に今すぐ命を絶つ。
親としては、どちらも選択したくないだろう。
「……つかぬ事を伺いますが、魔族は貴方の乗っていた馬車に奥さんと娘さんを轢き殺された事から異様なほど恨んでいました。即座にきちんとした治療が施されていれば助かったかもしれないということで、そこまで恨んでしまったみたいです。なぜ、治療しなかったのですか?」
隣に座ったレイが質問する。
俺たちの中で治療ができる者として見殺しにしたアルバーン伯爵の事が気になって仕方ないので失礼に当たるのを承知で質問させていた。
「……貴族のいない世界から来た君たちには分からないかもしれないが、貴族という存在は尊い。それと同時に羨む人間も数多くいる。中には逆怨みで襲ってくる人間がいるぐらいだ。以前、馬車の前に飛び出して轢かれた振りをして停車させたところを襲われたことがあった。その時に妻は大怪我を負ってしまってね。幸い、命は助かったのだが、傷跡が残ってしまったせいで塞ぎがちなんだ」
女性にとって傷跡が残るというのはショックだろう。
アルバーン伯爵は、奥さんに身にそういうことがあったせいでスタークの奥さんと娘が轢かれた時も同じような事ではないかと警戒して轢き逃げを選択した。
日本と違って貴族が優先される世界。
たとえ貴族であるアルバーン伯爵の方に非があったとしても轢かれた方に非があるとして処理されてしまった。それを貴族であるアルバーン伯爵は当然の事だと受け取って事故後の補償すらせず、スタークに謝ることをしなかった。
アルバーン伯爵がスタークの動機について知ったのは、スタークから語られたからだった。
「私に非があって私が罰を受けるというのならいくらでも受けよう。しかし、娘は関係ないだろう!」
ソファーに座ったまま両手で膝を叩く。
その姿は本当に悔しそうだった。
せめて、スタークが魔族になる前に奥さんと娘さんの件を謝ることができていたなら、馬車で轢いてしまった時に適切な処置をできていれば……こんなことにはならなかったかもしれない。
そんな後悔が滲み出ている。
スタークと違ってアルバーン伯爵が苦しみ姿を見る必要もないのでそろそろ助けるかな。
「勘違いしないで下さい。解毒薬は存在しませんでしたが、解毒そのものができなくなったわけではありません」
「なに?」
信じられない物を見るような目でこちらを見て来るアルバーン伯爵。
このような状況になればどのような物でも縋りたい気持ちなのだろう。
「受けた依頼内容は『紅蓮杖』と『解毒薬』の回収ですから善意で治療を行いたいと思います。その為にも1度お嬢さんと会わせてもらえますか?」
「いいだろう。本当に治療ができた時には、さらに金貨を50枚渡そう」
応接室を出るとアルバーン伯爵に先導されて2階にある一室へと案内される。
家人である伯爵がノックをすると中から弱々しい女の子の声が聞こえてくる。
「私だ。入るぞ」
「どうぞ」
部屋の中は白を基調とした落ち着ける部屋で大きなベッドの上には今にも崩れて消えてしまいそうな10歳ぐらいの女の子が上半身を起こして座っていた。
「起きていて大丈夫なのか?」
「はい、お父様。今日は調子がいい方なのです」
「そうか」
しかし、顔色を見る限り調子がいいようには見えない。
いや、毒に犯されるようになった日々の中では調子がいい方なのかもしれない。
「そちらの方たちは? 見たところ貴族というわけでもなさそうですし、お医者様でもありませんよね?」
女の子が首を傾げるとセミロングの金髪が揺れる。
「ああ、リアーナの毒を治してくれるらしい」
「ご冗談は止めて下さい。わたしは遠くない内に死ぬのです」
「リアーナ!」
どうやら伯爵令嬢は生きることを既に諦めているらしい。
それでも絶望せずにベッドの上で過ごしているのは今でも諦めていない親を想ってのことだろう。
俺にとって彼女の姿は気分のいい物ではない。
闘病の末に亡くなった弟の姿が思い出される。
「頼む」
自然と俺の口からそんな言葉が漏れていた。
治療するのは俺ではない。
レイとハルナだ。
「初めまして。リアーナちゃんでいいのかな?」
「はい。リサリアーナ・アルバーンです。長いのでリアーナでいいですよ」
「そっか。ちょっとリアーナちゃんの体に触らせてもらうね」
レイが触診するようにリアーナちゃんの体に触れる。
そのレイの背中にハルナが手を押し当てていた。俺の収納魔法を強化した時と同様にレイの薬調合を強化させている。本来の力だけでは足りなかった時の為の措置だ。
「うん、分かった」
触診を終えたレイがこっちを見て来たので収納からスタークの遺体を取り出す。
「こ、これは……!?」
アルバーン伯爵が突然現れた憎い相手の遺体に驚いている。
回収したスタークの遺体だが、強かった魔族ということでステータス向上効果もあるので誰かのアイテムボックスに預けることも考えたが、見た目は人と全く変わらないので魔物とは違って収納することを嫌ったので俺が預かっていた。
レイがスタークの遺体に近付くとアイテムボックスから取り出した注射器を首筋に当てる。この注射器もショウに造ってもらった。
スタークの遺体から採取した血とアイテムボックスから取り出したポーション、薬草などの他に調合を行う為に必要な器具など色々な物をサイドテーブルの上に並べる。
サイドテーブルの上に並べられた素材を相手にレイが作業を行う。
俺たちには何をしているのかサッパリ分からないので待つこと10分。
「できました」
サイドテーブルの上には解毒薬の入った試験官が5本あった。
レイが5本の内の1本を渡す。
「これを飲ませて下さい」
「まさか、解毒薬だとでも言うのか?」
「その通りです」
スタークの使う毒は、体内で精製された物だった。
リアーナちゃんが受けた毒がどのような物なのか判別することはできないが、誰にも治療ができない強力な毒ならスタークの体内で精製された特別な毒を使用している可能性が高かった。
スタークの毒だが本人はダメージを受けている様子はなかった。
それはなぜか?
本人が自分の毒でダメージを受けるはずがないというのは当然だとして、その理由は自らの体内で精製した毒だった為に体内で抗体が精製されていたことに要因があった。
同じようにスタークの体から解毒薬を精製することもできるのではないか?
その仮説は既にスタークが戦闘中に使っていた毒に犯されていた俺たちの体で実証済みだ。相手が毒を使うなんて情報に気を配っていなかった俺たちは解毒薬なんて用意せずに向かってしまった。おかげで解毒の為にレイ頼りになってしまったのは心苦しかった。
相手の状態を見て解毒に必要な薬について分かるようで、触診しながら観察した結果リアーナちゃんの治療に必要な薬の素材が分かった。
「大丈夫です」
素材にスタークの血が使われていたりと飲ませることに躊躇していたアルバーン伯爵だったが、不安そうにしていた伯爵の手からリアーナちゃんの方から奪い取って飲んでしまった。
嚥下されて行く解毒薬。
「なんだか体が軽くなったような気がします」
顔色も少し戻って来たような気がする。
「毒に犯されて長時間が経過していたせいで少し飲んだだけで治療することはできませんでした。ですが、残り4本を飲む頃には全快することでしょう。ただし、飲み過ぎは危険なので1日1本でお願いします」
「君たちにはなんとお礼を言ったらいいのか分からないよ」
伯爵がレイの両手を掴んで涙を流していた。
ここまではいい話。
次回から急転直下。




