第7話 VS毒の魔族―前編―
「残念だったな」
傷を修復した魔族が俺たちの事をニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。
シルバーは馬鹿にされているのが分かっているのがスライムボディをプルプルさせている。
「どういうことだ?」
「魔族になった瞬間に特別な力を手に入れられるようになっているんだ」
召喚されて魔法を手に入れた俺たちと同じようなものか。
「この力はいいぞ。本当に傷付けられたのは始めてだったが、治療にも使えると知れたのはよかった」
その言い方だと、まるで治療じゃないみたい……
「お前らに恨みはないが、奴の仕事で来たなら容赦しねぇ」
魔族の口から緑色の煙が吐き出される。
何かヤバイ物かもしれない。
咄嗟に魔法陣を出現させて取り込もうとするものの間に合わなかった。
「吹き飛べ」
紅蓮杖から放たれた炎が煙に引火して爆発を引き起こす。
ガスを全て取り込もうと広範囲に展開させようとしていた魔法陣を自分の身を守る為だけに最小限の大きさに留める。
正面から押し寄せて来た爆発の炎と衝撃が収納される。
横から迫る熱に倒れそうになるが、どうにか耐える。
「どうやら俺の全力の炎にも耐えられる強力な防御スキルを持っているみたいだな」
炎系の攻撃は威力が強大だが、その分派手なせいで視界を塞いでしまって俺が生き残った方法が見えていなかったみたいだ。
そんなことよりも反対側にいたショウだ。
魔族を挟んで向こう側にいたせいでショウに襲い掛かる炎まで収納することができなかった。
ショウのいた場所を見ると人をすっぽりと隠せるぐらい大きな銀色の盾が立てられており、盾の奥からショウが立ち上がる。
「こっちは大丈夫だ」
立ち上がるとシルバーがガントレットへと姿を変える。
不可解な回復能力を持つ相手に対して攻撃よりも防御を優先させた結果の変化だろう。
「それよりもあの回復能力は何なんだ?」
「奴の能力は『毒』だ」
「回復じゃなくて?」
ショウの疑問に首を縦に振って応える。
俺が思い出したのはアルバーン伯爵の娘が毒に犯されているという話だ。
どんな医者の手にも負えないような状態で匙を投げ出したと言っていた。おそらく医者に治療できないのは既存の毒ではなく、特別に作られた毒を使用しているせいだろう。
「正解だ。この能力は凄いぞ。力の弱い生物なら息の1つで簡単に衰弱死させることができるし、今みたいに可燃性の毒ガスを生み出すことだってできる。自由自在に自分の望んだ毒を生み出す。それが魔族になって俺がもらった能力だ」
なんて危険な能力だ。
そして、こいつとの長期戦は危険だ。
毒精製に必要な条件が何なのか分かっていないが、既に目に見えない毒が撒かれている場合は俺たちも危険だ。早くこの場を離れる必要がある。
「でも、『毒』をどうやって治療に使っているんだ?」
「毒と薬は表裏一体。薬だって配合を間違えば人体を壊す毒薬になる。配合の仕方次第で毒を薬に変えることもできるとかそういうところだろ」
「分かっているじゃないか。俺はどんな攻撃を受けても起き上がれるぞ」
ショウが一歩後退る。
どれだけダメージを与えても回復されては意味がない。
けれど、俺はショウほど絶望していない。
こういう回復系の能力って最強に見えて色々な落とし穴があるんだよな。
現に強化された俺の感知能力が毒を使う度に魔族の魔力が消費されていくのを教えてくれる。
魔族のステータスについては大体分かった。
時間を掛けない方がいいのでサクサク行こう。
「どうしてお前は魔族になんかなったんだ?」
「あん? それはアルバーンの奴が憎いからだ。俺はメテカルにある商会で経理をしていたスタークって名前の普通の奴で妻と娘もいた」
いた――既にいないのか。
「ある日、俺が家に帰ると妻と娘が死んだことを近所の知り合いから聞かされた。死因はアルバーンの奴が乗った馬車が街で買い物をしていた俺の妻と娘を轢いたことだ。後から聞いた話だが、2人の介抱をしてくれた人の話によれば轢かれた直後は2人とも意識があったらしい。だが、2人を殺したアルバーンは2人を思い遣ることすらせず去って行ったそうだ」
つまり、妻と娘を轢き逃げされた復讐が魔族――スタークの目的。
冒険者ギルドで会った時に見たアルバーン伯爵は豪快な人で被害者を見捨てるような人には見えなかった。もしかしたらアルバーン伯爵は気付いていなかったのかもしれない。
復讐する理由は分かった。
だが、一番確認しなければならない事が残っている。
「アルバーン伯爵への復讐がしたいなら無関係な娘にまで毒を使う必要はなかったんじゃないか?」
その馬車に娘も乗っていたとか……いや、幼い娘に何かができるはずもないから同乗していたとしても無関係なはずだ。
「無関係? あの娘がアルバーンの娘だっていう理由だけで関係者だ。娘を殺された俺と同じように娘が毒に苦しめられながら死んで行く様を見て奴には自分の行いを後悔させるのさ。全ては奴への罰に必要な行為だ」
別に復讐がいけないことだと言うつもりはない。
だが、無関係な幼い娘まで巻き込む必要はないはずだ。
「おしゃべりはここまでだ」
スタークが駆けて来る。
その手に握られた杖の先端にある宝石が光り輝くと真っ赤な刃が形成される。
――ガキン。
王剣で受け止めると金属音が響き渡る。しかし、受け止められたのは一瞬の事でスタークが気合と共に刃を付いた杖に力を込めるとあっさりと吹き飛ばされた。
「奴の依頼を受けたお前たちもアルバーンの関係者だ。奴を恨みながら死ね」
再び駆け出そうとしたスタークの首から血が流れる。
「あん?」
「……浅い」
スタークの傍には悔しそうな顔をしたハルナがいる。
「なるほど。戦闘向きじゃないが、暗殺向きの能力を持っているのか」
正確には違う。
ハルナが持っている強化魔法によって視力の強化と同様に自身の『隠密能力』を強化させた。
俺たちと一緒にいて強化されたスキルの力を目の当たりにしたせいか自身のスキルを強化させることができたハルナは、それまでステータスの一部を強化させることしかできなかったにも関わらず、ステータスに現れない力の強化に成功した。
スタークは気付いていないようだったが、離れた位置から見ていた俺には短剣を持って忍び寄ったハルナが首を斬り付ける姿が見えていた。
しかし、俺のアイテムボックスによってステータスが強化されているとはいえ、1000の攻撃力では魔族となったスタークを斬り付けるには攻撃力不足だったらしく僅かに斬り付けるに止まった。
「お前も死ね」
「速度強化!」
スタークが唾を吐く。
それを避けるべく隠密能力から速度を強化させることに変えて唾を回避する。
今までの可燃性のガスなどを考えれば唾にも毒が含まれている可能性が高い。触れてしまうのは危険だ。
「きゃっ」
咄嗟の速度強化に慣れ切れておらず足を滑らせて姿勢を崩す。
顔に掛けられそうになった唾。
瞬時に唾から体を守ることを選択すると持っていた短剣を投げる。
「げっ!」
唾に触れた短剣が溶けて行く光景を見て表情を歪めている。
あの唾に自分の体で触れていたらどうなっていたのか。
「酸性の唾か」
触れないようにしていたのは正解だ。
失った武器を補充するべくアイテムボックスから短剣を取り出す。
「どうするの!? あたしたちのステータスって一流以上に強化されているんじゃなかったの?」
予想以上に強い魔族の強さにハルナが狼狽えている。
「俺もお前たちの強さにはちょっと驚かされたけど、これが普通の人間と魔族との差だ。俺を倒したいならドラゴンの単独討伐ができるほど強い奴を連れてくるべきだったんだ」
それが分かっていたからこそ誓約で高ランク冒険者への依頼を禁止した。
伯爵ほどの地位にある者なら高ランク冒険者への依頼も可能なはずだ。
ドラゴンの単独討伐ができるほど強い奴――なら、簡単だ。
「――ステータス解放」




