第5話 燃える馬車
街道を歩いて魔族が潜んでいる屋敷の近くまで辿り着くと何かが燃えている光景が見えた。
「あれは馬車……?」
燃えている炎の中には馬車らしき影が見える。
幸い、馬は既に逃げた後らしく燃えているのは馬車だけみたいだ。
「大変、誰かが残っているかも!」
レイが慌てた様子で馬車に近付く。
轟々と燃え続ける馬車は近付くだけで熱い。
「誰か!」
馬車の近くには小太りの男と疲れた様子で地面に蹲っている2人の少年がいた。
馬車の持ち主みたいだ。
「中に商品が残されているんだ! 火を消してくれ!」
近付く俺たちに気付いた小太りの男が叫ぶ。
おそらく商人と使用人みたいで、使用人は燃え続ける馬車に残された荷物を諦めているようだが、商人の方は諦め切れていないみたいだ。
この炎の勢いでは中に何かが残っていたとしても無事な可能性は極めて低い。
「商品はまだいい。しかし、相手先に届けなければならない貴重な宝石がある。あれは、頑丈な宝石箱に入れられてあるから無事な可能性がある」
どうやら本当に大切な品みたいだ。
少しぐらい手助けしてあげてもいい。
「なんとかできないか試してみます」
「頼む」
商人たちをその場に置いて燃えている馬車に近付く。
3メートルほど離れた場所から眺めているのに熱気が押し寄せて来る。
「……収納はできないみたいだ」
傍にいる仲間に向かって告げる。
「どうして? 前にレッドドラゴンの炎を収納できたんだから炎を収納することもできるんじゃないの?」
「俺の収納対象は、俺の認識によるんだ。この場合だと『馬車を燃やしている炎』じゃなくて『燃えている馬車』になる。炎だけじゃなくて馬車まで一緒に収納してしまうから取り込んだところで炎が消えるわけじゃない」
移動させて別の場所で炎を消す方法を模索することになる。
結局、炎を消す方法を用意しなければならない。
「じゃあ、燃えている馬車を収納して中にあるらしい宝石箱だけを取り出すのは?」
「それにはスライム屋敷を収納しなかったのと同じ理由で目的の物がある場所が分からないと宝石箱だけを取り出すことができない」
せめて宝石箱の外見的特徴だけでも分かっていれば収納内で検索することができたのだが、聞いただけの情報ではイメージ不足らしく、自分の目で直接目にする必要がある。
収納魔法では解決しない。
「炎を消すだけなら上から大岩を落とすとか方法があるんだけど、間違いなく中の宝石箱も潰れるだろうな」
他に水をぶつけて消すという方法も考えた。
しかし、収納内にあるのは飲み水で燃えている馬車の火を消せるほどの量を持って来てはいなかった。近くに水場でもあれば補充しに行くこともできたのだが、目に見える範囲に水場はない。
「僕も無理だ」
「あたしも無理、かな?」
ショウも早々に諦めた。
ハルナには、強化魔法で自分の耐久力を上げて炎の中に単身突っ込んで宝石箱を回収する、という方法が浮かんだみたいだったのだが、さすがに燃えている馬車の中に突撃する勇気はなかったらしく提案するのを諦めていた。
まあ、本当に突撃されたら耐えられない保証はないので止めていた。
商人を助けてあげたいのは事実だが、仲間の安全には代えられない。
「わたしが、やります」
諦めかけていたところに声を掛けて来たのはレイだ。
彼女が持っているスキルは『薬調合』。
この数日間の間で遠征した時に回収した薬草や街で売られている素材から回復用のポーションを作り出したりしていたのは見ている。
問題は、ポーションでどうやって炎の消すのか?
まさか液体のポーションを振りかけて水の代わりにするつもりなのだとしたら、バカなのかと問い詰めたい。
が、甘く考えていたのは俺の方だった。
レイがアイテムボックスから木製の栓がされた試験管を取り出す。
試験官はレイがショウに頼んで作ってもらった容器で、作り出した薬の容器に使われていた。
アイテムボックスから取り出した試験管を燃えている馬車に向かって投げる。
炎に熱せられた試験管は、あっという間に砕けて中身の薬剤を周囲に振りまく。
――プシュー。
試験官が放り込まれた場所から泡のような物が湧き出て来て馬車を炎ごと覆ってしまう。
「もしかしなくても消火器か?」
「メテカルの市場で色々と素材を見て回っていたら作れそうだったので作ってみました」
膨張した粉末が炎を覆い尽くし馬車を燃やしていた炎が消える。
「それにしても、よくこんな物が作れたな」
「ソーゴさんから教えられたように『できる』って思い込んでスキルを使うようにしてみたんです」
すると市場の下見をしていた彼女の目にこの素材とあの素材を掛け合わせるとどのような薬ができるのか分かるようになったらしい。
メテカルで手に入る素材から色々と薬品を作り出したらしく他にも有用そうな薬があるとのことだ。
その証拠に新たな試験管を取り出すと馬車の傍の地面に叩き付け、衝撃波を生み出して泡を吹き飛ばしていた。
「これで馬車の中から宝石箱を取り出すことができます」
「あれかな?」
燃えた馬車の座席の上に両手で持つぐらいの大きさがある宝石箱が置かれていた。
大切な品だったので荷物と一緒に置かずに手元に残しておいたのだろう。
場所さえ分かれば十分だ。
馬車に魔法陣を叩きつけて一度馬車ごと回収。その後、宝石箱を検索して宝石箱だけを取り出す。宝石箱には鍵が掛かっていて開けることができなかったが、宝石箱は炎に耐え切っていた。
「どうやら大丈夫みたいだ」
俺の言葉に3人が安堵していた。
やっぱり困っている人がいるなら手を差し伸べられる範囲で助けてあげるべきだな。
商人たちの下に戻ると宝石箱を渡す。
「おお、これだ!」
宝石箱を受け取るとお礼も言わずに懐から鍵を取り出して宝石箱の中身を確認する。
中には淡い水色のペンダントが入れられており、貴金属に詳しくない俺でも高価な品であることが分かるぐらいに綺麗だ。
「ありがとう。君たちのおかげで大事な顧客との関係を潰されずに済みそうだ。何かお礼をしたいんだが」
「馬車も燃えてしまいましたし、大変なのでは?」
「あの程度の商品など私の資産に比べれば大したことはない。今回の取引はほとんど、この宝石を受け取るのがメインだったんだ。お礼をするぐらい問題ではない」
「では、燃えてしまった馬車を貰えますか?」
「……うん? それぐらいは構わないが、本当にそんな物でいいのか?」
商人の目には全て燃え尽きてしまったように見えたかもしれないが、収納する直前にアタッシュケースのような金属製の入れられた物が宝石箱と同様に炎から耐えた状態で残っているのを見つけた。
中身は確認していないが、価値はそれほど重要ではない。
日本人らしく通りすがりに困っている人を助けただけに過ぎない。
「それよりもどうしてこんな状況になっているのか教えてもらえますか?」
「馬車の中にいた私には何がなんだか分かりません」
「御者をしていた僕の方から説明させてもらいます」
蹲っていた少年が事の経緯を語り始める。
順調に街道を走らせていた御者だったが、街道のど真ん中に立っている一人の男性を見つけて避けようとした。
だが、次の瞬間に男性が持っていた杖が赤く光り、いきなり炎を浴びせかけられたという。
炎を発生させる杖。
おそらく俺たちが回収するように言われた『紅蓮杖』だろう。
ということは、魔族が馬車を襲撃したのか。
一体、なぜ?
「みなさんはこれからどうしますか?」
「メテカルへと帰らなければならない。よければ護衛をしてくれないだろうか?」
馬車も失ってしまったし、魔物から逃れる術は必要になる。2人の少年は、燃える馬車を前にして絶望するだけだったことから戦う力は持っていないだろう。
「申し訳ありませんが、こちらにもやらなければならないことがあるのでここで別れたいと思います」
「そうか……何か入用だった時はフラー商会を訪ねてくれ。少しばかりのサービスぐらいはさせてもらおう」
「はい」
商人さんに挨拶をしてから魔族のいる屋敷へと向かう。
魔族にどんな思惑があって商人さんを襲ったのか分からないが、このまま放置しておくのは危険みたいだ。




