第4話 魔族
「そもそも魔族って何者なんですか?」
「そこから説明しなければならないのか……」
呆れたようにアルバーン伯爵が溜息を吐いた。
この世界では常識かもしれないけど、俺たちはこの世界に来てまだ1カ月も経過していない素人みたいなものだ。
変に期待されても困る。
「魔物については知っているか?」
「はい。教養授業の時に習いました」
大気中には魔法を使う為に必要な魔力が満ちている。
ステータスにある魔力は、大気中にある魔力を体内にどれだけ溜め込めることができるのか。それを数値化したものだ。
魔法を使用する際には、体内に溜め込んだ魔力を消費して使用されるので魔力値が大きくなければ強い魔法を使うことができないようになっている。
そして、人間が体内に溜め込んだ魔力を外へ放出すると魔力と一緒に瘴気と呼ばれるエネルギーも放出されてしまう。その瘴気が動物や植物に蓄積したり、瘴気そのものが形を作ったりした物が魔物と呼ばれる生物だ。
生物にとって害となるエネルギーだが魔物を倒すのに魔法は有効的だし、今の文明は魔力の使用を前提とする魔法道具に支えられているところがある。
瘴気を生み出さないようにするということは文明を捨てるに等しい。
魔物の脅威から逃れることができたとしても文明を捨てることはできない。
そのため人間は、魔物と戦い続けるしかない。
「それは平時の場合の話だ」
教養授業で知った内容を4人で語っているとアルバーン伯爵が訂正し出した。
「現在のように魔王が復活している最中では原因が分からないが瘴気の濃度が濃くなることがある。その濃さのせいで魔物が凶暴化している」
魔物の凶暴化の原因はそこにあったのか。
「そして、その濃い状態だと人間も瘴気の影響を受けてしまうことがある」
――え? それってマズくないか?
「もちろん人間全員が影響を受けるわけではない。これまでの調査によって強い憎しみや欲望といった負の感情を持つ者ほど大量の瘴気を集めやすい傾向にあるようで、大量の瘴気を集めた者ほど魔物化し易い傾向にある」
しかも魔物化した人間は理性を持って行動している。
そうなると本能に対して忠実に動く魔物よりも厄介な存在になる。
「今回、私を脅して来た魔族も元は普通の人間だったらしいのだが、理由は不明だが私に対して強い憎しみを抱いていたらしい。その結果、魔物へと転じて得た強大な力を利用して私が苦しむ姿を見て笑っているのだよ」
魔族がアルバーン貴族を恨む理由とかそういうのには興味がない。
しかし、幼い子供が大人の遊びに付き合わされて苦しんでいるというのは看過できない。
「どうする?」
パーティメンバーに尋ねる。
「僕たちに断る権利なんてないだろ」
「そうなのよね」
「……わたしは個人的に助けてあげたいです」
ショウとハルナは俺と同じでデメリットのせいで依頼を引き受けるしかないと判断したみたいだ。
それに対してレイは困っている人を助けたいみたいだ。
引き受けなければならない理由があるので引き受けるしかないのだが、その前に色々と事情を確認しておきたい。
「まず、俺たちよりも高位の冒険者を雇わなかった理由は何ですか?」
「実は、娘の治療薬を貰う途中で『誓約書』を書かされた。内容は、『中級以上の冒険者を雇ってはいけない』というものだ」
「誓約書?」
内容よりも初めて聞く言葉に首を傾げる。
アルバーン伯爵の説明によると、誓約書は特殊な魔法道具の紙にサインをすると書かれた内容を遵守しなければならないという呪いが掛かる魔法道具らしい。
その縛りは魂の奥深いところまで続き、決して逃れることはできないという。
「だから私はDランクより上の冒険者に依頼をすることができない」
「そういうことですか」
俺たちのランクはFランク。
ギルドの規定で上げることができなかったことが幸いしているみたいだ。ギルドマスターの一声でDランクに上がってしまっていたら伯爵は俺たちに対して話をすることができなかった。
「街の兵士に頼るわけにはいかないのですか?」
「こんな私的なことに影響力のある私が指示を出せば軍は動いてくれるだろうが、その瞬間に私の資質が疑われて更迭。さらに言えば紅蓮杖は国王陛下より下賜された魔法道具。そんな物が奪われたと知られるだけで大問題だ」
だから報酬さえ弾めば詳しい事情を聞かなくても仕事を引き受けてくれる冒険者に頼るしかない。
しかし、下級冒険者では魔族に勝つことはできない。
そんな時に現れたのが下級冒険者でありながらドラゴンを倒すほどの実力を持った俺。
「では、もう1つ。娘さんの容態はどうですか?」
「魔族から貰った薬があるから毒で死ぬような状態ではないが、毒で苦しんでいるせいでベッドから1歩も外に出ることができず、衰弱しているせいでそう遠くない内に息を引き取ることになるだろう」
想像以上に重体だった。
「依頼は引き受けますが、報酬について相談しましょう」
「もちろん君たちの要望は分かっている。成功報酬になるが、解毒薬と紅蓮杖の2つを持ち帰ってくれた時には君たちのことを誰にも言わないと約束しよう。それに金貨100枚までなら出すことを約束する」
そう、俺たちが生存していることが国にバレてしまうと面倒なことになる。
今のステータスなら国に追われても逃げ切ることができるだろうが、逃亡生活というストレスを強いる生活に日本で育った俺たちが耐えられる保証はない。
だからこそ国外へ行くにしても俺たちの素性を知っているアルバーン伯爵の口を封じてから出て行く必要がある。
「それに魔族は君たちにとっても興味深い物だと思うが」
「どういうことですか?」
「魔物が体内に持つ魔石だが、これには魔力を取り込み供給する機能があるので魔法道具の使用に役立ってくれている」
電化製品で言うところの電池みたいなものかな。
「そして、魔石を持っているのは魔族も同じなんだが、魔族が持っている物は魔物が持っている物よりもはるかに大きい。そのため魔石と区別する為に『魔結晶』と呼んでいる。魔族の討伐事態難しいから滅多に出回らない代物だ。討伐に成功したなら自由に持ち帰ってもいい」
「いいんですか?」
それは重畳。
元の世界に帰る為の魔法道具がどんな代物なのか分からないが、その効果から強力であることが予想されるため要求される魔力も相当なものになることが伺える。
そのエネルギーを賄える手段があるのなら是非とも手に入れたい。
「では、依頼を引き受けましょう。決して約束を破って裏切ったりしないでくださいよ」
「必ず約束は守る」
約束してもらえたところでアルバーン伯爵から魔族との交渉に使っていた廃虚の場所を教えてもらう。
そこは、近くにある森から魔物が溢れて来ないか確認する為に設けられた屋敷で一時期は狩りに出かける人の休憩所としても使われていたらしいが、魔物の暴走にあったときにボロボロにされてしまったらしい。
今にも崩れ落ちそうな建物だが、建て替えられる様子もなくそこにあるだけらしいので誰も近寄って来ない。
隠れて交渉をするには打って付けの場所みたいだ。
さて、魔王を退治するつもりはないが敵対した時に備えて依頼のついでに魔族について自分で調査することにするか。
主人公は伯爵の事を微塵も信用していません。




