第3話 伯爵の依頼
シャーリィさんに連れられてやって来た部屋は以前にも利用したことのあるギルドマスターの執務室だった。
「失礼します、ソーゴさんたちをお連れしました」
「入ってくれ」
部屋の中から聞こえて来た声に従って入室する。
ギルドマスターがいることは声が聞こえて来たことから予想できた。
しかし、会ったことのない人物がソファに座ったギルドマスターの隣にいた。
「すまないが掛けてくれ」
ギルドマスターに促されて4人で対面にあるソファに座る。
シャーリィさんはギルドマスターの部屋を退室して下へ戻ってしまった。
「初めまして。私はエイブ・アルバーン伯爵だ」
「はぁ……」
伯爵、ということはそれなりに偉い貴族だったはずだ。
そんな偉い貴族であるアルバーン伯爵は荒くれ者が多い冒険者ギルドには不釣り合いなスーツのような黒い服を着た金髪の30代ぐらいの男性だ。着ている服も異世界に来てからは見たことがないしっかりとした綺麗な物で、本人が放つ雰囲気のようなものもあって貴族だと言われても納得してしまう。
「アルバーン伯爵は軍事関係に強い影響力を持っていてメテカルでも防衛関係の仕事をしている」
そんな偉そうな相手がどんな用事があるのか?
「実は、レッドドラゴンが出現したことをアルバーン伯爵に話してしまったんだ」
思わずギルドマスターを怒鳴りそうになるが止まる。
この世界の人間にとってドラゴンは人外レベルに到達した者や軍隊でなければ対処できないほどの脅威だ。そんな脅威が街の近くに現れたとなれば報告をしないわけにはいかない。
「レッドドラゴン出現の報告は、冒険者ギルドから受け取る報告書でいずれ知ることになっていた。彼を責めるのは筋違いだよ」
俺たちはレッドドラゴンから逃げて来たことになっている。
さすがに危険な魔物が出現するようになったことを知らせないので、まだいる可能性があるとして危機感を抱いてもらうようにする為だ。
「こちらとしてはレッドドラゴン討伐の要請を国に出さなければならないから対処を早くしたいと思っていた。しかし、クロードはレッドドラゴン討伐の必要はないと言っている」
しかし、今さらながらにギルドマスターが微妙な位置に立っていたことを思い知らされた。
レッドドラゴンが出現したことを報告しても既に討伐された後なのだからデリストル火山に軍隊を出動させても無駄骨に終わる。それどころか無意味な遠征をさせたとして冒険者ギルドのマスターであるクロードさんの責任にされる可能性があった。
ギルドマスターとしては遠征されては困ることになった。
「詳しく聞き出したところレッドドラゴンは既に討伐されたらしいじゃないか。それで討伐した相手に興味を持って面会を申し込んでみたんだ」
やっぱりギルドマスターに話をしたのは間違いだったかもしれない。
けど、ギルドマスターとの縁がなければ錬金術師のバルガさんとの縁が生まれることはなかった。
ここは仕方なかったと割り切るしかないか。
「何かレッドドラゴンを討伐した証拠を持っていないかな?」
既に俺が収納魔法を使えることまで知っているのか装備品以外にはリュックのような物を持っていないにも関わらず聞いてくる。
とりあえずギルドマスターに見せたのと同じレッドドラゴンの翼を見せれば納得してくれるかな?
「これがドラゴンの翼なのか」
「はい、その通りです」
部屋を埋め尽くすほど大きな翼を見てアルバーン伯爵が言葉を失くしている。
「他にも見せる必要がありますか?」
「いや、必要ない。君たちがレッドドラゴンを討伐したと納得しよう。国の方にはレッドドラゴンの目撃情報があったデリストル火山に偵察部隊を秘密裡に差し向けたものの既にどこかへ飛び去った後らしく見つけることはできなかった、と報告しておく」
「ありがとうございます」
一応、口裏合わせをしてくれるみたいなので乗っかっておく。
「問題は君たちの存在だ」
何か問題があっただろうか?
「レッドドラゴンを単独で討伐できるほどの冒険者が低ランクの冒険者だった。君の力の秘密を是非とも知りたいと思っていたところなんだが、君の姿を見て確信したよ」
俺たちの服はメテカルで購入した一般的な服装の上に防御力のあるコートを着たものだ。同じような格好をした冒険者はギルドにも居たので特別不審に思われることもないと思っていた。
しかし、アルバーン伯爵が注目していたのは服ではなく俺たちそのものだった。
「黒髪に黒目、というのはこの世界では珍しい。中には異世界人の血を引いた者がいるので全くいないわけではないが、両方とも備えた者が4人も一緒にいる。私は立場上、勇者召喚が行われた事実を知っている。この時期を考えると君たちが勇者と一緒に召喚された人物だと考えるのは難しくない」
「勇者がこんな所で冒険者をしていますか?」
「異世界から召喚されて来た者のステータスはレベルアップ時の上昇が破格で将来的なステータスでは騎士では勝つことのできない魔族すら上回る力を手に入れることができる、と言われている。だが、今のレベルでは騎士なら簡単に捻じ伏せることができるほど貧弱だ。そのため、現在は冒険者として登録して騎士を連れて討伐依頼を受けながらレベルアップをしてもらっているところだ。このメテカルにも何人かの異世界人が一昨日から登録して依頼を受けているところだ」
おっと、異世界人が来ていることは知らなかった。
相手が異世界人だけなら見つかっても問題ないかもしれないが、騎士が同伴しているとなると困った事態になる。俺たちの生存は可能な限り隠しておきたい。
「残念ながら俺たちがメテカルで冒険者登録をしたのは10日以上も前の話ですよ。伯爵の話だと勇者が冒険者になったのは一昨日からなのでは?」
「たしかに一昨日の段階で生きているとされている異世界人は全員が冒険者になったし、騎士の監視下に置かれていて所在もはっきりしている。だが、監視されていない異世界人が4人いる」
「そんな人物がいるんですね」
「そうなんだ」
俺たちがそうだと肯定しなかったが、アルバーン伯爵は俺たちがその勇者だと断定していた。
ま、異常な力を持った新人冒険者に日本人らしい色。
それから致命的なのがアルバーン伯爵が何か言う度にレイが反応してしまうところだ。無表情ぐらいできてほしい。
惚けても無意味みたいだ。
「それで、伯爵は俺たちを城に突き出しますか?」
「君たちの事情については後から聞き出したものだが知っている。伯爵という地位では国のことを非難することはできないが、個人的には身勝手な話だと思っているよ」
どうやら俺たちの境遇には同情してくれるみたいだ。
ただ、安心することはできない。最低限の警戒ぐらいはしておくことにしよう。
「では、何が目的ですか?」
「実は――私の娘が魔族に襲われて毒を受けてしまった。既に何人もの医者に見せたが、皆自分たちの手には負えないと言うばかりで治療する方法が分からないらしい。魔族は、私に対して毒に侵された娘を一時的に延命させる為に必要な薬と引き換えに『紅蓮杖』という魔法道具を要求してきた」
そして、アルバーン伯爵は娘を延命させる為に要求を呑んでしまった。
紅蓮杖というのはアルバーン家が代々継いで来た火属性魔法の威力を高めてくれる魔法道具とのことだ。他に『水』と『風』と『土』の杖が王国にあるらしい。
紅蓮杖を貸し出している間は定期的に治療薬を受け取ることができるのでこれまでは渋々従っていたらしいが、先日紅蓮杖を使用したと思しき黒焦げになった商人が見つかった。
このままではいけない。
そう思って魔族と交渉したところ――
「紅蓮杖の代わりとなる杖を持って来るように言われてしまった」
他にあるという3つの杖のことだろう。
「代わりさえ持って来れば一時的な薬ではなく、完全に治療することができる薬を渡すと言われてしまった」
交渉時に見せびらかすようにして言われたらしい。
薬の効果を確認したわけではないが、他の杖を渡すわけにもいかないので要求を呑み続けるか、魔族の隙を突いて薬を手に入れる必要があった。
「それで俺たちへの面会を要求したんですね」
レッドドラゴンを討伐できるほどとなれば実力は十分だ。
実力のある冒険者に魔族から薬を手に入れて欲しいというところだろう。
そう言えば王城での訓練を途中で抜けてしまったせいで、魔王についてはいくつか教えられたけど、魔族についての知識は全然なかったな。




