第22話 スライムの館
バルガさんに教えられた錬金術師の館は村外れにあるバルガさんの屋敷からさらに森の奥へ行った場所にあった。
森の奥にあるのは人との関わりを自分から絶っていたバルガさんとは違って錬金術によって生み出した魔物が街中で騒ぎを起こしてしまったため街中での研究が禁止されてしまい、仕方なく森の奥で研究を続ける為だった。
高い木に囲まれた洋館。
道中は狼や猿の姿をした魔物を倒しながら辿り着いたもあってゲームみたいな感想を抱かせた。
「なんだかファンタジーに出てくる妖しい洋館っぽいわね」
ハルナにはファンタジー要素の強い現象に遭遇すると興奮してしまう癖があるみたいで錬金術師の館を前に目を輝かせていた。
「ここにはどんなお宝があるのかな?」
「おい、俺たちは勇者みたいなことはしないぞ」
勝手に人の家に侵入して遺されている遺産を持ち去る。
そんな泥棒紛いのことをするつもりはない。
自分たちの目的に沿った物だけを持ち帰る。必要ない物まで持ち帰るつもりはない。
「魔法陣を手に入れたら本は元に戻す」
「そっか……」
どこかしょんぼりとした様子で館の両開きの扉を開ける。
玄関を開けて目の前に広がっているのは洋館にありがちな大きな階段。階段は2階に上がる途中で左右へと分かれている。
「本当にあるんだなあの階段」
「実物を見るのは初めてだ」
テレビで見たことはあっても実物を見るのは初めてだった。
「さて、行くぞ」
収納から懐中電灯のような物を取り出す。
これは、街の道具屋で購入した光源を生み出す魔法道具で筒の中に魔力を受けると光を生み出す鉱石が入っており、魔力を流すことで懐中電灯のように使うことができる代物だ。
迷うことなく1階の左側の通路へと向ける。
屋敷の内部は、何があったのか全ての窓に板が打ち付けられており、外から光が入って来ないようになっていた。そのせいで窓に面している通路も真っ暗だった。
電気などない世界では灯を灯すにも燭台にある蝋燭に火を灯して行く必要があるが、人が住まなくなって久しい屋敷に蝋燭など置いてあるはずがない。
「こっちでいいの?」
「ああ、ステータスが上がった影響かこっちに何かがいる気配がある」
「え……?」
真っ暗な通路の向こうに何かがいる。
幽霊でもいるのかとレイを怖がらせてしまったようだが、そういう類ではない。
その証拠に何かを引き摺るような音が聞こえてくる。
「ひっ……」
とうとう俺の後ろに隠れてしまった。
さっきアイテムボックスを渡したからステータス的には大抵の奴には負けない力を持っているはずなんだけど、女子としては忌避してしまうのかもしれない。
だから、隣で何が出てくるのかワクワクした様子で待っているハルナには少しでも見習ってほしい。
「げっ!」
そんなハルナも通路の奥から出て来た相手を見てショウの後ろに隠れてしまった。
一瞬で態度が急変したハルナにショウも苦笑している。いや、女子にあるまじき声を上げたことに対してかもしれない。
「な、何でスライムがいるのよ!」
そう、通路の奥から出て来た体長1メートルぐらいの大きさがある青い体をしたスライムだった。
「なんだ。スライムですか」
スライムの登場に怯えたハルナと違ってレイは安堵していた。
これは、あの有名なゲームの弊害だな。
「待ってレイ」
「どうしたんですか?」
「相手はスライムよ」
「そうですね。魔物の中では最弱のスライムですね」
ゲームなら序盤に出てくる魔物で一番少ない経験値しか与えてくれない魔物。
そして、以前に練習で倒したことのある相手。
「これならわたしでも一人で倒せそうです」
生来の性格のせいか戦いを忌避する傾向があるレイ。
そんな彼女でも相手が最弱のスライムだと分かっていれば戦えるみたいだ。
ただ、気を付けなければいけないのはスライムの能力が昔を基準にしたものなのか最近のものを基準にしたものなのかということだ。
「スライムが弱いって考えは捨てた方がいい」
「どうしてですか?」
最近のスライムだと粘性の体という特性を活かして厄介なことに『物理耐性』なんて能力を備えている場合がある。
それに終盤にもなれば亜種のような進化したスライムが現れることがある。
目の前にいるスライムの見た目は完全に序盤で出てくるスライムなんだけどな。
練習で連れて行ってくれた場所に出て来たスライムは、最初から弱いスライムだと教えられていたから臆することなく倒せた。
「それに、一番厄介な能力を忘れているわよ!」
「厄介な能力?」
「溶解能力で服を溶かしてくることよ!」
「あ……!」
ハルナに言われて気付いたレイが再び俺の後ろに隠れてしまった。
スライムに囚われた女性の末路を思い出してしまったのだろう。
「どうする?」
「どうするって言われても……」
スライムに怯えてしまった女性陣2人は全く使えない。
対処するなら俺とショウの2人でどうにかするしかない。
と、2人で顔を見合わせているとスライムがこちらに向かってきた。
「散開!」
咄嗟に指示を出してばらけるように言ったのだが、レイとハルナは未だに左右へ跳んだ俺とショウの後ろにしがみついたままだ。
スライムが俺たちの間を通り過ぎていく。
その速度はゆっくりだったため焦って避けるほどではなかった。
「おい、戦闘中なんだから離れろ」
「だって……」
しがみついたまま離れようとしない。
「とりあえず2人の不安を拭うことにするか」
収納からタオルと石を取り出す。
石をタオルで包み込んでスライムへ向かって投げる。
スライムの体に当たった石とタオルがスライムの中へと取り込まれる。
石を投げたのはタオルをスライムに当てる為で、本命はスライムに取り込まれたタオルがどうなるのか知ることにある。
「やっぱり……」
スライムに取り込まれたタオルがボロボロに朽ちて消滅してしまった。
対照的に石は原型を保ったままでスライムがペイっと吐き出した。
「服を溶かす能力はしっかりと備えているみたいだな」
「いやあぁぁぁ!」
不安を拭い去るどころか的中させてしまった。
捕まるわけにはいかなくなった。
「仕方ない」
「僕たちでやるか」
収納から剣と槍を取り出してスライムの体を攻撃する。
突き刺した槍がスライムの体を弾き、剣が削り取る。
「どうやら物理耐性は持っていないみたいだな」
攻撃する度に周囲にビチャビチャと散る粘体を回避する。
靴に少し掛かるだけでもどうなるのか分からない。
やがて10回も攻撃するとスライムが動かなくなる。
「そう言えばギルドの採取依頼にスライムの核とかいう物があったな」
周囲を探してみるとスライムの青い体よりも濃い青の10センチほどの球体が床に転がっていた。
「こんな物が何に使えるんだろ」
「錬金術の触媒になるみたいな話を聞いた。バルガさんもレッドドラゴンの眼球を要求していたし、錬金術師にはこういう物が必要になるんだろ。それで、彼女たちはどうする?」
スライムに向かって攻撃を始めた時点で俺たちから離れていたレイとハルナ。
ハルナは洋館を見ていた時の期待に満ちた視線がどこに行ってしまったのか昏い表情をしていた。
「もう、帰ろう……」
「いや、まだ来たばかりなんだけど」
「じゃあ、あたしたちは外で待ってい……」
「それでもいいけど、外にスライムが出てこない保証なんてないぞ」
「そんな!」
実際、野生の魔物なら屋敷の中よりも外の方が快適かもしれない。
もしもスライムの特性で暗くてジメジメした場所を好むとかなら暗い屋敷の中の方がいるかもしれないけど。
つまり、彼女たちにとって一番安全な場所は俺たちの後ろというわけだ。
「2人だけで帰る?」
「魔物の出る道を女子2人だけで?」
「だって相手になっていなかっただろ」
この辺はゲームで言えば序盤のように弱い魔物しか出てこないらしい。
ステータスに慣れる訓練としてハルナとレイにも戦ってもらったが、問題なく戦うことができていた。
「じゃあ、俺たちは奥へ進むから」
「やっぱりあたしも付いて行く!」
「わたしも一緒に行くので守ってください」
「まあ、いいけど……」
ショウと苦笑しながら屋敷を奥へと進んで行く。




