第2話 収納と解放
異世界――ポラリスに召喚されてから3日目。
初日は、呼び出されたのが放課後ということもあって全員が落ち着くのをまっている内に夕方になってしまったので城で歓待された。
そこで自分たちが今いる場所がメグレーズ王国の中心にある王都――それも王城であることを教えられた。魔王復活に対してメグレーズ王国で勇者召喚が行われることは一般にも知らせられた事実だが、勇者の実像が不明だったため王城内にある魔法儀式を行う為の部屋で勇者召喚は行われた。
2日目は、100人が10人ずつのグループに分けられたうえでこの世界に関する基本的な知識を勉強させられた。
ちなみに文字の読み書き。それにこの世界の住人との会話は成立している。
相手の話している言葉は日本語ではないし、俺たちが話している言葉は当然のように日本語だ。しかし、説明によると神の加護が働いているおかげで俺たちの言葉に宿った想いが相手に伝わり、俺たちは逆に聞いた時に相手の想いを受け取ることによって言葉の内容を自分の慣れ親しんだ言葉で聞くことができる。
文字の方も読むだけなら同じ方法で読み取ることができる。
ただし、書くことだけは自力で覚えなければならないらしい。
というわけで帰る方法が簡単に見つからない現状では生きて行くうえで文字を書く必要はある。なので、覚えなければならないことはたくさんあるのだが、俺は、なぜか安藤たち5人組と同じグループに所属させられたせいで居心地の悪い想いをしていた。
元々学校でも真面目に授業を受けていなかった安藤たちは、せっかく教えてくれているのに全く聞く気がなかった。そのせいで俺たちの担当教官を買って出てくれた騎士の人を怒らせてしまっていた。
そして、3日目――
「今日は、実際に君たちの力がどれだけ使えるのか試してみたいと思う」
昨日と同じ騎士のライデンさんが俺たちを修練場の一室を借りて全員のスキルを試すと言ってきた。
「まず、全員スキルを与えられているはずだが、その確認は終わっているかな?」
「はい」
「けど、俺たちのグループには使い物にならないスキルしかもらえなかった奴もいますよ」
俺のことだ。
安藤たち5人が笑い出す。
まったく、何が面白いのか分からない。
「笑わないように」
そんな笑っている安藤たちをライデンさんが一喝する。
「スキルは先天的に与えられた物だ。通常は、多くの者がスキルを持たずに生まれてくる中、スキルさえ持っていれば将来は安泰と言われているほど、その恩恵は大きい」
ハズレスキルはあったが、全員が何らかのスキルを与えられていた。
そっか、スキルを持っているだけでも貴重な存在なんだ。
それが勇者以外にも全員がスキルを持っていたから王城でももてなされている理由か。魔王と戦うような力はなくても何らかの役には立つかもしれない。
「まず、戦えるようになる為には自分のスキルについて知っておく必要がある。このグループには剣術スキルと剣技スキルを持った者がいたね。その2人は前に出てくるように」
「はい」
「ああ」
安藤と田上がライデンさんの前に出る。
するとライデンさんがどこかからか持ってきた木剣を2人に渡す。
「2人のスキルは名前こそ似ているが、全く違うものだということを理解しておいてほしい」
「大丈夫ですよ。自由時間の間にみっちりと勉強してきましたから」
「そうか……」
昨日の座学では全く話を聞いてくれていなかったのでライデンさんが微妙な表情をしている。
しかし、そんなことには気付かない安藤が剣を振るう。
斬る、払い、突き。
その後も色々な動きをするが、素人でも分かるぐらい剣の扱いに慣れた動きだ。安藤は中学時代には野球部らしく剣道は部ではなかったはずだ。
「どうです?」
「ああ、立派に動けてる」
ライデンさんがそう言うと安藤はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「じゃあ、次は俺の番だな」
「ああ、掛かって来いよ」
同じように木剣を持って対峙している田上は小学生の頃は剣道道場に通う純真な少年だったらしいが、中学に入ってすぐに止めたらしい。
「はじめっ」
「はぁ」
長年のブランクはあったものの問題なく動けている田上が剣を振るい、剣術スキルを得た安藤が全ての攻撃を捌いていた。
これが剣技スキル?
いや、剣を持ったことのない安藤に剣士のような技術を与えるのが剣術スキルだ。
なら、剣技スキルは全く別のスキルになるはずだ。
「飛翔斬」
田上の攻撃に押され気味になった安藤が後ろへ跳んだ瞬間、安藤のことを追い掛けることなくその場で振るわれた田上の剣から白く輝く刃が飛び出てきた。
安藤が持っていた剣で受け止めるものの2秒ほど受け止めたところで剣がピシッという音を立てて砕けた。
「そこまで」
砕けた木剣でも向かって行こうとした安藤の前にライデンさんが立つと安藤も足を止める。
「ちぇ、こんなもんかよ」
「剣道は止めちまったが、こうやって剣を振るうのは楽しかったぜ」
「お前の剣技スキルの方がよさそうだな」
「お前みたいな素人でも剣を振るえるようになれる剣術スキルの方がお前にはいいだろうが。ここは剣と魔法の世界だぞ。剣が使えた方がいいだろ」
「そうかもしれないけどよ」
2人は学校では見たことがないほど清々しく笑っていた。
「さて、今の戦いを見て気付いたかな?」
「剣術スキルは剣を扱えるようになれるスキルで、剣技スキルは剣を使った必殺技みたいなのが使えるようになれるスキルですか?」
ライデンさんの質問に同じクラスの吉川が答える。
安藤たち5人を除けば俺たちと同じクラスで召喚されてきたのは、吉川ともう1人の女子だ。
女子の方とはそこまで仲がいいわけではないので、この2日間は吉川と一緒に過ごしていた。おかげで吉川のもらったスキルが兆予測という相手の初動から相手がどのように動くのかを予測するスキルだと教えてもらった。
「そうだ。スキルには熟練度があり、今の剣技スキルでは剣から斬撃を飛ばす程度の技しか使えないが、熟練度が上がれば今後は様々な技を覚えて行く。剣術スキルの方は今こそ剣を扱ったことのあるタガミに及ばないレベルだが、最終的には達人と呼ばれるレベルにまでなれるはずだ」
はず、と言っているのは実際にそこまで到達した者がいないからだ。
到達することができたのは昔に存在した勇者とその仲間たちだけ。
そのため一般人では到達することのできない高みにまで到達することができると考えている。
「さて、このように名前が似ていてもできることは全く違う。スキルを扱ううえで最も大切なことは『自分に何ができるのか?』それを見極めることにあると考えている。各自、自分のスキルに何ができるのか考えてみるといい」
ライデンさんの言葉を合図に各々がバラバラに練習を始める。
安藤と田上の2人は新しい木剣を用意して再び打ち合いを始めている。
兆予測を持っている吉川は、戦っている安藤と田上を観察して動きを予測する練習をしている。
他にも自分のスキルに適した武器を倉庫から取り出してきて練習をし始めている。
だが、俺のスキルでは武器が活躍することはない。
とはいえ、何もしていないと落ち着かないので一般的な形をした木剣を持って来ると刀身を眺める。
「どうした?」
スキルの練習を始めない俺を見てライデンさんが声を掛けてくる。
「俺のスキルは収納魔法ですよ。特に練習することなんてないんですよ」
「もう使いこなせているのか?」
「ええ、『収納』」
俺が魔法発動に必要な言葉を唱えると手に持っていた木剣が消える。
実際には消えたわけではなく、俺が魔法で作り出した亜空間に木剣は収納されている。
収納されている物の一覧も念じれば視界の隅に表示されるようになっている。
一覧を見ると休憩用に持ってきた水の入ったポットと木剣の名前があった。
「『解放』」
収納されている物を取り出す為の魔法に必要な言葉を紡ぐと収納されていた木剣が俺の手の中に出てくる。
「俺のスキルはこれしかできないスキルですよ。一体何を練習しろっていうんですか」
『収納』と『解放』。
俺も夕食後の自由時間に色々と試してみたが、本当にこれしかできない。
ポットに木剣を入れても体に負担が掛かったり、重さを感じたりするようなことがなかったから荷物持ちぐらいはできるだろうが、異世界に来てまでパシリなんてやりたくなかった。