第15話 収納加算
レッドドラゴンの爪を収納した瞬間に俺のステータスが上昇した。
その事実から考えられる俺の収納魔法に隠された能力が分かった。
――生物の死体を収納すると生物のステータスが加算される。
ただし、ステータスの全てがそのまま加算されるわけではなく、ある程度が加算される。レッドドラゴンの爪のように一部だけを収納した場合には少しばかりのステータスの上昇となる。
色々と実験した時に生きている物を収納することができないことは確かめている。だが、生命活動を停止した生物は収納できることは分かっていた。今まで売る機会がなかったので山へ行った時に討伐したゴブリン、さっき討伐したフレイムリザードは収納されたままだ。
おかげで今まで収納してきた生物のステータスが加わってレベルが3にも関わらず平均で500ぐらいのステータスになっていた。
普通なら良くても20とか30のはずだ。
異常な数値だ。
だが、レッドドラゴンを討伐するにはまだ足りない。
「ゼンさん、お願いがあります」
「なんだ?」
「後で必ずお返しするのでヴァンさんとクルトさんの力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「……それがレッドドラゴン討伐に必要なら自由に使え」
「ありがとうございます」
まずレッドドラゴンの傍に倒れているクルトさんの傍へと駆ける。
うお、想像以上にステータスが上がっているせいで通り過ぎてしまった。どうにか止まると戻りながらクルトさんに一瞬だけ触れて収納する。
次に行き過ぎないように注意しながらヴァンさんに触れて収納する。
2人とも既に死んでいるため問題なく収納することができた。
収納できてしまったことにちょっと悲しくなりながら上昇したステータスを確認する。
「あれ?」
思ったほど上昇していない。
一番上昇したのが魔力の30で、次に敏捷が20。他は10ぐらいしか上昇していない。
彼らベテラン冒険者ならもっとステータスがありそうなものだけど。
「ゼンさん。ヴァンさんとクルトさんのステータスはだいたいどれくらいありましたか?」
「なんだ突然に」
「早く答えてください」
そんなことを話している間にレッドドラゴンが腕を振りかざして来た。
とっさに収納から槌を取り出して応戦する。レッドドラゴンの力に対抗することができずに俺の手から槌が放されてしまったが、レッドドラゴンの腕を弾くことには成功した。
「レベルは60で、だいたい500ぐらいはあったぞ」
レッドドラゴンに襲われながらゼンさんが教えてくれる。
けれど、それなら20や30の上昇は少ないような気がする。
「もしかして……」
収納した死体の状態にも依存するのかもしれない。
レッドドラゴンの指は体の一部とはいえ、綺麗な状態で収納することができた。対してクルトさんとヴァンさんは炎を浴びてしまったことによってほとんどが炭化してしまっていた。素材の状態として考えるなら最低もいいところだ。
「何か、ないか?」
ステータスが上昇したとはいえ、500ちょっとでは10000を超えるレッドドラゴンに対抗できるとは思えない。
もう1人の仲間だったフリックさんは既にレッドドラゴンの腹の中にいる。あれではレッドドラゴンを討伐しない限り収納することは……
「なんだ、あるじゃないか」
ニヤッと思わず笑みが零れてしまうのを抑えられない。
レッドドラゴンに向かって駆け出す。
俺から何かを感じ取ったのか爪を鋭く立てた手を地面に沿って薙ぐように動かして近付いてこないようにした。
「甘い」
トン、と上に跳ぶ。
予想以上に跳べたことに驚いてしまうものの収納から自分の体と同じくらい大きな斧を取り出して足元に向かって叩き付ける。持てるだけの筋力は得ても扱えるだけの技術を得ていないため振り回すことはできないが、下に向かって落とすぐらいはできる。
斧が向かう先にはレッドドラゴンの手がある。
ギャアアアァァァァァ!
手に斧の重たい一撃を受けてレッドドラゴンが咆哮を上げながら手を振り回している。
「しぶとい」
力を込めて斧を落とすとレッドドラゴンの右手が親指から中指まで切断されて飛ばされる。
レッドドラゴンが本気だったなら簡単に斬り落とすことはできなかった。
しかし、相手が人間だと思って油断していたおかげで俺の攻撃みたいな拙い斬撃でも斬り落とすことができた。
「収納」
痛みに悶えるレッドドラゴンを無視して指を収納する。
思った通り、800まで上昇していた。
収納できる物が他にないなら相手の体を少しずつでも削って奪えばいい。
「どうした? かかってこいよ」
笑みを浮かべながら言うとレッドドラゴンの口が膨らむ。
炎の息吹を吐くつもりだ。
ただし、口は俺とは全く違う場所を向いている。
「むっ……」
その先にはショウたち3人がいる。
自分の指を3本も奪った相手から言い知れぬ恐怖を感じたのか与し易そうな3人の方へと狙いを変更した。ゼンさんは俺の後ろにいるため狙うことができない。
彼らは今も盾の中に隠れているが、さっきのような炎の息吹を集中的に浴びせられたら耐えられる保証はない。
「ちょっと、何をするつもり!?」
斧を収納するとレッドドラゴンと皆の間に立つ。
ハルナが何か言ってくるが気にしていられる余裕はない。
おそらくできるはずだが、レッドドラゴンの姿を前にすると足が竦んでしまう。だけど、それではダメだ。できると思うことが肝心だ。
俺が手に入れた魔法は、収納魔法。
生物は収納することができない。
逆に言えば生物以外なら収納することができる。
レッドドラゴンの吐き出した炎だって収納することができるはずだ。
「けれど、あの炎を直接触れるのは怖いな……」
せめて直接触れずに収納する方法があれば……そんなことを考えながら両手を前に出していると手から幾何模様の魔法陣が生まれて1メートルほど先で停止する。
「ははっ、そうだよな」
王城で魔法の訓練をしている同じ召喚された者の様子は見ていた。
彼らの中には魔法で大きな炎を生み出す時には魔法陣を描いて魔法の発動を補助されていた者がいた。
触れた物を収納する。
魔法陣の要らない小さな効果から収納魔法には魔法陣がないと思われていたが、収納魔法で大きな効果を使用しようとすれば自然と魔法陣は生み出される。
触れずに対象を収納する。
おそらくレッドドラゴンの体を収納して魔力が増大された今だからこそ使えるようになった技能なんだろう。
「なんであれありがたい」
俺の予想通りなら魔法陣に触れた対象を収納する能力があるはずだ。
試していられるような時間はない。
魔法陣が生み出された直後、レッドドラゴンの口から炎が吐き出された。
「収納しろ!」
俺の意思に反応して魔法陣が大きくなり炎の息吹全てを受け止める。
「思った通りだ」
炎の息吹は魔法陣の向こう側まで届かない。
盾のように受け止めているわけではない。全ての炎を俺の収納に送ってくれている。
やがて1分も吐き出し続けていたが、疲れたのか炎の息吹が止まる。炎の息吹を吐く前と全く変わらない姿のままでいる俺たちの姿を見てレッドドラゴンが驚いている。
「一覧表示」
生物として恐れる必要のなくなった相手なんて無視だ。
それよりも収納してある物の一覧が気になった。
「やっぱりあった」
収納した最新の物を確認すると『レッドドラゴンの炎』があった。
「解放」
少量だけ取り出して手の中にある光景を思い浮かべると人魂サイズの炎が何もない場所に生み出された。
「これで俺も炎を自由に使えるようになった」
男として派手な火魔法が使える同じ学校の仲間に憧れていた。
収納魔法しか使えないと諦めていたが、生み出すだけなら自由自在にできるようになった。
「さて、お前の全てを奪わせてもらうことにするか」
収納から2本の剣を取り出して片手に1本ずつ持つ。
元々剣を扱えるだけの技量なんてない。ただ、振り回すだけなら二刀流の方が戦いやすい。




