第13話 咆哮
「お、いたぞ」
先頭を歩いていたクルトさんの言葉に全員が岩陰に隠れる。
曲がり角の先では、かなり離れた場所で4体のフレイムリザードが真っ赤な草を食べていた。あの食べている草が紅車草かな?
しかし、今度は一度に4体か。
「こういう場合はどうするんです?」
さっき簡単に討伐することができたのは、数体で群れているはずのフレイムリザードが単独で行動していたからだ。今は食事中なせいか4体で行動している。
「特にやることは変わらない」
それだけ言うとクルトさんが地面に落ちていた石を拾って一番手前にいるフレイムリザードの近くに投げる。
――カツン。
小さく、それでいながらフレイムリザードの1体にだけ音が届く。
その音に反応して1体だけが群れを離れる。
「フレイムリザードは好奇心旺盛な魔物だから興味をそそるようなことをしてやれば簡単に誘き寄せることができるんだ」
「ちなみに魔法の石ではなく、地面に落ちていた石を使った理由は?」
「フレイムリザードは魔力に敏感だから誘き寄せる為に魔法なんて使ったら警戒して逆に近付いて来てくれなくなるぞ」
「なるほど」
色々と勉強になる。
そうしている間にフレイムリザードは投げた石の前にまで辿り着いていた。
「今だ!」
ゼンさんの言葉を合図に飛び出したフリックさんが口の中に槍を突き込む。
槍を引き抜かれたフレイムリザードが倒れると大きな音が響き渡る。その音でようやく仲間の1体が遠く離れた場所まで移動しており、倒されていることに気付いたフレイムリザードが猛スピードでこちらへと向かってくる。
……って遅くないですか?
「フレイムリザードは攻撃力と防御力はあるんだが、足が遅いのが欠点だな」
こちらまで近付くには10秒ぐらい時間がある。
それだけの時間があればヴァンさんが大威力の魔法を準備する余裕がある。
「サンダーウェーブ」
ヴァンさんの手から電撃が放たれ3体のフレイムリザードへと向かって行く。
電撃を浴びたフレイムリザードは生きているものの体から煙を出しており、動けなくなっていた。
「よし、こんなもんだな」
動けなくなったことに満足したゼンさん、フリックさん、クルトさんが3体のフレイムリザードへと駆け出し、一撃で命を奪って行く。
俺たちも先に倒したフレイムリザードを収納してから急いでゼンさんたちの下へと向かう。
「素材はこんな状態ですけど、いいんですか?」
「ああ。素材の状態を考えると合格とは言えないけど、今回は4体もフレイムリザードがいた。自分たちの安全を第一に考えるなら素材の状態よりも討伐を優先させた方がいいっていう判断だよ」
たしかに1体を相手に余裕で勝つことができたとしても1度に3体を相手にした場合には負傷していた可能性が高い。
「忘れるなよ。俺たちは冒険者だが、無謀な冒険はするべきじゃない。自分1人だけの命ならどれだけ危険に晒してもいいが、仲間がいることを忘れるな」
『はい』
なんだかすっかり教官みたいなことをさせてしまったな。
これはメテカルに帰ったら食事ぐらいは奢った方がいいかもしれない。
「で、悪いんだがこいつらも収納してくれていいか?」
「あれ? 血抜きはしないんですか?」
「もう十分な素材が手に入ったから、本来なら血抜きとか解体をしてから帰るのがいいんだが、お前の収納に余裕がありそうだから持って帰ってもらってから解体をしようと思うんだよ。こんないつ魔物が現れるか分からない場所で解体するよりも街から近い弱い魔物しか現れない場所で解体した方がいいだろ?」
「それもそうですね」
ゼンさんの言葉に納得して3体のフレイムリザードを収納する。
……やっぱり、おかしい。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「やっぱり負担になっているのか?」
「いえ、むしろそれとは逆です」
負担になって疲労を感じているわけではない。
むしろ、負担が全くなくて困惑していた。
ギルドで荷物配達の依頼を引き受けていた時は倉庫一杯の荷物を収納した時には体が少しだけ重くなる感覚があった。
その感覚が全くない。
既にフレイムリザードを5体収納しているので、重量的にはかなりの量を収納しているはずだ。
考えられる可能性としては、いつの間にか魔力が上がっている。
調べた情報によると収納魔法の容量は、使用者の魔力が大きくなればなるほど大きくなるらしい。
俺の収納容量が大きくなっているということは、魔力がいつの間にか大きくなっている可能性がある。
しかし、デリストル火山へ行動を始めてから俺は1度も戦闘をしていない。戦闘以外でもレベルやステータスが上がることがあるらしいが、レベルが上がるのも色々とそれまでに経験していないことを経験した後で、ステータスも上昇は微々たる数値らしい。
とりあえず可能性について色々と模索していても始まらないな。
視界の隅に自分のステータスを表示させて現在の魔力を確認しようとした時……。
――バサッ、バサッ、バサッ。
遥か上空から翼をはためかせる音が聞こえてくる。
「おいおい、マジかよ……」
上空にいる生物を見てゼンさんが呟いていた。
それは、10メートルほどある巨体で全身が真っ赤な鱗に包まれたドラゴンだった。背中に生えた大きな翼で空を自由に飛び、口にはゼンさんたちが討伐したのと同等のサイズがあるフレイムリザードを咥えていた。
「さすがファンタジー世界。ドラゴンまでいるんだ!」
ハルナが初めて目にする本物のドラゴンを前にしてテンションを上げていた。
たしかにファンタジーとして遭遇するならドラゴンは憧れの対象になるぐらいに強い。しかし、今は現実に遭遇してしまっている。
「馬鹿な!? 何でこんなところにレッドドラゴンがいるんだよ」
「あの……ドラゴンに遭遇してしまったみたいなんですけど、どうすればいいですか?」
「どうする!? どうにかして逃げるしかないんだよ」
ドラゴンを前にしてヴァンさんなど顔色を青くしていた。
「ドラゴンの討伐そのものは可能だ。だが、それは国の軍隊が何十人という犠牲を出しながらどうにか討伐できるレベルだ。もしくは、Sランク冒険者ならどうにかできるかもしれないが、少なくとも俺たちの手に負えるような相手じゃねぇ」
Sランク冒険者――一般人からすれば人外並みの強さを持った冒険者らしい。
ベテランとはいえ、Cランク冒険者4人と新人4人の8人冒険者パーティでは勝ち目どころか生き残れる可能性すらない。
空を飛んでいたレッドドラゴンが口に咥えていたフレイムリザードを唐突に丸呑みにする。
「は?」
人間よりも大きな生物が丸呑みにされるという光景に驚いていると、レッドドラゴンがこちらに視線を向けて来た。
――グオオオォォォォォ。
翼を羽ばたかせて急降下する。
「……全員、走れ!」
唐突な遭遇に呆けていたゼンさんだったが、自分が狙われたことを自覚すると全員に走るよう告げる。
もちろん反対する者などなく、全員が走って逃げる。
ドラゴンの登場にテンションを上げていたハルナもレッドドラゴンの咆哮を聞いてすっかり委縮してしまったため真っ先に逃げることを選択する。
「クソッ、どうしてこんなところにレッドドラゴンが!?」
「ドラゴンはよく出てくるんですか?」
「馬鹿野郎! ドラゴンなんて辺境も辺境。人が立ち入らないような奥地にしか生息していない。たまに人里に出てくることはあるけど、そんなものも数年に1回あるぐらいだ」
つまり、人口の多いメテカルに近い山にいること自体が信じられないことみたいだ。
「とにかく逃げるぞ」
「きゃ」
「レイ!?」
俺たちの最後尾を走っていたレイが恐怖心から足が竦んで転んでしまっていた。
ステータスが上がって身体能力が向上した俺たちだが、精神力まで強くなったわけではない。ドラゴンのような生物の頂点にいる魔物に追い掛けられれば怖くなっても仕方ない。
レッドドラゴンは、すぐそこまで迫っていた。
「よせ、あの嬢ちゃんは助からない」
戻ろうとしていた俺をゼンさんが引き留める。
しかし、俺には聞き入れることができない。
「彼女は俺みたいな奴に付いて来てくれたんです。自分の命惜しさに見捨てるような真似はしたくありません」
こんなことをしても無駄だとは思うが、収納からいくつもの盾を取り出してレイの前に立つ。
「まったく……」
俺の様子を見ていたハルナとショウも盾を支えるべく背中にピッタリと張り付いてくれた。
その時、レッドドラゴンの口から火が吐き出された。
チートの第2段階に覚醒するレッドドラゴン戦開始です。




