第17話 エピローグ~現実世界~
エピローグなので3話連続で投稿しています(3/3)
「起立、礼!」
日直の号令で挨拶が行われてホームルームが終わる。
そうして担任が教室を後にすれば喧騒に包まれる。部活動をする者や委員会活動に勤しむ者、街へ遊びに行く者など全員が同じ授業を受けていた時とは打って変わってそれぞれが別行動を取る。
そこに異世界であったような血生臭い戦いの痕跡すらない。
彼らには召喚された時の記憶が一切残っていなかった。
「じゃあな」
「ああ」
クラスメイトの一人が挨拶をしてきたので俺も挨拶を返す。
元通りの日常が戻っていた。
異世界で死んでしまった者もいるが、全員が元通りの日常を取り戻している。異世界で起こった出来事など忘れていた方がいい。
生き返らせることに成功した人々だったが、一つだけ問題があった。そのまま生き返らせてしまうと死んだ時の記憶もそのまま戻ることになり、心がその時の衝撃に耐えられなかった。
だから、不要な記憶は全て俺が収納させてもらった。
出来るかどうか一抹の不安はあったもののスキルは自分が出来ると思わなければ成功しない。
一人一人、頭に手を添えながら記憶を奪い取るイメージをしたところ目を覚ました人から記憶が消えていた。記憶喪失と違って忘れている訳ではないので、残っていなければ思い出す可能性もない。
そして、自分たちの世界へ帰還してから全員に聞いた。
「記憶を消してほしい人は言え」
希望を募ったところ8割近い人間が手を挙げた。
この結果に少々驚いた。もしかしたら全員が希望するかもしれないと思っていたので2割もの人間が記憶を残すことを希望したのは意外だった。
しかし、理由を聞いて納得した。
異世界での記憶を消す、ということは出来事すらもなかったことにする、ということだ。
あのような過酷な状況にあって結ばれた男女もいた。
記憶を残すことを希望した人のほとんどがカップルだったので彼らの記憶はきちんと残してあげることにした。
「さ、わたしたちも帰りましょう」
「そうだな」
振り向くとレイがいた。
記憶を残した人たちの中にはレイを始めとしたパーティメンバーもいた。アンたちの方は女性陣が気にしていたようだったので希望を聞いたうえで消させてもらい、マコトも姉が消すなら、ということで消させてもらった。
付き合っている訳ではないが、放課後はなんとなく一緒にいる事が多い。
というのもショウとハルナが一緒にいることが多いのでレイは俺の方へと来るようになったからだ。
今日は明後日に誕生日を迎えることになるハルナの誕生日プレゼントを用意する為に学校の近くにある駅前のデパートまで買い物へ行くことになっていた。
男の俺では何を渡したらいいのか分からない。
あれだけ一緒に戦った仲なのだから誕生日プレゼントぐらいはちゃんとした物を渡したい。
「予算は気にしなくてもいいからな」
「あのお金を使うつもりなの?」
収納には国家予算など敵ではない額の金が貯まっている。
異世界からの慰謝料、報酬の金を売り払った金、【無限複製】で増やし続けた500円玉。
おそらく一生掛かっても使い切ることはない。
「俺たちが文字通りに命懸けで手に入れた金だ。どんな風に使おうとも自由じゃないか?」
「そう、かもしれないけど……異世界の人が犠牲になっている訳でしょ」
レイには数十年後の異世界がどうなっているのか教えてある。
いつまでも続く経済破綻。そこから最大国であったメグレーズ王国の土地を奪って凌いでいたが、新たな資産を生み出さない戦争を続けていれば世界規模で衰退することになる。
魔物に対する戦力を維持できなくなった世界は、徐々に追い詰められて中心である元メグレーズ王国だった場所へと身を寄せ合うように協力して生活を営んでいた。
そんな生活も本当にギリギリだった。
かつての栄華を知っている老人の中から、ある言葉が発せられるようになった。
――異世界から勇者を呼び出そう。
魔王が復活した訳ではない。
それでも世界の危機が迫っていることには変わりなかった。
老人たちの中には、世界がどうしてこのようになってしまったのか自分たちの浅はかな行動を理解している者もいた。それでも、頼らざるを得ないほど追い詰められていた。
とはいえ、勇者召喚は簡単には行えない。
召喚の際に供物なる魔石や宝石が大量に必要となる。
今の世界ではギリギリの生活の中でさらに切り詰めることでようやく集めることができる。
そして、多くの犠牲を払いながらも召喚の儀式を執り行った。
召喚は……失敗した。
「失敗したことを知った連中は、儀式の手順が間違っていたとか用意した供物に不手際があった、とか責任の擦り付け合いをしていたけど、儀式そのものは正確に行われていたんだよな」
ただ一つ彼らが失敗したのは定期的に訪れていた俺の存在を忘れていたことだ。
この世界へ戻ってきたばかりの頃に再び召喚の為の魔法陣が床に描かれた。記憶を所有していた帰還者の大半がパニック状態に陥ったため魔法陣を収納させてもらった。
こちらから妨害される、ということを全く気にしていなかった。
「全く懲りない連中だよ」
召喚の儀式が失敗したからと言って消費した供物が戻ってくる訳ではない。
結果、全ての準備が無駄になったという事実だけが残る。
そこからは不毛な身内での争いが続いたせいで、人が住むことのできる世界はさらに縮小されることになった。
どれだけの時間が掛かろうとも自分たちの力で再建する。
その想いを忘れてしまったため世界の崩壊を早めることになった。
とはいえ、そうなるのは100年以上も先の話。
もう、召喚の魔法陣が描かれることもないため召喚魔法が使われることはないだろう。
ただし、俺が見たのは可能性の一つでしかない。
今のところは俺が見た通りになる可能性が高い。そのまま進むかは彼らの努力次第だ。
「後は慰謝料としてもらった金をどうやって皆に渡すか、なんだよな」
大量の金塊をどうにかしなければならない。
「やっぱり、この間みたいな方法で渡すしかないんじゃ……」
「けど、宝くじの1等が同じ場所で何百回と当たるなんて明らかに不自然だぞ」
被害にあった人を調べてみると家族が宝くじを購入していることが分かった。
そこでスキルを駆使して彼らが当たっているように偽装して億単位の金を渡していた。
この方法は、既に3回行っている。
他の方法も考えなければ全員に渡すなんて不可能だ。
それに、億単位の金額ではまだ納得していない。
異世界から徴収した金だが、記憶を失っている者がほとんどだし、俺がいなければ回収は不可能だったのだからネコババしてもいいように思えるが、彼らも彼らで苦労している。
それに俺が帰還方法を確立できたのには過去に召喚された勇者たちが遺してくれた物のおかげ、というのもある。だから、どうしても全員に報いたい。
「考えるのは後にしましょう」
そう言って笑顔になると俺の手を取って歩き出す。
「あ、おい」
「今日はハルナの誕生日プレゼントを買うついでにわたしにも色々と奢ってくれるんですよね」
「もちろん」
「じゃあ、今後の事とか諸々の事は忘れましょう」
まあ、そうだな。
こんな事は高校1年生が頭を悩ませるような問題ではない。
その内いい解決方法が見つかるかもしれない。
「困ったらわたしも協力しますから。今は、今しかできない事を楽しみましょう」
「そうだな!」
結局、ハルナの誕生日プレゼントには可愛らしい小物を買い、その日はレイの買い物に付き合わされることになる。
レイにも慰謝料を使う権利はある。
その事を自覚しているせいか買い物に容赦がない。
唯一の救いは、買い物に付き合わされる俺が【収納魔法】を持っていること。本来なら荷物持ちで苦しめられるところを常に手ぶらで付き合うことができる。
こういう使い方こそ【収納魔法】の本来の使い方だろう。
こうした使い方ができる内は平和が保たれている証拠だ。
これにて当作品は完結となります。
とりあえず描き始めた頃に思っていた
①収納魔法で無双
②召喚なんて安易な方法に頼ってはいけない
③やりたい放題
④荷物持ちをしていられる内は平和
この4点はできたと思っております。
ただ、他作品と並行して書き進めていたり、リアルが忙しかったりといった理由から後半の失敗感が否めない。
という訳で、最後にこんな作品に最後まで付き合ってくれてありがとうございました。




