第16話 エピローグ~異世界~―後―
エピローグなので3話連続で投稿しています(2/3)
「もう一つの用件?」
その場にいる者は全員が分かっていないようだ。
ただし、俺にとってはこちらの方が重要だったりする。
「魔王軍の取り巻きを引き受ける代わりに金銀財宝を要求させてもらっていた」
日本円にして数千兆円分。
なにせ過去の召喚も合わせれば600人以上が巻き込まれ、500人近い人数は死んでしまっている。
その全員に報酬……慰謝料が必要になる。
逆に一人当たり数兆円程度で了承してくれたことに感謝してほしいぐらいだ。
「やはり、そんな金を一度に用意するのは……」
困った顔をするデュームル聖国の国王。
こうなることは最初から分かっていた。
「もちろん一括で用意しろとは言わない。どれだけの時間が掛かったとしても……それこそ100年だろうが200年掛かったとしても返済してもらうだけの話だ」
「それは……分かった。引き受けよう」
言質は取った。
後は、今から回収すればいいだけの話だ。
「待ってくれ」
立ち去ろうとした俺をグイード皇帝が呼び止める。
「何か?」
「失礼かとは思ったが、お前のスキルについて調べさせてもらった。魔王討伐に同行した我が国の騎士によれば、収納した物を無限に複製する能力があるらしい。その能力を使えば、そちらの資金を無限に作り出すことができるのではないか?」
【無限複製】による資金の複製。
それは既に行っているので、俺の収納内には500円玉が大量にある。残念なことに【無限複製】では紙幣の複製ができない。
「これが俺たちの世界の金だ」
そう言って500円玉と3種類の紙幣を見せる。
この世界に紙幣は存在しない。そのため紙が金になる、という原理を理解できなかった。とはいえ、理解してもらう必要などない。あくまでも10枚合わせて金貨1枚と同等の価値がある1万円札の複製ができない、ということさえ分かってもらえれば問題ない。
「紙幣だけど、これには偽造を防ぐ為にいくつかの対策が施されている」
透かしに番号。
正確には、偽者であることを見破る為の対策だが、複製ができないようになっている。
俺の【無限複製】は、収納してある物の形をそっくりそのまま複製してしまうスキル。
たしかに透かしなどもそのまま複製してしまうため『本物』を作ることはできる。しかし、番号までそのまま複製してしまうため『本物』が複数存在することになってしまう。
問い詰められた時の事を考えると迂闊に紙幣の複製はできない。
なので、今のところは硬貨の複製だけを行っている。
「金銀は、向こうの世界へ持ち帰って換金する」
既に収納してあった分は換金してある。
金などの貴金属を売却する為には身分証明書が必要になり、高校生では売ることはできなかったが、異世界で得た魔法道具やスキルの力を利用すれば身分証明書の偽造など簡単だった。
高校生であっても20歳だと言い張れば身分証明書もあるおかげで誰も疑うようなことはなかった。
「いいだろう。約束通りに渡す」
「徴収は必ず行うからそのつもりで」
☆ ☆ ☆
5時間後。
「我が国は払えない……」
メグレーズ王国の宰相がついに折れた。
「やれやれ。こちらは猶予を与えていたはずだ」
「あれから我が国がどれだけの苦労をしてきたと思っている」
宰相はいくつもの苦労を味わってきた。
魔王討伐から1年の間は平和な時間が続いていた。だが、俺への支払いが続いていた各国は、経済状況が非常に厳しくなっていた。そうなると新しい財源が欲しくなる。とはいえ、金が採掘できるような鉱山などといった分かり易い財源は簡単に見つかるような物ではない。
だから、他国から奪うという手段に出た。
主要国が略奪対象に選んだのはメグレーズ王国だった。
これまでにメグレーズ王国が起こした暴挙によって各国の不満は爆発寸前だった。そのため略奪を目的とした戦争を起こしたとしても大義名分は得られやすい。
不満の矛先は、メグレーズ王国の王家や貴族へと向けられた。領地は次々に奪い取られ、領民からは奪い取って行った国へ不満が向けられるようなことも安定した統治が行われていた。
国境に面した領地が豊かになっていく光景を見ていた王国の領民たちは最大国を見限る。
そうして、3年も経つ頃には王家の直轄地を残すのみとなっていた。
最大国を誇っていたメグレーズ王国は、いつの間にか最小国家にまで成り下がっていた。
それでも王国の俺への支払いは変わらない。
収入がなくなり、蓄財も既に底を突いてしまった。
つまり、払える物が既にない……と思わせるつもりだ。
「払える物がない。そんな訳ないだろ」
「そんな、もう倉庫の中身は……」
「たしかに中身は空っぽだ。けど、倉庫そのものが残っているだろ」
「……!」
宰相が俺を睨み付けてくる。
だが、それぐらいしか既に手段がない事も分かっており、20代と若いにも関わらず老人ほどに老けてしまったように思える。
「お前はそこまで……!」
「これがメグレーズ王国の罪だ」
人の人生を奪い続けて来た国家だ。
存続させておくつもりなどさらさらない。
何よりも目の前にいる宰相の祖父が気に入らなかった。過去にも行われた事だから、と言って人の命を平然と投げ捨てるような命令を下せる。その罪は子孫であろうとも償ってもらわなければならない。
「たしかに祖父がした事は許されないかもしれません。ですが、祖父は激しい政務に追われて体調を崩し、跡を引き継いだ父も昨年に亡くなりました。私が政務を引き継いだ時には既に立て直しなど不可能な状態でした」
最初から詰んだ状態からのスタート。
彼には同情するが、手を緩めてやるつもりはない。
「一方、貴方は魔王討伐が行われた時から10年もの歳月が経っているというのに全く変わらない姿だ。私たちから搾取するだけの人生は、さぞや楽だったのでしょう。全く苦労していないと見える!」
「俺の当時を覚えているのか」
「もちろんです。苦労する父や祖父の傍らに私もいました。彼らの子であり、孫である私は宰相の地位を引き継がなければなりませんから、貴方とも対面したことがあります」
それは覚えていなかった。
いや、たしかに子供が宰相の傍にいた記憶はある。だが、傍にいた子供は10歳を少し越えたぐらいで周囲の変化が目まぐるしかったせいで俺にとっては、数時間前の出来事だったとしても気付けなかった。
やはり、自分だけ時間が違うのは不都合が生じる。
「勘違いをしているようだから教えてあげるけど、俺が幼い貴方と会っていたのは数時間前の出来事ですよ」
『楽園への門』を手に入れてしまったことで、遂には『時間跳躍』までが可能になった。
必ず報酬を徴収する。
とてもではないが、100年先の回収など待てなかったので全ての回収を今日中は無理だったとしても数日以内には終わらせるつもりでいた。
報酬の回収を終えると1年後へ時間跳躍。
そして、数分しか経っていないにも関わらず翌年の回収を終える。
気付けば体感時間で数時間しか経っていないにも関わらず10年分の回収を終えていた。この調子なら1週間以内には全ての報酬を回収し終えるだろう。報酬の支払いを分割にするなど俺には何の痛苦にもならなかった。
「あ、貴方は気付いているのですか!?」
「何を?」
「貴方の無理な回収のせいで世界の経済状態は破綻しています」
なにせ世界から金が消えている。
さすがに可愛そうなので食糧などの生活必需品で代替も行っているけど、回るはずの経済が回っていないせいで経済は止まってしまっている。
「おまけに魔王討伐で戦力を大きく失いました。それらは魔王がいなくても自然に発生する魔物への戦力でもあったのです」
冒険者も含めて戦える者は魔物から人々を守る為に狩り出されている。
その動きは遠くない内に戦えない者へも波及することになる。
「もう、生きているだけで精一杯な状況なのです!」
同情はする。
けどそれは、こんな厳しい時代に生まれてきたことに対する同情であり、現状へは全く同情しない。
「この世界は魔王が生まれた1000年以上も前に詰んでいました。その状況を自分たちの力だけで解決していれば、このような状態にはならなかったのに安易な方法で事態を解決しようとした」
その報いが現代になって襲い掛かっているだけ。
「これからも回収に来ますので、よろしく」




