第13話 別世界の自分
魔神の左胸を貫いた。
本来なら致命傷になる攻撃なんだろうけど、すぐにでも無傷な状態にまで存在を戻すことができる。
腕を引き抜きながら傷口をさらに広げる。
そのまま魔神の体を蹴り飛ばすと魔神が離れていく。
魔神を相手にするなら少しでも時間を稼げる方法がいい。
「大丈夫ですか?」
思わず心配になったショウが駆け寄ってくる。
レイたちが来ないだけ彼女たちには最低限の冷静さが残されている。向こうは向こうで作業を進めてもらわないとならない。
「問題ない」
体の状態を確かめる。
特に“世界を越えた”影響はないように思える。
「大丈夫、だと思う」
「大丈夫なはずがない!」
魔神が飛び出してくる。
【存在】の力によって消滅させられた俺の肉体。魔神は攻撃した時の手応えから消滅したことを確信していた。
が、目の前にある事実は全く異なる。
とはいえ、憤りをぶつけられても困る。
実際、消えてしまったのは間違いない。
「たしかにお前の力で俺の肉体は消滅させられた。だけど、再生能力が機能しない状態での復活方法を考えていない訳がないだろ」
出来れば使いたくない能力だった。
だが、肉体を跡形もなく消滅させるような相手に対抗できる手段はこれぐらいしか思いつかなかった。
収納から円盤を取り出して見せる。
「それは……!」
魔神には見覚えがあった。
それも、自らが魔神となる前に見た代物だ。
「この魔法道具には『こことは異なる世界からランダムに物体を召喚する』能力が備わっている。何が出てくるのか分からないうえ、消費魔力も馬鹿にできないから実用性には乏しい。けど、俺が欲していたのは召喚能力じゃない」
召喚する際に別世界と一時的に繋がることができる。
繋がる別世界の中には、概念上にのみ存在する『可能性の世界』も含まれる。
異世界から召喚されて真っ当に魔王を討伐した世界もあれば、途中で元の世界へ帰ることを諦めなければならないほど挫折してしまった世界もある。最も悲惨なのは最初の段階でメグレーズ王国からの離脱に失敗して死んでしまった世界だ。
ただ、全ての世界で【収納魔法】を持っている事実だけは変わらない。
まあ、【収納魔法】によって生み出した亜空間の中に収納した状態で使用しているため【収納魔法】を持っている状態なのが基本になっているのだろう。
そんな、もしも……な世界から肉体を召喚する。
本来、召喚される物はランダムなのだが、【収納魔法】で繋がることで別世界の俺が収納してある物を共有することができる。おまけに【収納魔法】を持つ俺自身の肉体も取り込むことができる。
もちろん制限がない訳ではない。一つの世界に同じ人間は複数存在することができない。収納から飛び出した瞬間にどちらかが消滅する。
「なら、簡単な話だ。この場にいる俺が消えるまで他の俺は収納の中にいればいいだけだ」
「私の【存在】で収納されているのが消えなかったのは!?」
「俺とさっきまでお前が戦っていた『俺』は限りなく同じ人間だけど、完全な同一人物っていう訳じゃない。戦っている俺を消したところで収納されている俺に攻撃が届くことはない」
別の世界から自分を持って来る。【無限生成】とは全く異なる。
外に出ている【収納魔法】の魔法陣が消えなかったのも新しい俺が引き継いだから。
「一体、何人いるんだ……」
「さあ?」
本当に覚えていない。
それに足りなくなれば補充すればいいだけの話だ。
魔神が思わず震えてしまっている。
俺の言葉をそのまま受け止めれば、俺は無限に戦い続けることができる。一体、何度倒せばいいのか分からない。
ゴールの見えない戦いほど苦しいものはない。
「よく理解した」
すぅ、と魔神の気配が変わり、周囲に漂っていた瘴気が魔神へと流れ込む。
自分の肉体へと溜め込むことで大きな力を使おうとしている。
「今度は、何もかもを消し飛ばしてくれる」
魔神の体から瘴気が溢れ出す。
ガスのようにゆっくりとした動き。
けれど、瘴気に触れることは絶対にできない。触れた瞬間に存在を根底から消されてしまう。
こうして空間ごと消されてしまうと対処のしようがない。
ようやく気付いたか。
けど、もう遅い。
「下りるぞ」
「はい」
ショウと一緒に底まで下りる。
溢れる瘴気が【収納魔法】の魔法陣に触れる。瘴気を取り込む【収納魔法】だったが、数秒だけ収納したところで魔法陣の全体にヒビが入ってしまう。収納してしまえば瘴気に触れるようなことはないが、収納した瞬間だけは魔法陣と触れているため、魔法陣の存在を消す力が働いてしまう。
そして、砕ける魔法陣。
これで魔神も底へ行けるようになる。
「停止」
瘴気の動きを止める。
そのまま流し続けてしまうと『楽園への門』にまで触れて消してしまう。これからも必要な物まで壊す必要がないのだろう。
「転移」
魔神が底まで転移する。
右手を正面に掲げて、いつでも誰かを殺せるよう準備する。
「……どこへ行った?」
感じられる気配に戸惑い周囲を見渡す。
魔法陣が頭上にあった頃は、魔法陣が下にいる者たちの気配も含めて収納してしまっていたので底にどれだけの人が残っているのか分からなかった。
それでも計算上は全員が門を潜る為には10分以上の時間を必要としていた。まだ、5分の1以上の人が残っていなければならない。
しかし、感じられる気配は一人だけ。
ハッキリと最後に残った俺の気配を感じているはずだ。
「残りの奴らはどこだ?」
『門』の前に立つ俺を見ながら魔神が尋ねる。
「全員、既に向こう側へ向かった」
実質、最後と言っていいショウも直前に『門』を潜った。
後は俺が『門』を潜れば召喚された人間は全員が元の世界へ帰還することが出来る。
「そんなはずはない! 全員が移動する為には時間が足りない」
「これを使わせてもらったんだよ」
「銀色の、懐中時計」
手に持っている懐中時計を見せる。
この懐中時計の持つ効果は、時間の引き延ばし。一定範囲内の時間を最大で倍にまですることができる。
「効果範囲はせいぜい5メートル。狭い範囲にしか使えないけど、『門』と使う為に待っている奴を覆うには十分な広さだ」
「まさか……」
時間を引き延ばすことで必要な時間を短縮した。
さらにハルナの【強化魔法】まで使って一時的に効果を高めていたおかげで3倍まで引き延ばすことができなかったが、さらに時間を短縮させることができた。
「機銃を出した後から底にいる連中を全く気にすることがなくなったな」
「まさか、一斉に出したのは目くらましの為か」
空間を埋め尽くすほど大量の機銃。
攻撃力があったが、それ以上に魔法陣よりも下で何が行われているのか隠すのが最大の目的だった。
そして、目的が叶ったおかげで魔神の意識は完全に俺へ向けられていた。
「俺の話にも付き合ってくれてありがとう。おかげで全員を潜らせることができた」
最初から使うことができれば、もっと早く事を終わらせることができたのだろうが、物凄い速さで門を潜る姿を見せてしまうと魔神が全力を出してしまう。さすがに全力を出されると先ほどのように全域制圧攻撃をされて耐える術がなくなる。
だから、魔神の意識が俺にだけ向いた瞬間を待つ必要があった。
「私の負け、か」
魔神の戦う理由がなくなった。
俺が最後に残れているが、俺を倒す術を魔神は持っていない。
せめて他の者だけでも殺そうと思ったところへ既に誰も残っていない事実を知って戦意を喪失してしまった。
「悪いけど、俺も帰らせてもらうよ」
「好きにするといい。私は既にどうでもいい。力が溜まったら次の勇者に期待することにしよう」
「じゃあな」
『門』の向こう側へと飛び込む。
向こう側は様々な色に輝く虹色の世界が広がっており、まるで水中にいるかのように上下の感覚がない空間になっていた。
唯一、自分の立っている場所と行き先を確認する術は背後にある『門』と遠くに浮かんだ全く同じ形をした『門』。遠くにある『門』がどこに続いているのか分からない。
潜る前に行き先を強くイメージした場合は自動で行きたい世界まで連れて行ってくれるのだろう。
だが、俺の目的を全て達成する為にはこの場へ来る必要があったので行き先をイメージせずに潜った。
「悪いけど、未来に勇者が召喚されることはないし、過去の勇者たちも全員帰させてもらおう」
時間を稼ぎ、全員に『門』を潜らせるのが目的だったためネタバラシの会話などをして時間を稼いでいました。
次回が最終話。
そして、エピローグになります。




