第12話 消滅
魔神までの間を猛スピードで駆け抜ける。
全力だ。
魔法道具である『転移の宝珠』に頼った移動方法は、俺の【収納魔法】と組み合わせることで遠距離を一瞬で移動することができるようになる。
だが、ある場所からある場所へ移動するのは非常に危険だ。
一瞬と言っていいほどの時間での移動だが、その一瞬の間で対処が可能な相手では致命的な隙を晒してしまう可能性がある。
なら、多少の時間は掛かっても駆け抜けた方が安全な場合がある。
それにステータス全開。たった1秒間で何十という瓦礫が空中に放り出されている。全て俺が足場にする為に出した瓦礫だ。
魔神がタイミングを合わせて瘴気の剣を振るう。
だが、剣が届く1歩直前に落下。頭上を剣が通り過ぎる。
収納から聖剣を取り出して魔神の足を斬り飛ばす。
「無駄だ。いくら傷付けようが私には意味などない」
「意味なら俺が決める」
浮いていることを止めれば魔神とは違って空を飛べない俺は落下する。
見上げた先にいる魔神が瘴気を槍の形状にして放つ。
「ぐ、うぅ……」
回転する槍を掴んで受け止める。
槍を掴む手が抉られ、裂ける。
「全機銃、一斉斉射!」
掴んでいた槍を投げ捨てると魔法陣が眩い光を放つ。
現れたのは魔法陣を埋め尽くす大量の機銃。
「撃ち抜け!」
下から上へ向けて一斉に銃弾が放たれる。
無数の銃弾。逃げ場などどこにも存在しない。
「なら、銃弾の方を消させてもらうまでだ」
魔神の手から瘴気が霧のように放たれる。
霧に触れた銃弾が霧を突破することができずに消滅してしまう。たった1発の弾丸が霧に触れただけで全ての弾丸が消滅してしまう。弾丸節約の為に【無限生成】で増やした弾丸を利用したのが仇になった。
「さらに消えろ」
今度はナイフの形状にした瘴気が機関銃の一つに当たる。
埋め尽くすほどあった全ての機関銃が消滅してしまった。
「ぶっ飛べ!」
魔神の意識が完全に下へ向いている間に殴り飛ばす。
下からの機銃攻撃へ意識が向いている間に横へ回り込むなど簡単だ。
「……なるほど。下からの攻撃は全て陽ど……う」
「全部、本命だ!」
瞬時に魔法陣を周囲に展開。
別の戦艦からパクってきた機銃を一斉に火を噴かせる。
転移する暇など一切なかった魔神が蜂の巣になる。
「いない」
銃弾の嵐が止む頃にはいなくなっている。
背後から気配を感じる。
咄嗟にアダマンタイトで造った人よりも大きな盾を出す。
どんな攻撃にも耐えられるほど頑丈な盾が一瞬にして消滅する。造った本人から言わせれば攻城兵器にも耐えられるよう造ったらしい。
それが、たった一撃で壊された。
造ってくれた鍛冶師には申し訳なくて報告できない。
完全に消滅する前に盾を蹴って離脱する。
「逃がすか」
魔神が飛びながら殴り掛かってくる。
俺も殴り返している。
ただし、魔神の攻撃は当たっていない。
魔神の拳は当たっただけで俺を消滅させられる。限界以上に上げたステータスでギリギリ回避し、魔神を殴る。
ただし、殴られた魔神も殴られた傍からダメージを回復させている。
「神になった私とここまで殴り合えるとは……さすがはイレギュラーだ。今後はこういった存在に期待してもいいかもしれない!」
「悪いが、もう次なんて存在しない」
「……っ!」
魔神の足に銀色の鎖が巻き付く。
鎖に変形したシルバーによる拘束だ。
「はぁ!」
鎖を持ったショウが手元へ全力で引き、魔神を壁に叩き付ける。
壁から濛々と土埃が立ち込める中、魔神が壁から離れようとするが、接着しているかのように離れることができない。
「……何だ?」
首だけを動かして後ろを見れば、そこには金色に輝く人ほどの大きさを持つ十字架があった。
そこに縫い付けられたように動けなくなっていた。
「神様の力を封じておく為の魔法道具らしい。かなり強力だろ」
実際に使われたことはない。
しかし、伝承では神さえ身動きを封じることができる、と言われていた。
「こんな物を、いつの間に……」
「そこら中にあるさ」
機銃に注意が向いている間に壁に立てかけておいた物が数百とある。
そうしている間に準備は整った。
収納から4本の鎖を出して両腕と両足に巻き付けて拘束する。地上で暴れていた神の獣を押さえ付けることに成功した、という伝承が残っている鎖。
ダメ押しに神の力を押さえ付けられる杭を胸に打ち込む。
「俺が持っている拘束系魔法道具の3連コンボだ。これで動けるようなら……ま、無理か」
魔神が十字架、鎖、杭に対して力を込めるだけでボロボロに崩れていく。
たしかに神を拘束できるだけの力があったのかもしれないが、魔神の【存在】に耐えられるほどではなかった。
なので、全力で殴る。
「がっ……」
後ろにあった壁に衝撃でヒビが入る。
先ほどからミサイルや機銃にも耐えていた壁。どんな材質で造られているのか知らないが、頑丈に造られているのだけは間違いない。
「この……!」
「すぐに再生するっていうなら痛みを感じる方が効果あるだろ」
激痛に耐えながら魔神が姿を消す。
移動先は遥か頭上。
体を調える為に俺たちから離れた。
ショウが魔神のいる高さまでシルバーを伸ばす。ロープのように伸びたスライムの体が外周部に突き刺さり、反対側を手にしているショウの体を引き上げる。
俺も反対側へ駆け上がる。
同じ高さまで上がると左右から同時に襲い掛かる。
「くっ……」
一瞬だけどちらを攻撃するべきか迷った魔神。
結局、魔神が選んだのは弱いショウ。
ショウへ向かって手を伸ばす。
「やっぱり」
自分を選択するだろうと思っていたショウがニヤリと笑って魔神が手を伸ばすよりも速く後ろへ下がる。
ショウの腰にはシルバーがロープ状のまま巻き付いており、シルバーの手によって壁際まで戻れるようになっていた。
攻撃の意思は最初からない。
自分へ向けることで魔神に背を向けさせる。
「もらった」
全ステータス解放。
今度は殴って地上まで吹き飛ば……す?
下腹部に違和感を覚えて見下ろせば誰かの手が胸から貫通していた。
自分の腕ではない。
けど、少しばかり見覚えがあった。
「私の狙いは最初からお前だ」
力のない状態では前へ進めない。
こちらを振り向く魔神を見れば右手が手首から先がなくなっていた。
「【存在】の力。こうして右手だけを別の場所に存在させることも可能だ。私が油断している、などと勘違いした状況でなければ気付いたかもしれないな」
離脱できる、とはいえ自由自在に飛び回らせることができる訳ではない。
全身の転移と同じように腕だけを別の場所に転移させるだけ。そして、転移させた腕に俺が突っ込んでしまった。
「こうして完全に触れた状態なら力は有効――消えろ」
「は――?」
俺の体があっという間に消滅する。
存在そのものを完全に消されている。再生能力が介在する余地などない。
☆ ☆ ☆
ソーゴさんが消えた。
マズい。これは非常にマズい。
全員が帰還する為には、まだ数分の時間が必要になる。僕では騙し騙しで数秒の時間稼ぎをするのが精一杯。
これまでに手に入れた魔法道具についての説明は受けている。
だから、さっきの十字架にだって咄嗟に対応することができた。
けど、【再生】能力を持っていたソーゴさんが消えてしまった場合の想定なんて全くしていなかった。
僕たちの行動は全て彼がいる前提で決めている。
だから、いなくなってしまうとどうすればいいのか全く分からなくなってしまう。
けど、僕が右往左往する訳にはいかない。ソーゴさんが消えてしまった以上は僕が残ったメンバーの中では最も強い。せめて一人でも多くのメンバーを帰還させる為に時間を稼がないといけない。
「あ……」
今さらながらにソーゴさんのプレッシャーを知ってしまった。
あの人は、自分がどうにかしなければならない、という責任をこれまで背負いながら戦ってきていた。
それが、どれだけ大変な事なのか知らずに頼り切っていた。
「シルバー、手伝ってくれる?」
槍に変形したシルバーを握る手に思わず力が入る。
シルバーから僕を励まそうという意思が伝わってくる。
対峙する為に魔神を見る。
「あれ……?」
けど、魔神の方は下へ視線を向けたままだ。
「何故だ……」
信じられない、といった様子で呟く。
そこにはソーゴさんの魔法陣が残っていた。
「ありえない」
そう、あり得ない光景だ。
魔神との戦闘中、ずっと魔法陣が残っていたのはソーゴさんが魔力の消費も気にすることなく維持していたから。
もしも、本当に死んでしまったのなら維持できているはずがない。
「どこにいる!?」
魔神が最も近い場所にいるはずの僕を無視して姿の見えないソーゴさんを探す。
まあ、見えている雑魚よりも見えない強敵の方が脅威に感じてしまうのは仕方ない。
「がはぁ!」
魔神の動きが止まったと思った直後、口から血を吐いていた。このダメージもなくなるんだろうけど、攻撃された瞬間だけはダメージを負う。
つまり、今は何者かに攻撃されている。
魔神に対して攻撃できる人物なんて限られている。
「体を貫通される気分はどうだ?」
魔神の背後を見れば【収納魔法】の魔法陣から上半身だけを出したソーゴさんの姿があった。




