第12話 フレイムリザード
翌朝。
テントから出て朝陽を浴びながら体を伸ばす。
慣れないテントでの寝泊まりはやはり疲れていたようだ。
「お、起きて来たな」
テントから出て来た俺を見てゼンさんが笑っていた。
「おはようございます」
「おう、おはよう。初めての野営だったみたいだけど、ぐっすりと眠ることができたか?」
「さすがにぐっすりと眠ることはできませんでしたよ」
なにせ同じテントに女子が2人寝ている。
男子としてぐっすりと熟睡するだけというのは難しい。
その女子2人は俺が起きた時には既に起きていたらしく、男子と同じテントで寝泊まりした恥ずかしさを誤魔化すように朝食の準備をしていた。同じ部屋で寝泊まりしているものの部屋とテントでは距離感が違う。
設営の手間があるけど、小さなテントを2つ買って男女別に使用した方がいいかもしれない。普通なら荷物になるから男女で分けるようなことはしないが、俺の収納魔法があれば荷物にはならない。
「おはよう……」
テントの中に最後まで残っていたショウも起きて来た。
「よし、全員起きたことだし、今度はテントの片付け方を教えてやる」
「「はい!」」
女子には朝食の準備があるということでそちらを任せることにし、俺とショウの2人で片付け方を教わって後日2人も教えることになった。
教えてもらいながらテントを片付けて行き、必要な道具を全て入れられる箱にしまってから箱を収納魔法で収納すれば終わりだ。
収納する姿を見ていたレイから一言。
「あの……テントを片付けずにテントごと収納すればよかったのでは……?」
「「あ!」」
今さら気付いてもテントは片付け終わった後だ。
建物を丸々一つ収納できる俺の収納魔法なら部屋1つ分にも満たない大きさのテントなら問題なく収納できる。
片付け作業が徒労だったことと次回も組み立てをしなければならないことに憂鬱になっているとゼンさんから声を掛けられた。
「お前の収納魔法はどうやら規格外らしいが、その収納魔法で俺たちの狩った素材を持ち帰ってもらうんだから間違っても仕事ができないなんて事態にはなるなよ」
「はい」
その後、朝食に作られたパンにハムなどの具材を挟み込んだだけのサンドイッチを食べると目的地であるデリストル火山へと向かった。
☆ ☆ ☆
フレイムリザードが生息しているデリストル火山は、非常に蒸し暑い場所だった。額から汗が流れて服を濡らす。
「それで、ここからどうするんですか?」
そういえば、まだ目的地と討伐対象を聞いただけで具体的な方法を聞いていなかったことを思い出して尋ねる。
「やっぱり調べていなかったか……」
ゼンさんだけでなくゼンさんのパーティメンバー3人も呆れていた。
聞くところによると討伐したことのない討伐依頼を引き受けた時には、冒険者ギルドで情報を集めてから討伐に向かうのが普通らしい。以前、冒険者ギルドで本を借りた時には、そこまで詳しい情報は載っていなかったし、書店をまだ見つけることもできていなかったため諦めていたが、職員から情報を聞くなどして調べることはできた。
フレイムリザードについて事前に調べていなかったのは俺たちの落ち度だ。
「ごめんなさい」
「気にするな。冒険者になって数日なら仕方ない」
ゼンさんが慰めてくれる。
見た目は大剣を持った筋骨隆々のおっさんだけに優しさのギャップが凄い。
「それよりもフレイムリザードについて説明しておく。フレイムリザードは主に暑い場所に生息している魔物で、火山のような場所で自生している紅車草を主食にしている魔物だ」
魔物は大気中に魔力さえ取り込めば自分のエネルギーにすることができるので生きる為に食事をする必要はない。
しかし、肉や植物を摂取することによって美味しさを感じることはできるので娯楽目的に食事を行っていた。
フレイムリザードも娯楽を目的に紅車草を食べるらしい。
「紅車草だが、火口まで近付くことなくもう少し進んだ場所に自生している。そこまで進めばフレイムリザードも簡単に見つかるはずだ」
「分かりました」
ゼンさんから教えてもらったことを胸に火山を進んでいると大きな足音が進行方向から聞こえて来た。
新人の俺たちがいるので咄嗟に近くにあった大きな岩の陰に隠れる。
「ほら、あいつがフレイムリザードだ」
「あれが?」
俺たちの目の前には体長2メートルを超えるトカゲの形をした魔物がいた。
リザードっていうぐらいだからヤモリのような通常サイズの爬虫類を想像していたんだけど、自分たちよりも大きな体をした魔物だとは想像していなかった。
「フレイムリザードは群れで行動することが多いんだが、あいつは1体だけだな」
クルトさんが周囲を確認しながら言った。
たしかに見える範囲には他のフレイムリザードの姿は見えず、目の前にいる1体のみが行動していた。そのフレイムリザードは、紅車草を食べることに夢中になっているあまり俺たちの存在に気付いた様子はない。
「新人連中もいるし、1体だけなら戦い方を見せるにはちょうどいいだろ」
ゼンさんの言葉を合図にパーティメンバーが武器を構える。
仲間が戦える状態になったことを確認したゼンさんたちが一斉に岩陰から飛び出す。
そこで、ようやくゼンさんたちの存在に気付いたフレイムリザードが振り向く。
フレイムリザードは巨体でゼンさんたちの方へ振り向こうとしている動きは非常に鈍重だ。だが、尻尾は柔軟なようで器用に振り回すと横に回り込んでいたクルトさんを叩こうとしていた。
「よっと」
しかし、ベテランであるクルトさんはフレイムリザードの動きを予測していたらしく苦も無く尻尾を跳び越えると持っていた短剣を尻尾の付け根に突き刺していた。
フレイムリザードが悲鳴を上げる。
痛みを堪えながら攻撃してきたクルトさんへと前足の鋭い爪を振るう。
「やらせねぇよ」
フレイムリザードの攻撃をゼンさんが大剣で受け止めていた。
無防備となった体。そこへフリックさんが槍を叩き付けた。
「ロックボール」
槍を叩き付けられてフラフラしていたところへヴァンさんが魔法で作り出した岩の塊を頭に叩き付けられてフレイムリザードが絶命する。
岩が当たった場所は離れた場所から見えるほど凹んでおり、頭があそこまで変形してしまってはどんな生物も生きていられない。
「なんというか、凄い戦闘ね……」
岩陰から見学していたハルナが頬を引き攣らせていた。
見ている限り力任せの攻撃ばかりだったからな。
「俺たちぐらいのレベルになればフレイムリザード程度は簡単に狩ることができる。それというのも狩りの方法に手順が出来上がっているからだ」
それでも仕留められるだけの実力があるからこそ可能な方法だ。
「今回の依頼だが、必要なフレイムリザードから得られる燃料――つまり、血が必要になるんで斬撃の類で攻撃して血を失わせるのはNGだ。だから打撃を急所に叩き込んで倒すのがいいんだ」
クルトさんが尻尾の付け根に短剣を突き刺していたが、フレイムリザードの肉は分厚いので血はそこまで流れていなかったらしい。
「よし、ここからは解体だ」
「おう」
フレイムリザードを斬って血を流させる。下には大きな容器が置かれており、フレイムリザードの流した血が溜まるようになっていた。
今回はフレイムリザードの血を集めることが目的なので血の回収を優先させる。
巨体だけあって得られた血は大量にあった。
血が入れられた容器は大きく、普通に持てば1人の両手を塞いでしまう。いつもならば容器を入れておく為の専用のリュックを持参して持ち帰るところなのだが、今回は俺がいるので容器を収納して持ち帰る。
「それで、こっちはどうするんですか?」
目の前には血を抜かれたフレイムリザードの体がある。
血を抜かれたせいか少し萎んでいるように見える。
「いつもなら体は捨てて行くところなんだよな」
フレイムリザードの肉は、美味しくないので食用としての価値は低い。また、体は鱗に覆われているので売却素材として使えるのはせいぜい爪ぐらいらしい。
「勿体ないなら持ち帰ってもいいぞ。ただし、容量が足りなくなったら捨ててもらうけどな」
「大丈夫ですよ」
フレイムリザードの体を収納する。
うん、まだまだ余裕があるから問題ない。




