第3話 爆弾投下
――退け。
相手よりも十倍以上の戦力を集めておきながらそんな言葉を言われるとは露ほども思っていなかったのか言葉を失っていた。
「もう一度だけ言う。魔王軍には興味がないから退けろ」
「おい、貴様!」
ランズリー将軍が突っ掛かってくる。
彼にしてみれば絶望的な状況を覆せるとしたら勇者の力ぐらいしか頼れないため俺の離脱はなんとしても阻止したいのだろう。
『ふっ、状況が全く分かっていないみたいだ』
不敵に笑うコンラッド。
『私が魔族になったことで得た特性は【指揮】。魔王様の影響を受けた魔物は、魔王様に対して従うようになっている。そして、魔王様の眷属とも言える私たちにも従属してくれる』
それでも、この数は異常だ。
『私は、世界中にいる魔物に対して呼び掛けることができる。これだけの数を用意するには半年近い時間を要してしまったが、人類を滅ぼすには十分な数を用意することができた』
「人類を、滅ぼすねぇ」
『この世界は間違ったまま出来上がってしまった。自分の事しか考えない王や貴族、自分よりも地位の低い者から搾取することしか考えない人間。他人を蹴落とすことしか考えないクズ。そんな連中は世界にとって害でしかない。消えてしまった方がいいんだ』
コンラッドの動機は分かった。
コイツは人間関係において恵まれない環境に置かれていた。だからこそ、一度は全てをリセットしようという考えに憑りつかれたのだろう。
失敗した者なら誰もが思う。
思うだけなら何の問題もない。
だが、実行に移してしまっては救いようがない。
「もう一度だけ言う。興味がない――通せ」
『……どうやら目の前の状況が何も分かっていないようだ』
それきり映像が消えてしまう。
どこかへと逃げていくイメージツリー。
逃げ去ってしまった理由もすぐに分かった。
正面から地響きが聞こえてくる。魔物の軍勢の先頭にいた魔物たちが動き出したことで足音が離れたここまで聞こえてくる。
「どうするつもりだ!?」
明らかに挑発していた俺。
何か策があるのだろう、と縋るような目を向けてくる。
騎士たちも自分たちよりも圧倒的に多い戦力が迫ってくる光景を見たことで戦意を失っている。
「作戦なんてないですよ」
「なに!?」
「俺が用意しておいたのは、爆弾だけです――フリューゲル偽装解除」
ステルス状態にあった浮遊城フリューゲルが姿を現す。
といっても高度10000メートルの上空。地上からでは豆粒程度の大きさにしか見えない。
「あれが浮遊城……」
俺がフリューゲルを手に入れたことは将軍たちには伝えてある。
問題は、フリューゲルを使って何をするつもりなのか……
「まさか、あれを落とすつもりか?」
あれだけの大質量が上空から落ちてくるだけでも甚大な被害を齎す。
俺たちの目的は魔王城の地下にある物なので地上がどうなろうと気にすることはない。
ある意味では正解に近い。
地上を気にせず上空から攻撃する。
それがフリューゲルに対して俺が要請した事だ。
「そんな真似はしませんよ」
だが、浮遊城を落とすような真似はしない。
落とすのは、もっと『恐ろしい』物だ。
収納から携帯電話を取り出す。地球を経由して、地上とフリューゲルに収納空間を繋げることで通話が可能になる。
話し相手はフリューゲルにいる自動人形だ。
「投下」
『了解です』
短いやり取り。
あらかじめ何をさせるのかは説明してあるため少ない言葉で足りる。
自動人形が『ある物』をフリューゲルの縁から投下する。
そうしている間にも軍勢が近付いてくる。
「くっ……さすがにこの数は想定外だ。撤退――」
「ああ、大丈夫ですよ」
「――どういう意味だ?」
「簡単ですよ。すぐに軍勢なんて消えてなくなりますよ」
そうして、自動人形の投げた物が地上に落ちる。
直後、魔王城の傍で大規模な爆発が起こり全てを焼き尽くす。爆発は、軍勢の中心で起こってしまった誰もが逃れることもなく巻き込まれる。これが小規模な爆発だったならば1割にも満たない数が犠牲になるだけで済んだが、この爆発はそうもいかない。
呼び集められた魔物の全てを巻き込むだけの威力がある。
軍勢の中にはゴーレムのように耐久力の高い者、オーガのように体力のある者、再生能力を持つトロールが含まれる。
だが、悉くが成す術もなく焼かれる。
ゴーレムは体をバラバラに吹き飛ばされ、オーガは一瞬でも耐えることができずに絶命し、再生能力を発揮する間もなくトロールは消え去る。
そんな途轍もない威力を秘めていた。
なにせ、それは人類が手にしてはいけなかった兵器。
「こっちに来るぞ!」
「おい、なんて物を使っているんだよ」
爆発は離れた場所にいる俺たちの所まで迫っていた。
それを見て逃げようとする異世界の人たち。
対して、俺が投下させた物が何であるのか知っている地球の人間たちは慄いていた。まさか、資料の中でしか見たことのない兵器を実感することになるとは露ほども思っていなかった。
「俺がその程度の対策すら考えていないと本気で思っているのか?」
だとしたら心外だ。
呆れながら【収納魔法】を発動させて魔法陣を正面に展開させる。
盾のように出現した魔法陣。爆発がこちらまで迫ってくるが全て【収納魔法】の空間内に収まる。
「いや、それだけじゃ足りないだろ!」
誰かと思えば工藤先輩だったか。
もちろん工藤先輩の言いたい事は分かる。
俺が使用した兵器は爆発によって全てを吹き飛ばすだけに留まらず、その場に死の灰と呼ばれる放射性物質をまき散らす。
「全部吸い込め」
魔法陣を前へ進ませる。
死の灰も、元が何だったのか分からない死体の破片も綺麗になくなる。
「おや?」
何もなくなったかと思えば残っていた物がある。
ドラゴンだ。空を飛ぶ最強の魔物であるドラゴンが何体も積み重なっている。上の方にいたドラゴンは回収できたところを見るに何体かを犠牲にすることで咄嗟に身を守ることに成功したようだ。
他にも金色に輝く犀のような魔物地中に逃れて無事だった魔物が残っている。
が、それも数える程度。
後は、最も破壊したかった魔王城が残っている。
けれども、最後に残っていた魔王城から「パリン!」という音が響いてきた。
「今のは?」
「魔王城には強力な結界が張られている、と聞いたことがある。その結界が破壊された音だろう」
魔王城が難攻不落と言われる所以がこの結界にある。
対物理・魔法の両方に優れた防御力を誇り、唯一の出入口が魔王城の正面にある場所のみ。ここだけは結界を張ることができないため歴代の勇者たちはここから侵入せざるを得なかった。当然、唯一の出入口の先には大量の罠が待ち受けていた。そんな場所を利用する気になどなれない。
「よし、これだけ数が減らされれば――」
「魔王城も徹底的に破壊する。2個目も投下しろ」
『かしこまりました』
フリューゲルから2個目の爆弾――原子力核爆弾が投下される。
「え、いくつも持っているの?」
「当然。【無限複製】で増やせるっていうのもあるけど、あの程度の爆弾ならどこの国でも持っているぞ」
数分後、魔王城が跡形もなく吹き飛ばされた。
正直、やってしまった感が拭えない。