第2話 待ち受けた軍勢
俺たちは無事に魔王城への道を進んでいた。
今は丘を越えているところで、登り切れば魔王城が見えるようになる。
「おかしい……」
騎士団長が訝しみながら呟いた。
それというのも、ここまでの進軍で魔物の襲撃が全くなかったためだ。ここは既に魔王のテリトリーと言ってもいい場所。本来なら魔王の力によって強化された魔物がウロウロしていてもおかしくない。
「何かの前触れか?」
「嵐の前の静けさ、という言葉もあります。これから激しい戦いが行われるということではないでしょうか」
ランズリー将軍の呟きに部下が返す。
その言葉はある意味で正しかった。
「報告!」
斥候に出ていた兵士が戻って来た。
「どうした?」
「魔王城の様子を確認して参りました」
「そうか」
「どうやら、こちらの動きは予測されていたらしく、現在は城の周囲に多くの魔物が集まって迎え撃つ準備をしております」
「そうか。向こうにも魔族がいるのだから人間的な思考ができてもおかしくないな」
四天王に王子までいた魔族だ。
中には軍事に長けた者が魔族になっていてもおかしくない。
「行くぞ!」
「あの、それが……」
「何だ?」
「敵の数が異常なんです!」
「異常? 報告は正確に行え」
「いえ……数え切れないほどの魔物がいます。おそらくは数十万では済まされないレベルかと……」
「なに!?」
斥候は最低限しか行われていなかった。
ここは魔王のテリトリー。魔王軍と戦う前に戦力を無駄に消費する訳にはいかず、少数を危険に晒すような真似は控えていた。
だから、斥候が調べられたのは先頭集団が助けにいける範囲まで。
ランズリー将軍が近くにいた俺を見る。
勇者は切り札とも言える存在。そのため無駄に消費しないよう最も安全な将軍たちもいる中央付近に配置されていた。100人近い勇者が随伴している。戦力的にも優秀なため将軍たちは諸手を挙げて喜んでいた。
何かを確認するような目を向けてくる将軍に対して肩を竦める。
俺の態度を見た瞬間、ランズリー将軍の顔が赤くなる。
「最初から分かっていたな」
「いやぁ、一緒に行くとは言いましたけど、協力するとは一言も言っていないですよ」
ランズリー将軍が気付いたように俺は魔王城の近くに数百万規模の魔物が集まっていることに気付いていた。
浮遊城フリューゲル。
既にステルス状態で魔王城の近くに待機させてある。フリューゲルには地球から持ち込んだ観測機器をいくつも配備してある。おかげで、向こうに気付かれることなく魔王城の様子を正確に知ることができる。
もっとも、事前に情報を得たのは自分たちの為。この世界の騎士たちに協力する為ではない。
「そこの丘を越えれば、どういう状況なのか分かりますよ」
「くっ……!」
丘を越えた先頭集団の足が止まっている。
後続の部隊も丘を越えた瞬間に足が止まってしまっている。
掻き分けるように将軍たちも丘の上へ辿り着く。
「なっ……!」
そこから見えるのは魔王城。
荒れ果てた大地の先に巨大な城がある。かつては、メグレーズ王国よりも大きな国がこの場所にあったのだが、魔王に奪われてしまったため土地を捨てざるを得なかった。
ここから先10キロは何もない。
過去にいた魔王は、絶対的な力を手に入れたため勇者を自分の城で迎え撃とうと待っていた。その胸にあるのは慢心。自分よりも強い相手と巡り会ったことのない魔王は、誰にも負けるはずがないと思っており、勇者を前にしても慢心したまま戦っていた。それでもギリギリのところで負けてしまうだけの実力があった。
そして、自分と対等の存在が来ることを楽しみにしていた。
何もない荒野なら、さすがに勇者の接近を知ることができる。
歴代の魔王が全員そのような思考を持っていたため何もないまま放置されている。
以前に魔王がいない期間に防衛施設を建設しよう、という計画が近隣諸国の中で持ち上がり、実行に移されたらしいが魔物の多い土地では砦を建設しても長続きしなかった。
今回も、何もない空間を進むものとばかり思っていた将軍。
いや、実際に施設らしきものは何もない。
代わりに地面を覆い尽くすほどの大群が待ち構えていた。
「な、なんだ……この数は!?」
もはや数えるのがバカらしくなるレベルだ。
人類の決戦、ということで人間側は世界中から戦力を集めたおかげで数十万という数を集めた。
だが、その十倍の戦力が魔物側には集まっている。
中にはゴブリンなどがいて戦力を水増ししているのだろうが、それでも絶望的な戦力差である事には変わりない。こっちだって実力がそれほど伴っていない兵士も混ぜて数十万の戦力なのだから。
絶望的な心境を押し殺している将軍。
全員が魔王城の状態を確認できた時、魔物の軍隊の中から1体の魔物がこちらへと進んでくる。
警戒する騎士。
だが、魔物の正体が分かると警戒を解く。
こちらへ来た魔物は、映木。人ぐらいの大きさの木で幹には目と口に見えるような穴が空いており、左右から太い枝が飛び出している。太い根を使って自由に移動することも可能な木の魔物。
戦闘能力は低く、森の中をコソコソと移動するだけの魔物。
イメージツリーは、騎士たちの前まで来るとお辞儀をする。
その姿に騎士たちから思わず緊張が抜けてしまう。
「何をやっている! ここは既に魔王の領域。目の前にいるのが無害な魔物だとしても警戒を緩めていい理由にはならない!」
ランズリー将軍の喝に騎士たちが武器を構える。
そんな様子を気にせずイメージツリーが体を斜め上へ向ける。
戦闘能力の乏しいイメージツリーだが、木であるが故に感情に乏しく、騎士たちから殺気を向けられても気にせず自分の使命を全うする。
弱い魔物だが、一つだけ特殊な能力がある。
群体としての特性も微かに備えており、同じイメージツリーのみが対象だが、別の場所にいる繋がったイメージツリーの見ている光景を映し、聞いた音を届ける――そんなテレビ電話みたいな能力もある。
本来は、繋がっていない仲間に離れた場所にいる危機に陥った仲間の見ている光景を見せる為の能力。戦闘能力が乏しいからこそ、危機から逃れる為に身に付けた能力だと言われていた。
そんな能力も魔物を従える魔族にとっては有用だ。
なにせイメージツリーを介せば情報のやり取りが簡単に行える。
この世界の情報伝達能力は、口頭で行われるのが基本で通信技術は特別な魔法道具を利用して行われるのみ。しかも、持ち運べるような代物ではなく、新たに生産するのが難しい貴重品であるため壊れてしまう危険性の高い戦場へ持っていくことなどできない。
そんな問題をイメージツリーは解消することができる。
空中に人の姿が映し出される。黒いスーツを着た白髪の男性で、一見するとどこにでもいる普通の人間。姿を直接見れば魔力を感じて魔族だと断定することができるのだろうが、対峙しているのが映像では何も感じられない。
『初めまして、人類諸君それに異世界から召喚された勇者たち。私は、魔王軍四天王の一人であるコンラッド。以前は、自由気ままな四天王の纏め役なんてしていたけど、どこかの誰かさんに私以外の全員を殺されてしまったせいで今となっては無意味な役割になってしまったよ』
そう言って、俺を見下ろす魔族コンラッド。
こちらの存在をしっかりと認識している。
憎々し気にこちらを見る表情からは仲間の事を思い遣っている。魔王軍四天王というのも間違いではないのだろう。
魔王軍との対峙はランズリー将軍に任せるつもりでいた。
だが、向こうから指名された以上は俺が対応するのが礼儀というものだろう。
「お前らの自分勝手な都合に巻き込まれた憐れな被害者の一人だ。悪いが、お前らには全く興味がない。命が惜しいと思うなら、その場を退け」




