第1話 進撃開始
「おお、随分と集まっているな」
メグレーズ王国の王都。
王都の周囲は平原になっており、そこへ大勢の騎士が集められていた。
数日前から集まり始めた軍勢だったが、気付けば数十万レベルの軍隊になっていた。正確な数については興味がないから聞いていない。彼らは、オマケみたいな存在でしかない。
もっとも、戦後の事を考えるならオマケが重要になって来る。
「本当に。よく、これだけの戦力がありましたね。これだけいるなら勇者召喚なんて必要なかったんじゃないですか?」
散歩をしている俺とレイ。
王都を守る外壁の上を歩いていると王都の外に集められた騎士たちの姿がはっきりと見える。
「そりゃあ、人材の方が金とかよりも大切だったっていう事だろ」
集められた戦力を全てぶつけたとしても魔王に勝てる保証はない。
その結果、待っているのは自国の疲弊だ。
勇者召喚に際して、触媒となる貴重な宝石や大量の魔石が使われてしまっているみたいだけど、世界中から集めれば各国の負担は多くの騎士を失ってしまうことに比べれば微々たるもの。
ただし、そんな事に付き合わされるこっちはたまったものではない。
「だから、今回は彼らにツケを払ってもらうことにしよう」
魔王攻略。
これまでに召喚された勇者ならば少数精鋭を以て魔王城へと侵入し、最奥にいる魔王を倒すことになっていた。
「ところが、今回の勇者は魔王を倒す気がない」
「だから、魔王を倒す為には騎士の力が必要、ということですか?」
俺たちの目的は各国の王たちへは伝えてある。
つまり、魔王城の地下にある『楽園への扉』が目的であり、使用を阻むような者がいるのならば全て薙ぎ倒す。たとえ、魔王が立ちはだかったとしても消えてもらうつもりでいる。
「俺は魔王を薙ぎ払うつもりではいるけど、魔王を倒すつもりはない。俺の攻撃で半死半生の傷を負っていたとしてもトドメを差すつもりはないから魔王を倒す戦力が必要になってくるんだよ」
それが騎士たちの役割の一つ。
たったそれだけの事の為に数十万も集める必要はない。
これだけの数が集められたのには理由がある。
「今回の遠征には少なからず国の威信が関わっている」
その時、整列された騎士たちの前に一人の男が立つ。
「諸君、このような場所まで集まってくれたこと感謝する!」
現れたのは黒い鎧を身に纏った大男。
持っていた大剣を地面に突き刺して騎士たちを睨み付ける。誰が上に立つ者なのかを示す為のデモンストレーションだ。
歴戦の猛者らしく、各国から騎士を寄せ集めた今回の大遠征の総指揮官に任命されていた。
この任命にも国の思惑が絡んでいる。
「私はフェクダレム帝国の大将軍ランズリー! このような誉れある立場に任命された事を嬉しく思う。だが、これは国の意向があっての事だと思っている。本来ならば、最大国であるメグレーズ王国から選ばれるところなのだろうが……」
ランズリー将軍の目がメグレーズ王国の将軍へ向けられる。
各国の連合軍には当然のようにメグレーズ王国の将軍や騎士も含まれている。
本来なら誉れある立場として華々しい気持ちでこの場にいるはずだった。
ところが、今の将軍はすぐにでも逃げ出したいほどの恥ずかしさに襲われていた。それでも逃げ出していないのは、メグレーズ王国の将軍としての責任があったからだ。
「恥ずかしくないのか?」
「あれで、最大国家だってよ……」
「俺なら恥ずかしくていられないな」
囁き声が将軍の耳にも届く。
「貴様ら!」
ランズリー将軍が囁き声を聞いて叱責する。
「騎士ならば他人を貶めるような噂話は止めろ! 事実は事実として堂々と口にしろ!」
「はっ、申し訳ありません」
「私はむしろ感謝している! 第2位であるフェクダレム帝国の倍近い戦力を保有していながら集められたのは、私たちフェクダレム帝国と同等程度の戦力だったとしても共に戦う仲間である事には変わりない!」
嘲笑わない、そんな事を言いながらランズリー将軍の内心には優越感が見え隠れしていた。
メグレーズ王国は国土が広く、人も多いため国中から集めればフェクダレム帝国を圧倒的に上回る戦力を集めることができる。にもかかわらず集められた戦力は帝国とそれほど変わらない数だった。
集められなかった戦力は、貴族が保有する戦力で、彼らは国の意向を無視して自分たちの領地に引っ込んでしまった。
「全ての戦力が魔王討伐へ出てしまっては国民が危険に晒されることに……」
「その程度の事は私たちも考えている。もちろん、国には防衛ができるだけの最低限の戦力を残している。だが、今回は世界の運命を賭けた戦い。戦場に出る騎士だけでなく、民もまた自分たちの運命を委ねなければならない! 私はそのように考えている」
「それは……」
将軍だって世界の運命を賭けた戦いに力を尽くしたい。
しかし、腐敗してしまったメグレーズ王国の政治では国全体へ届くような統治力が失われてしまっており、どうにもならなかった。
「まあ、いい。今日には魔王城へ向けて出発することになる。全員が生きて帰ることは絶対にないだろう。それでも、この戦いに参加した者は未来永劫英雄として持て囃されることになる。逆に、戦う力があるにも関わらず参加しなかった者は末代まで……子孫も腰抜け、腰抜けの子孫として嘲笑られることになるだろう。勇気ある戦士たちよ、雄叫びを上げろ!」
『おぉ!』
「この場にいなくても、故郷に残った者たちも君たちと共に戦う者たちだ! 彼らの分まで戦え!」
『おぉ!』
その中にメグレーズ王国の不参加者たちは含まれない。
メグレーズ王国の不参加者たちを腰抜けとして言うことで騎士たちの士気を上げていた。
そして、このように言っておくことで戦後に残された潤沢な戦力で侵略などが行われることを防いだ。
仮に、メグレーズ王国が戦力を失って弱ったフェクダレム王国へ侵略したとしても待っているのは世界中からの非難だ。メグレーズ王国が侵略に成功したのは魔王との戦いで戦力を出し惜しんだおかげだ。その瞬間にメグレーズ王国は絶対的な悪となり、大義名分を各国へ与えてしまう。
それが分かっているからこそ王国の上層部としては戦力を出させたかった。
けれども、言う事を聞かなくなった貴族に命令を聞かせることができなかった。
恥ずかしそうに俯いているメグレーズ王国だけが声を挙げられないでいた。
「総員、進軍!」
『おう!』
高らかに騎士たちが北へ進んでいく。
数十万の人間が一斉に移動しているため遠くから見ていると歩くだけで砂煙が舞っているのが見える。
「あの数が移動するのは大変ですね。少しは手伝ってあげたらよかったのでは?」
同じように別の場所から騎士たちの様子を見ていたショウとハルナが近付いて来る。
「残念だけど、フリューゲルは現在隠密行動で魔王城近くに潜伏中だ」
浮遊城フリューゲル。
さすがに数十万人を一度に運ぶことはできないが、数万人程度なら魔王城の近くまで運ぶことができる。
しかし、魔力を大量に消費してしまうが、姿を隠す能力が備わっていたので魔王城近辺で待機させている。フリューゲルの存在が知られているか否かは、魔王軍との戦いを大きく左右することになる。
できることならフリューゲルの存在を知られないまま効果的な戦果を挙げたい。
「俺が彼ら全員の兵站を担うだけでもありがたいと思ってほしい」
彼らの食事や寝床といった兵站。
本来なら、運ぶ為の人員だけで、さらに数万人が必要になるところを無限の【収納魔法】を持つ俺が収納から調理された食事を出し、組み立てられたテントを出すことにより、たった一人で担ってあげるのだ。
これ以上の好待遇はないだろう。
「それでも、目的地まで1週間ですよ」
「長い旅になりそうだな……」
オマケに対して必要以上に付き合うほどの良心は残されていない。




