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第36話 全ての準備は整った

 吸血鬼ビルツの首を掴んで持ち上げる。

 ビルツの体からは大量の血が流れており、持ち上げている俺の手にも掛かっている。本来なら吸血鬼の血を受けるなど自殺行為にも等しい行為なのだが、俺の体に触れた瞬間、何の効果も及ぼすことなく消えてしまう。血が触れたほんの一瞬だけは効果を発揮させることができるのだが、その程度の時間では意味を成さない。


「こ、こんなはずでは……!」


 四天王まで登り詰めたビルツ。

 彼の中では余裕で人類を駆逐できるイメージでもあったのかもしれない。


「ワシは、こんなところで死ぬ、訳にはいかない……!」


 力を振り絞って首を掴んでいた手に触れる。

 が、ダメージを受けた体では触れるのが精一杯。そもそもビルツのステータスでは俺の手を払いのけることはできない。


「ワシから全てを奪っていった貴族連中から全てを奪い取るまでは……!」

「そういうのいいから」


 首を握り潰して放り捨てる。

 首の半分以上が喪失した体が打ち捨てられていた。


「ぐ……はぁ……ぁあ」


 それでもギリギリ生きている。

 吸血鬼の再生能力があるからこそ生きていられるが、既にその命は風前の灯だ。


 王都に向かってビルツが手を伸ばす。


「ああ、最期に期待するのが自分の力じゃなくて他人の力なのか」


 その行動が意味するところを正しく理解する。

 だが、無意味だ。


「都市に眷属を潜ませていたみたいだな。もちろん、そいつらは全員倒してある。どれだけの策を弄していても俺たちには露見する」


 相手が吸血鬼だと分かった時点で『叡智の書』を使用してスペックに関しては調べてある。

 そうして考え得る策を先読みし、漏れがあったとしても『聖典』で過去へ戻ればいい。幸いにして1回の使用だけで済んだ。


「……こう、かいしろ。まおう、には……かてなぃ!」

「安心しろ。魔王には興味がない」


 ようやくビルツも息を引き取った。

 異常なまでの再生能力があるだけで死なない訳ではない。


 死体を収納すると魔結晶も確認することができた。


「……微妙」


 吸血鬼としての能力。

 再生能力や身体能力の向上。ただし、パワードやアクセルの魔結晶がある状況では、そこまでの価値があるようには思えない。むしろ、能力が能力なので、あまり使っていないが洗脳能力を持っていたロットの方が有用性はありそうだ。


「ま、ステータス向上には役立ってくれているからいいか」


 戦場となっていた場所を後にする。

 王都の傍まで戻ってくると騎士団がポカンとしていた。


「魔王軍四天王の一人は俺が倒した」

『おおぉ!!』


 改めて宣言すると歓声が上がった。

 騎士たちによって、あっという間に取り囲まれる。

 その表情は好意的な笑顔だ。


 と、騎士たちの奥から数人の男性が現れる。

 彼らは王国の重臣。先頭には宰相もいる。


「よくやってくれた。後で国王陛下から勲章と言葉が送られる。ありがたく頂戴するといい」


 勲章と言葉。

 宰相にとっては最も栄誉な物なのだろう。


 だが、元の世界へ帰る予定の俺にどれだけの価値があるというのか。


「お断りします」

「なに!?」

「その代わり、こちらの要求を呑んでほしい」


 瞬間、騎士たちから殺気が溢れる。

 国王からの褒賞を断る。本来なら絶対にあり得ない行動だ。


「貴様、正気か!?」

「当然。もしも、そっちにその気があるなら受け入れられるはずだ」

「くっ……」


 宰相が歯を噛み締める。

 現状、メグレーズ王国は俺たちの意向を汲むしかない。


「四天王との戦いでメグレーズ王国の騎士は大半が失われるはずだった……いや、俺たちがいなければ全滅していた可能性だってあった。詳しい事は聞いていないけど、ビルツ自身がメグレーズ王国を恨んでいたみたいだから本当に壊滅していたとしてもおかしくない」

「……何が言いたい?」

「これから戦力が整い次第、魔王城へと攻撃を仕掛ける。メグレーズ王国には他の国よりもさらに前線で戦ってもらう」

「……!!」


 俺の要求。

 それは、最も危険な場所を自分たちだけで戦え、というものだ。

 宰相の思惑は分かっている。俺がいなくなった後で他国に対して侵略を行うことで自国の経済を回復させようと考えた。その為にも、自国の戦力は温存しておき、他国の戦力を削る必要があった。


 ちょうどいいイベントがある。

 魔王軍との戦い。

 大国ということで色々と言い包めてメグレーズ王国は戦力を温存する方向に持っていきたかった。

 ……本当に考えることがセコイ。


 だから、決して断れない状況を作った。


「まさか魔王との戦いに参加しないつもりはないですよね。その場合には非難轟々ですよ。大国らしく、最も華々しい立場で戦ったらどうですか?」

「……!」


 挑発するように言うと顔を真っ赤にさせていた。


「いいだろう……」


 宰相が折れた。


 その時、騎士の中から一人の騎士が飛び出してきた。


「覚悟ッ!」


 決意を滾らせた目をしたまま剣を突き入れてくる。


「覚悟って言われても……」


 人差し指を出して剣を受け止める。


「な、えっ……?」


 防御が剣を弾いたり、剣で受け止めたりするような方法であれば騎士も戸惑わなかったはず。

 さすがに指先だけで受け止められるとは思わなかった。


 騎士が力を込める。

 が、剣はビクともしない。


「危ないな。もう……」


 剣を摘まんで奪い取ると地面に突き刺す。


「どうやって……」

「単純にステータスの差かな。ここにいる騎士全員が敵に回ったところで俺を殺すことなんて絶対に不可能だ」


 慢心している訳ではない。

 あまりに強くなり過ぎたため騎士たちの実力ではクリティカルヒットすれば1のダメージを与えられるかもしれない。ところが、体力の方も既に限界を超えているので数日掛かろうとも0にすることはできない。


「おっと」

「ぐふっ」


 襲い掛かってきた騎士が剣に手を伸ばしたので蹴り飛ばす。


「収納」


 貴重な証拠品だ。

 奪い取ったところで問題ないだろう。


「わ、我が家の宝剣が!」

「宝剣?」

「そうだ。我がテスターレ家は、一方的な徴収によって資産のほぼ全てを貴様に奪われた! 家族は路頭に迷い、私が養わなければならない状況……って、何をしている!?」

「テスターレ家……」


 説明を始めた騎士を無視して資料から情報を探す。

 ある所には汚職の証拠になりそうな書類が残されており、それらを国中からかき集めた結果、必要な情報を手にすることができた。


 どうやらテスターレ家は、2回前の勇者召喚が行われた時に当主だった人物が大臣の一人だったこともあり、横領に手を出して資産を自分の物にしていた。


「貸していた金を返してもらっただけだ」


 俺に受け取る権利はない。

 が、本来の使い道で使われなかった以上は、それぞれの国へ返還されなければならないのだが、恩がある各国は勇者の為に使われるべきだと返還を辞退。さらに昔のお金なので今さら返されても困るらしい。


 結局、俺が預かるしかなかった。

 いずれは受け取るはずだった人たちにきちんと渡すつもりでいる。


「な、何百年も前の当主が横領した金だ。それを子孫である私たちに返済せよ、などと……!」

「たしかに親の借金を子供が返さなければならない理由はない」


 法律でそのように決まっている。

 それは、どこの世界でも変わらず異世界でも同様だ。


「けど、お前らはダメだ」

「な、何故だ……」

「当時の当主は、貴族の特権を利用して莫大な金額を横領した。当主本人がした横取りした金じゃない。テスターレ家が横取りした金だ。返済は、テスターレ家が行うべきだ」


 これが商人などから借りた金だったなら、大きな問題にはならなかった。

 しかし、世界を救う勇者を支援する為に他国から寄付されたお金。当然、他国からの反発は強くなり、メグレーズ王国としても蜥蜴の尻尾切りのようにテスターレ家を捨てざるを得なかった。


「文句があるなら当時の当主に言うんだな。アンタら家族が路頭に迷うのは、全て当時の当主の責任だ。テスターレ家は滅びるべくして滅びるんだよ」

「クソッ……! ならば、宝剣ぐらいは返せ! それは先祖代々受け継いできた物だ」

「宝剣、ねぇ」


 たしかに宝石が柄に埋め込まれ、何やら効果のありそうな文字が刀身に刻まれている。いかにも何かありそうな剣なのだが、宝石以外に価値があるようには思えない。

 それでも、宝石に価値があるのは間違いない。

 最後には宝石を売ればいいだろう。


「じゃあ、後はよろしくお願いしますね。勇者たちの滞在費用とかは全てこちらで持ちます。彼らが過ごしやすいようサポートをお願いします」

「ま、待て……宝剣は!?」

「テスターレ家の資産を全て奪っても横領した金額には届かなかったんだよ。どんだけ散財しているんだよ。とにかく、足りなかった分は宝剣で補う。先祖代々受け継いできた剣だっていうなら、これもテスターレ家の持ち物だ。きちんと本来の使い方をさせてもらうさ」

「この野郎が……!」


 殴り掛かってきたので回避する為にも『転移の宝珠』を使って跳ぶ。

 転移先は外壁の上だ。ここからなら世界の様子が見て取れる。


「全ての準備は整った。残る敵は、最後の四天王と魔王。それに魔神だけだ。ようやく全員を連れて帰ることができる」

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