第33話 吸血鬼眷属の軍勢
森から出てきた人々。
彼らは普通の人間にしか見えない。
だが、彼らが発している雰囲気は既に人間のそれではない。
「何だよ、あれ……」
ああいった状態になった人間を初めて見た工藤先輩が呟いた。
俺も見るのは1周目も含めて2回目だ。
「あなたは分かりますか?」
近くまで来ていた東側を担当する黒竜騎士団の団長――セルゲイに尋ねる。
黒い竜の意匠が鎧の胸に施された巨漢の男に尋ねる。王都にある4つの騎士団の中でも防御が得意な騎士団だと聞いている。このように王都が攻められた状況で建設的な意見が聞けるはずだ。
「……吸血鬼、だな?」
「正解です」
吸血鬼――不死者の一種として分類されるが、それは驚異的な再生能力を持っているためであり、決して一度は死んだ者ではない。もっとも、目の前に現れた軍勢は生きているものの死んでいると言えるかもしれない。
「現れたのは吸血鬼の眷属です」
吸血鬼には、相手の血を吸い、自分の魔力を含ませた後に血を与えることによって相手の性質を吸血鬼に近付け、自らの意思のまま操ることができる『眷属』へと変えることができる能力がある。
眷属になった者は、それまでとは比べ物にならないほど身体能力が向上し、再生能力も僅かながら付与される。
「まさか、先ほどまでいた魔物は……」
「吸血鬼によって眷属にさせられた魔物ですよ」
眷属になったことで通常よりも身体能力が強化されていた。
そのため灰狼が相手でも勇者は苦戦させられた。
「だが、吸血鬼などお伽噺の中でしか聞いたことがないぞ」
お伽噺、と言っても昔は実在した魔物を題材にした話だ。
大昔、際限なく増やせる軍勢のおかげもあって猛威を奮っていた吸血鬼だったが、その状況を良しとしなかった当時の人々が一致団結して吸血鬼を根絶やしにした。
その甲斐あって吸血鬼を見かけることはなくなった。
「ええ、今回の敵は吸血鬼であって吸血鬼ではありません」
「なに!?」
「敵は、吸血鬼と同じ能力を持った魔族です」
それが四天王ビルツの能力。
お伽噺の中にしかいないはずの吸血鬼を限りなく再現させた。
「では、どうするんだ?」
吸血鬼との戦い方など知っている者はいない。
「俺も文献程度の知識しかありませんよ」
それと試しに攻撃してみた1周目での出来事ぐらいだ。
その時、吸血鬼の眷属が一斉に走り出した。
「あ、あれは……!」
距離が近くなれば相手の顔もハッキリとしてくる。
「あそこにいる連中の何人かに見覚えがあります! あれは、南にあるヤッタカの街に住んでいるはずの奴です」
「それだけじゃない。ヤッタカの近くにある村の奴もいるぞ」
騎士や兵士が気付き始めた。
「これが北ではなく、南から攻めてきた理由ですよ」
「くっ……」
魔王軍が攻めてくるなら本拠地である魔王城がある北側から攻めた方が効率いい。現に以前、攻め込まれた際には迂回して西寄りになっていたものの北側から攻められていた。
だから王都では北側の戦力を増強させていた。
ところが、ビルツは南側から攻めてきた。
その理由は――
「近くの街で戦力を現地調達してきたんでしょうね」
騎士たちが気付いたようにヤッタカという街を中心に戦力を補給したのだろう。
前回は、近くに騎士がいなかったので眷属たちがどこから調達されていたのかは放置していた。
「どうにか元に戻す方法はないのか?」
セルゲイの言葉に誰もが顔を見合わせる。
王都へ攻め込んで来ているとはいえ、元は自分たちと同じ人間。しかも、同じ国に住む見知った相手。騎士にとっては、守るべき存在だ。
そんな相手へ刃を向けなければならない。
心苦しさから助ける道を模索する。
もちろん、俺も彼らを眷属から元に戻す方法は知らない。
「十字架とかニンニクはどうだ?」
話を聞いていただけの工藤先輩が提案してくる。
吸血鬼の弱点として定番中の定番と言える物。
「なんだ、それは……?」
セルゲイは聞いたことがなかった。
この世界における吸血鬼は、大昔に猛威を奮った伝説の存在として知られるだけで弱点などについては語られていない。というよりも身体能力と再生能力が強化されているだけの存在なので苦戦しながらも倒した、という方法だった。
物語になると、その戦いで英雄的な活躍をした人物が描かれることになる。
とにかく、弱点と言えるようなものは明記されていなかった。
「俺たちの世界でも吸血鬼は伝説上の存在として語られていました。その時に、どうやって倒したのかも語られているんです」
もっとも、空想上の物語だ。
それをファンタジー世界でリアルに試すのは危険だ。
「くっ……何でもいい。試してくれ!」
「試すって言われても……」
思い付きで提案してみたものの吸血鬼の弱点になるような物など都合よく持ち合わせている訳がなかった。
困り果てているので助け船を出すことにする。
「はい。十字架とニンニク」
収納からドサドサと様々な十字架を出す。
いくつもの十字架が山のように積み上がっていた。
その横にスーパーのビニール袋に入ったニンニクがちょこんと置いてある。
「何で持っているんだよ!?」
「いやぁ、何かに使えるかと思って」
土産物から教会に飾られている本物の十字架まである。たしか由緒正しい教会の十字架も含まれていたはずだけど、十字架の善し悪しなんて分からない。
「まあ、いいや」
十字架を手に取る工藤先輩。
「ま、まさか勇者様自ら出陣なされるつもりですか!?」
「これは俺の提案した事です。それに十字架を持って敵の前に立つというのは非常に危険です。俺なら逃げるぐらいはできます」
「……分かりました」
セルゲイが渋々承諾する。
工藤先輩が戦場を駆け抜け、眷属たちの前に立つ。
「これで、どうだ!」
高々と十字架を掲げる。
効果を期待してなのか工藤先輩とそれほど変わらない大きさの十字架を掲げている。
「なんで!?」
残念ながら眷属は止まらない。
仕方なく持っていた十字架を投げ付けると先頭にいた眷属の何人かが止まった。
歩みは止まったけど、期待していたのはこんな効果じゃない。
「じゃあ、これならどうだ!」
ニンニクを大量に投げ付ける。
「……ダメだった」
すぐに工藤先輩が戻ってきた。
こちらへ迫って来ている眷属は一般人。全力で走れば勇者の方が圧倒的に速いのだから王都まで到達するには少し時間が必要になる。
「やっぱり、ですか」
元の世界で語られるような弱点が通用するとは思っていなかった。
そもそも、今は正午。吸血鬼の弱点として最も有名な太陽の光が燦々と輝いている状況にも関わらず、眷属に何かしらの制限がある様子はない。
なので、おそらく他の弱点もダメだろうな、と思っていた。
「先に言えよ」
「いやですよ。面倒臭い」
こっちには既に対処法が存在しているのに弱点を模索してしまった工藤先輩。止めるのも面倒臭かったので行かせることにした。
「何だよ、方法って」
「騎士団長さん」
「何だ?」
工藤先輩を無視してセルゲイに確認することにする。
「騎士団としてこのような場合はどうしますか?」
「……非常に心苦しいところではあるが、王都を守る騎士としては襲撃者を倒さなければならない。たとえ、それが意に沿わず操られているだけの存在だとしても」
「彼らを殺す、そういう風に解釈していいですか」
「構わない。数の上では向こうの方が圧倒的に多いのだから、こちらの犠牲も出るだろうが、それが騎士の役割というものだ」
セルゲイには覚悟ができているみたいだ。
惰性で騎士になった貴族出身の騎士とは大きく違う。
「さすがに眷属になった奴らを元に戻すことはできませんが、犠牲を出すことなく殲滅することなら可能です」
「本当か!?」
ちょっと手伝うぐらいならいいだろう。
「【収納魔法】――第5段階【無限複製】」
やっと【収納魔法】最終的な到達点を披露できます。
この為に9章のボス戦に集団戦を組み込んだようなものです。
もっとも、やっているのは【無限の剣製】みたいなものですけど。




