第32話 勇者と四天王
ジュンイチは次々と魔物を斬っていた。
最初に出てきたフォレストウルフは敵の戦力を釣り上げる為の囮でしかなく、すぐにゴブリンが森から出てきた。フォレストウルフと同様に何らかの方法によって強化されていたが、瞬く間に切り伏せる。
そして――オーク、オーガと強化されていった。
「くっ……」
強化されたオーガを切り伏せると思わず剣を支えにして膝をついてしまった。
後ろを見る。既に自分と一緒に立ち向かってくれた兵士の何人かが犠牲になっており、フォレストウルフに貪り尽くされていた。
「この……!」
体を奮い立たせて剣を向ける。
――ゾクッ!
「……なんだ?」
森から感じる異様な気配に振り返る。
そこにいたのは髭を生やした大男だった。
「ふむ。先ほどまでの戦いぶりを見るにワシらほどの脅威にはならない。ただし、ワシを脅威に感じられる程度の力は持っているみたいだな」
「お前……!」
思わず大男に対して剣を向けてしまっていた。
完全に無意識の行動だ。
「これこれ。そのように逸るものでないぞ」
対して大男の方は落ち着いていた。
大量の魔物が湧いている状況で落ち着いている方が異様だ。
「自己紹介でもさせてもらおうか。ワシは現代の魔王軍で四天王をさせてもらっているビルツという者だ」
「四天王……!?」
「さて、どこまで楽しむことができるか」
その言葉を最後まで聞くことはできなかった。
一瞬で肉薄したビルツが拳を叩き込み、直撃を受けてしまったジュンイチが大きく吹き飛ばされていた。
「けほっ、けほっ……」
「ふむ。粉々にしてやるつもりで殴ったのだが、意外としぶといな」
口から色々な物を吐き出しながらどうにか耐えているジュンイチ。
ビルツの攻撃は、人の腹部を貫通できるだけの力があった。それでも耐えられたのはメグレーズ王国から貸し与えられた国宝である『聖鎧』を装備していたことと【絆の力】によりステータスが強化されていたことに理由がある。
ジュンイチが生き残ることを願われたことにより、耐久力が増していたおかげで耐えることができた。
だが、2度目はない。
今の一撃だけで鎧は割れてしまっているし、ジュンイチ自身が全くダメージを負わなかった訳ではないのでフラフラだ。
「これが四天王の実力……」
「ふん、つまらんな。さらに鍛えればワシらよりも強くなれたかもしれんが、お主以上の脅威が存在する以上は見逃すような真似はしない。全力を以て排除するのみよ」
ビルツが膝をついたジュンイチに向かって手刀を振り下ろす。
鍛え上げられたステータスで放たれる手刀は下手な刃よりも鋭く、人間の体を斬ることだって可能になる。
思わず目を瞑ってしまうジュンイチ。
けれども、どれだけ待っても衝撃が来るようなことはなかった。
「貴様……」
怨嗟の籠ったビルツの声が聞こえる。
「やれやれ。どれだけの力を持っているのか期待していたところがあるんだけど、仲間が一緒に戦っていないとこの程度なのか」
「お、お前……」
「ちょっと助けに来ましたよ」
☆ ☆ ☆
振り下ろされた手刀の手首を掴むことで攻撃を止める。
強引な方法だけど、これ以上に確実な方法も存在しない。
「やっと出てきたか」
「うるさい」
至近距離で大声を出されるとイライラする。
――ゴキッ!
「ぐわぁ!」
思わず掴んでいた手首に力を入れ過ぎて捩じ切ってしまった。
ただ、それで掴んでいた場所に空間ができてしまったらしく、抜けられてしまった……まあ、あいつにはそこまで拘っていないからいい。
「それで、敵との戦力差は分かったかな?」
「……」
「今のあなたでは四天王とはまともに戦うことすらできない。それが現実です」
「そんな事はない!」
「さっき思いっ切り目を瞑っていたのに?」
目を瞑っていた事を指摘すると顔を真っ赤にしていた。
「クッ……攻撃さえ当てることができれば」
工藤先輩の持っているスキル【神聖剣】。様々な属性を刃に纏わせることが可能で複数の属性を掛け合わせることによって強力な一撃を放つことができる。実際に見た訳ではないが、魔族が相手でも一撃で斬ることができるだろう。
まさに勇者に相応しい一撃だ。
「じゃあ、攻撃を当ててみるといいですよ」
「当てられれば苦労はしない」
相手との実力差をそれなりに痛感しているらしく、無闇に攻撃をしようとは考えていなかった。
「その辺は俺がサポートするので大丈夫です」
「サポート?」
「とにかくデカい一撃を放って下さいよ」
「……分かった」
工藤先輩の持つ聖剣に炎が蛇のように纏わりつく。次いで電撃が激しく舞い散り、刀身から光が放たれる。
【火】と【風】と【光】を混合させた技だ。
「行くぞ――」
光を放つ剣を携えながらビルツに向かって駆ける。
「ハッ、遅い攻撃だ」
回避するべく動こうとする。
だが――
「悪いけど、回避は禁止だ」
「なっ……!」
工藤先輩の放つ派手な攻撃に気を取られている間に後ろへ回り込んだ俺がビルツの両肩に手を置いて動けないよう押さえる。
そのまま振り下ろされた剣がビルツの体を斬り、鮮血が舞う。
「ふぅ……」
「お疲れ様。満足されましたか?」
「ああ、満足した」
強力な一撃を放ったことにより疲れてはいるものの満ち足りた表情をしている工藤先輩。
「じゃあ、邪魔なんで帰って下さい」
「イタタッ……」
「そんな……!」
斬られたビルツは死んでなどいない。
ダメージは確かに受けていたが、起き上がっている間に回復している。
「なかなか強力な一撃だったが、その程度だ。ワシを殺すほどではない」
「そ、そんな……!」
勇者のスキルである【神聖剣】に絶対の自信を持っていた工藤先輩。
とはいえ、魔王を討伐するレベルなら全属性を使えなくては話にならない。
「悪いが、邪魔なんで先に倒させてもらう」
「ひっ……!」
怯えながらも剣だけは構える工藤先輩。
とはいえ、剣はガタガタ震えているし、フェイントを入れながら接近しているビルツの姿を捉えることができていない。
「ほい」
ビルツの前に大岩を出現させる。
「この程度……!」
拳の一振りで粉々に砕いてしまう。
その間に工藤先輩を荷物のように抱えて退避させてもらう。
「……まあ、いいだろう。このまま大国を潰させてもらう」
☆ ☆ ☆
「はい、到着」
王都まで工藤先輩を運んでくる。
すると、工藤先輩のパーティメンバーが駆け寄ってきた。
「お前ら……」
「良かった。本当に良かった……」
涙を流している女子までいる。
「さて、工藤先輩。どうして仲間が涙を流しているのか理解できますか?」
「それは、俺が生きていたからだろ」
「そうですね。皆、全員が生き残ることを目標にしています。その『全員』の中にはあなたも含まれています。けど、あなたは昨日から何をしていましたか?」
魔王を倒した後の事を第一に考えて、今を生き残ることが疎かになっていた。
もっと本気で生き残るつもりがあったのなら、俺から土下座をしてでも四天王の能力について、自分のスキルが通用するのか。何よりも一周目の時にはどのような事が起こったのかを聞くべきだった。
ところが、工藤先輩は俺から情報を得られないと知るや否や諦めてしまった。
「ま、こっちはそれでもいいですけどね」
ただ、工藤先輩が死ねば悲しむ人がいることを忘れてほしくなかった。
「ごめん……」
「ううん。無事ならいいの。ここから先は私たちも戦うから」
一人では勝てなくても4人で力を合わせれば勝てる。
そんな幻想を抱いているのだろう。
「残念ですけど、それは不可能です」
一周目の時は、3人でビルツに辿り着けるまでの道を作り、工藤先輩が戦える状況を作り出していた。そうして、先ほどと似たような状況が作り出されて足止めの為に残った3人も犠牲になってしまった。
「足止め……? けど、いくら強化されていたとしてもゴブリンやオーク相手に俺たちが苦戦させられるようなことはないぞ」
「じゃあ、あれならどうです?」
既にビルツの準備は整っている。
ワラワラと森の中から湧き出してくる人。中には鎧に身を包んだ騎士まで混じっており、個々の力も強そうに見える――が、異常なのは数だ。
「うそっ……」
既に数百人が森から出てきているにも関わらず、鋭い牙が口の端から生えた人間が次から次へと飛び出していた。




