第28話 勇者の葛藤
工藤先輩を連れて宰相の執務室を後にする。
「……おい」
隣を歩く工藤先輩を睨み付ける。
「俺は面倒事を起こすなって言ったはずだぞ」
今後の計画について説明を終えた後、面倒事を起こさないよう厳命しておいた。
にもかかわらず、1周目では宰相によるものと思われる妨害が明日までの間で何度かあった。全て取るに足らないものだが、そんな妨害などない方がいいに決まっている。
「俺は……やっぱり受け入れられない」
「へぇ」
「この世界の人だって困っていることには変わりないんだ。いくら俺たちの目的を叶える為に必要だからって、この世界に生きる人が必要としているものを奪うのは間違っている!」
計画が順調に進めば世界は崩壊までしないものの苦しい時代を迎えることになる。考えようによっては魔王が復活した時代よりも厳しい状況が長く続くことになる。
「だから、もっといい方法を探すべきだ」
誰にとっても幸せな結末。
それを探そうとする姿は、まさしく勇者と言えた。
「違うな――」
ただし、それが工藤先輩の本心だった場合の話だ。
「……どういうことだ」
「あんたは別に元の世界へ帰りたいとは思っていない」
「そんなことは……」
「召喚されてからは随分といい思いをしたそうじゃないか」
特別な力を与えられた。
しかも、特別な存在となった自分のことを異世界の人間は誰もが褒め称えてくれる。
元の世界にいた頃と比べれば大違いだ。
いつしか、帰りたいとは思わなくなっていた。
「あんたの本心は、この世界で勇者としての力を振るい続けてチヤホヤされることにある」
「違う!」
「だけど、俺たちが目的を叶えてしまうとチヤホヤされる状況なんかじゃなくなってしまう。だから妨害しようと考えた」
「……」
工藤先輩は何も答えない。
間違いなく図星だったのだろう。
世界から脅威が消え去り、不安定になれば一人の人間だけを褒め称える状況ではなくなってしまう。
そんなことは許容できなかった。
ただし、自分から動くのはリスクが大きい。
もしも、そんなことをしてしまったことが人々に知られてしまった場合には人々の心が自分から離れていってしまうことが分かっていた。だからこそ妨害してくれそうな人物として宰相を頼った。
「ま、今のあの人にできることは大したことないけどな」
「それは、どういう……」
「国から金を巻き上げることにした訳だけど、国民の生活の為に使われる税金に手をつける訳にはいかないんだよ」
国民は何も知らない。
真実を隠蔽していた王国の被害者だ。
「だから、召喚について知っていた人間から巻き上げることにした」
国王や宰相、それに歴代の重臣たちが対象だ。
彼らの所有していた資産は全て没収。そのうえで生きていくには困らないだけの衣食住を毎日のようにお小遣いとして渡していた。
「それが彼らへの罰だ」
1日に銀貨1枚。
だいたい1000円ぐらいのお小遣いだけをもらって生活している。
「宰相とかの役職はかなりの激務だ。それなのに役職に就こうと出世に燃える連中が多いのはどうしてだと思う?」
「それは……」
「答えは実入りがいいからだ」
単純に給料がいい。
それ以外にも権力を手にしているだけに賄賂を受け取る側に立っている。
「ところが、俺はその実入りを最低限しか認めていない」
そんな仕事を誰がやりたがるのか。
誰もやりたがらない。
「今の宰相には最低限の実入りだけで仕事をしてもらう」
「そんなことをしたら倒れるぞ」
「その時は誰か別の人間に代わってもらえばいい。尤も、代わりを務める者がいない時には国が亡びるだけの話だ」
「……っ、お前は本当にそれでいいのか!?」
「ここまで準備するのに俺がどれだけ苦労したと思う?」
自分よりも格上の相手に戦いを挑み、何度も死にながら強力な兵器を死守する為に強敵と戦う。
こんな面倒事に巻き込まれれば気を遣う気など失せる。
「この世界にいる人々は今まで自分たちが背負わなければならない苦労を異世界から無理矢理呼び出した勇者に背負わせていた。そのツケを一気にまとめて払うことになるだけの話だ」
世界が滅びる訳ではない。
少しばかり苦労をするだけのことだ。
「それでも俺は納得できない。たしかに動機はチヤホヤされたいっていう不純なものだけど、もっといい解決方法があるはずだ!」
「だったら探せばいい。ただし、タイムリミットは短いぞ」
明日、3人目の四天王がメグレーズ王国へと攻め込んでくる。
それは、既に確定事項であり決して覆るようなことはない。
「俺のやろうとしていることが間違っている、と言うのなら自分で正しい方法を見つければいい。ただし、俺たちはこの方法以外を試すつもりはないから明日の四天王とも戦うつもりはない」
「そ、それじゃあ、この国の人間が犠牲になるだろ!」
「そうだ。犠牲になる」
この目ではっきりと見ていたから断言できる。
「見捨てるのか!?」
「逆に助けなければいけない理由もないんだよな」
自分たちにとって都合のいい理由があれば助けてあげてもいい。
が、今はどっちでもいい。
なので、心情としては『助けない』方に傾いている。
「もう、いい! お前が見つけた方法よりも、もっと多くの人が助かる確実な方法で元の世界への帰還を果たしてみせる!」
「俺の方法は確実ですよ」
言い捨てるようにして俺の傍から離れていく。
「いいんですか、これで?」
「驚かすなよ……」
暗い廊下の端が揺れる。
廊下の死角になっていた場所にマコトが立っていた。
他人の動きをコピーすることができる【模倣】のスキルを所持しているマコトは、これまでに剣士だけでなく暗殺者からも動きをコピーしていたため、このような暗がりに潜むことなど造作もなかった。
「姉さんたちに頼まれました。あなたは元の世界へ帰る為に必要不可欠な存在ですから絶対に失う訳にはいきません」
それで護衛みたいなことをしていたのか。
「それで、彼に本当に探させるつもりですか?」
「好きなように行動すればいい。絶対に成功しないんだから」
「そうなんですか?」
「なにせ俺の方法は絶対に成功するんだから」
自信満々に言い切る俺の言葉にマコトが首を傾げていた。
「正しくは、成功した、だ」
「それって……」
今後の方針が決まった段階で答え合わせを行っている。
相手は、元の世界にいる未来の俺だ。
『その通り、正解だ。全ての準備が整い、後は実行するだけの段階になったから教えてやるが、俺はその方法で全員を召喚された瞬間へと連れて戻って来た』
既に『実行された』という保証が俺の中にはある。
だから、何をしようとも結果は覆らない。
「それに、あいつがチヤホヤされる為にはメグレーズ王国に滅びてもらっては困る。明日攻めてくる四天王は一筋縄じゃいかない。四天王を倒せなければ、結局はチヤホヤされる未来なんて訪れない」
その時は俺に頼るしかなくなる。
せいぜい、どれだけ藻掻くのか見物をさせてもらうことにしよう。
次回から勇者君頑張る回です。
まあ、敗北イベントであることは確定しているんですけどね……




