第27話 魔王への対応―後―
ソーゴから話を聞いた工藤淳一は焦っていた。
たしかに彼の話す内容が正しければ自分たちは元の世界へと還ることができる。なによりも、これまでに犠牲になってしまった人たちを生き返らせることができてしまう。
それは、何よりも望ましい結果……のように思える。
もちろん、そんな美味しいだけの話は存在しない。
『ただし、これには膨大な魔力と触媒になる魔石が大量に必要となる』
膨大な魔力――それは、『楽園への門』がある場所に溜まっている魔力を利用することで解決した。
そして、大量の魔石も重要視するほどの問題ではない。
なにせ必要としている量は、大国にある全ての魔石と同等ぐらいでしかない。
『死んだ人まで生き返らせるなんてことをすれば「楽園への門」に最も近い場所にあるメグレーズ王国は酷い影響を受けて大気中にある魔力が異常を来すことになる。それから必要な魔石はメグレーズ王国から出してもらうことにする』
そう言って次に見せたのは宰相やこれまでの勇者たちを不当に使い捨てる決定を下していた者たちの給料について書かれた表の文書。そして、人前には決して出すことができない横領などが細かく書かれた裏の文書を出す。
歴代の宰相たちは、報酬として大金を貰っており、悠々自適な生活を送ることができていた。さらに貴族たちから当主を継げない子供たちに便宜を図ることで賄賂まで受け取っていた。
それは、どの宰相もやっていたことで、誰も悪いことだと思っていなかった。
だから、今の宰相も過去の例に倣った。
「私は、今までの慣習通りに行動を起こしただけだ!」
そこまで話を聞いたところで宰相は頭を抱えてしまった。
最初は、いきなり勇者が訪ねてきたことで追い返そうとしていたが、連日の激務のせいで疲労が溜まっていたため気力が湧かなかった。
「心中、お察します」
言葉ではそんなことを言うが、工藤は本気でそんなことを思っている訳ではなかった。
召喚されたばかりの頃と違って彼がそこそこ成長しているし、今の宰相には余裕がなさすぎるせいで制御がし易い。
「本当にそんなことをするつもりだと奴は言ったのか?」
「はい」
厳かに言う。
本当は、面倒なことになるから、という理由で宰相のような無関係な人間には教えずに決行することが伝えられていた。
だが、工藤はあっさりとその約束を破った。
「そんなことをすればどれだけの影響が我が国にあるのか……! それに、それだけ大量の魔石など用意できるはずがない!」
用意はできる。
しかし、それだけの量を掻き集めれば国が傾くことになる。
「それについては手を打ってあるみたいです」
もちろん、そんなことはソーゴにだって分かっている。
自分勝手な理由で召喚されたことには憤っているが、何も知らない一般人まで巻き込まれてしまうのは不憫だと感じていた。
だからこそ彼らにまで負担はさせられない。
「魔石そのものは周囲の国々から融通してもらうことにしたみたいです」
「そうか」
「ただし、魔石の購入費用はメグレーズ王国持ち。ただし、その費用を国庫から持ち出すような真似は許可しない、とのことです」
勇者を召喚するにあたってメグレーズ王国は触媒となる魔石や宝石を周囲の国々から集めていた。
そして、召喚は帰還とセットだと世間一般には知られている。
つまり、帰還の為に必要な費用は既に拠出しており、負担する必要性はない、というのが周囲のスタンスだ。
「マズいぞ……」
実際に多額の金が動いていた。
しかも、これまでに追加の金を請求したことはない。
だから、召喚から半年が経過した今になって追加の費用を要求するのはおかしい。
「召喚する為に必要な金は事前に受け取っていた金額の半分にも満たない。だが、金など残っているはずがない」
余った金は、召喚に関する秘事を取り纏めていた宰相の懐にほとんどが残り、さらに協力関係にある貴族に配り終えている。
それらは、ソーゴの所持している帳簿の中に記載されている。
そして、余っていた金は召喚する以前から密かに行っていた豪遊によって残っていないようなものになっている。
「既にそんなことは向こうも分かっています」
「なに……?」
「彼らは、ある取り決めをしています」
宰相たちにも罪を償うチャンスを与えて欲しい。
それが余剰に手にしていた金の返却だ。
だが、個人での返金が無理で、国民の生活を豊かにする為の税金にまで手を出してくるようなら容赦をする必要はない。
「その時は、土地で返却してもらうことにするようです」
「なっ……!?」
先祖代々から守り続けてきた土地を手放す。
それは、要職に就いている者にとって最も痛手となる。生きている内だけ笑い者になるならマシな方。最悪の場合は、死んだ後も罪人のように扱われ、子孫は永遠に楽な暮らしなどできない状況に置かれる。
そんなことを宰相が許容できるはずがない。
「……それを私に告げて貴方にどのような得があるのですか?」
怒りに心を燃やし続けた結果、一周回って落ち着いてしまった。
「僕も自分勝手な理由で異世界へ召喚した貴方たちを赦すつもりはありません。けど、僕たちの活動には人々の命が懸かっているんです。僕たちまで自分勝手な理由で死んだ人を生き返らせていい訳がありません。その結果、どれだけの犠牲が出ることになるのかお分かりですか?」
メグレーズ王国は、魔力が荒れたことによって魔王が倒された後でも強力な魔物が出没するようになってしまう。
それでは生活が成り立たなくなってしまう人が増えてしまう。
「勇者として、そんな状況を見過ごす訳にはいきません」
「おおっ……!」
工藤の言葉に宰相が感銘を受けている。
もっとも、実際には使い易そうな駒を見つけた心境でしかない。
「さすがは勇者だ。どこかの誰かのように世界のことを考えていない奴に聞かせてやりたいところですな」
「――大丈夫。最初から全部聞いていたから分かっている」
☆ ☆ ☆
宰相の執務室に忽然と姿を現す。
執務室の隅にこっそりとトランシーバーを置かせてもらい、離れた場所から悠々と盗聴をさせてもらった。
帰れると分かった状況にもかかわらず工藤先輩は嬉しそうな表情をしていなかった。それで、最初から探りを入れていたのだが、簡単に尻尾を出してくれた。
「……僕の考えは間違っていない」
「あくまでも世界を救う為に活動するべき。世界のバランスが崩れることになるかもしれない危険を冒すことはできない」
「当然だ」
「そもそも魔王を倒さなければならない理由はないですよ」
異世界へと召喚されてしまった者の大半の願いが元の世界へと還ること。
その望みも魔王を倒したところで叶わないのだから魔王と戦わなければならない理由などあるようには思えない。
「そんなことは関係ない。目の前に困っている人がいるのなら助けるべきだ」
「程度の問題ですよ」
たとえば道端で重い荷物を抱えて困っているおばあさんがいたら目的地が近ければ荷物を持つなどして助けるだろう。
だが、目的地まではタクシーを利用しなければならず、タクシー代も持っていないので出してくれ、と言われれば正直に出すような者はいない。
それと同じように自分にはどこまでできるのか、判断する必要がある。
「物凄い危険を冒してまで魔王と戦う必要性が俺には見えて来ないんですよ」
「それだけの力があるのに!?」
「この力は、魔王を倒す為ではなく元の世界へ還る為に鍛えた力です。なので、魔王と戦うつもりは全くありません」
それだけ言っても納得しない工藤先輩。
「だったら自分たちの力なら魔王を倒せると証明して下さい」
「……どうやって?」
「近々、3人目の魔王軍四天王がここへ攻め込んできます。そいつを自分たちの力だけで倒すことができたなら俺の力だって世界の為に役立てることを誓いますよ」
「他のメンバーは?」
「もちろん彼らにも働いてもらいます」
「……いいだろう」
たっぷりと悩んでから工藤先輩は答えた。
実際に四天王と戦った訳ではない工藤先輩は自分の力を過信しているところがどこかあり、強くなった今の自分なら魔王を倒せると本気で思っている。
ここは、四天王辺りで軽く凹んでもらおう。
「貴様、一体どんな恨みがあって私にきつく当たる!?」
執務室を出ていこうとしたら最初から罵声を浴びせられた。
「恨み? そんなものはありません」
「なに?」
「これは、あなたたちの義務みたいなものです」
召喚した者には、安全に召喚された者を元の世界へと戻す義務がある。
それを怠っていた者たちがツケを払わされているのが今の状況だ。少なくとも俺たちに怒られるような落ち度は全くない。
「ああ、そうそう。金は今の内から用意しておいた方がいいですよ。でないと気付いた時には国がなくなってしまいますよ」
もう、お気付きかと思いますが、後半に登場したソーゴは未来から戻ってきたソーゴです。
ちょうどいい相手なので利用することにしました。




