第26話 魔王への対応―中―
「どういうことなのか説明してもらえるか?」
どうにか冷静さを取り戻した工藤先輩。
これまで最も期待されているとあって代表みたいな立ち位置にいたため俺に尋ねてくる。
「まず、『楽園への門』はどこかの世界と常に繋がっています。どうやら地球と繋がっている時間が長いせいで俺たちは召喚されてしまっているみたいです」
なぜ、あの世界、あの時代に繋がっているのかは『叡智の書』でも分からなかった。
おそらくは、門の向こう側が別世界なせいだろう、というのが俺たちの見解だ。
「そして、問題になっているのが別世界と繋がっているということです」
別世界と繋がっている唯一の出入口。
そのため空気が循環するように出入口を通じて別世界との間でエネルギーのやり取りが行われている。そのせいで『楽園への門』がある場所の周囲にはエネルギーが溜まり易くなっている。
「それが魔王があそこに生まれる要因です」
集まって来るエネルギーの中には魔物が生まれる素となる瘴気も含まれている。
膨大な瘴気が集めて強大な力を持った魔物――魔王が生み出される。
それが、異世界ポラリスに破滅を生み出してしまうシステムだった。
「じゃあ、『楽園への門』を使うには魔王を倒す必要があるっていうことか?」
工藤先輩の質問に首を横に振る。
事はそこまで単純じゃない。
「生み出された魔王は、地上へと出て破壊と暴虐の限りを尽くす。ただ、生み出されたばかりの存在で、体が安定していないからしばらくは待機している」
待機している間の不在を埋めるのが魔族たち、そして生み出されて強化された魔物たちだ。
元は人間であった彼らには知性があり、中には軍を指揮した者もいるため魔物を統率するには打って付けの存在だった。
「魔王軍とも戦ったことのあるみなさんなら魔王軍の厄介さは理解していると思います」
「厄介、なんてレベルじゃない」
何人かは体を震わせている。
それだけ恐ろしさを味わったということだろう。
ま、今の俺にとっては準備に煩わしさを感じるぐらいの相手でしかない。
「そっちはどうでもいいんですよ」
「どうでもいいって……」
「問題なのは、門番の方です」
「門番?」
『楽園への門』の前には常に門番が張り付いている。
そもそも『楽園への門』は、異世界との間に出入り口を作ることによって膨大なエネルギーを集めて強大な存在になろうと企んだ人間がいたことにある。
その人は、異世界との間を繋ぐ魔法道具を作成することに成功し、現在は魔王城のある場所で魔法道具を起動させた。
想定通りに膨大な魔力が流れ込んできた。その人にとって想定外だったのは、同時に瘴気まで流れ込んできてしまい制御ができなくなってしまったことにある。
さらに正気を失い、世界を憎しむようになった人は、余剰瘴気から魔王という強大な存在を生み出して世界へ牙を向けるようになってしまった。
「分かりますか? 魔王なんていう存在は、その人が生み出した雑魚でしかありません。もっと強い存在は、今も『楽園への門』の前で高みの見物を決め込んでいます」
そう、『楽園への門』を使用したい俺たちにとって絶対に倒さなければならない存在は魔王などではない。
「そうですね。魔『王』よりも強い存在なのですから魔『神』とでも呼びましょうか。そいつを倒さない限り元の世界へ帰ることは叶いません」
「そんな……」
聞いていた話だけでも魔王という存在に恐怖を抱いていた。
魔王よりもさらに強い魔神を倒さなければならないとなればショックだろう。
「いや、倒すから大丈夫ですよ」
「へ……?」
呆けたような声が聞こえてくる。
まあ、無理もない。
「どうやら魔神は、魔王の100倍は強いみたいです。だったら魔王を倒した勇者よりも100倍強ければ魔神も倒せることになります」
「……そういうことになるけど」
さらに呆れてしまっている人たち。
魔王を倒せるほどに強くなった勇者は既に人を止めているレベルだと言われている。その100倍ともなれば既に神の領域に踏み込んでいることだろう。
魔王を倒した勇者のステータスが公開されている訳ではない。
それでも伝承から考えると4~5000ぐらいだと思われる。
ちょっと強化し過ぎていて、もう少しで50万に届きそうなぐらいには強くなれたから問題ない。
「魔神は俺が必ず倒します。そこで、お願いしなければならないことがあります」
魔神の最も厄介な特性。
それは、膨大な瘴気の集まる場所で常におり、それを制御できるだけの力を備えていることにある。
俺たちが魔神を倒し、『楽園への門』を使用した後でも瘴気は流れ続ける。
すると、魔神はそれほどの時間を置かずに復活してしまう。
「復活……それは、どのくらいなんだ?」
「さあ? そこまでのことは前例がなかったせいで『叡智の書』にも描かれませんでした」
少なくとも魔神の元へと向かった全員が『楽園への門』を潜るだけの時間があるのは間違いない。それでも早ければ数日で復活するのは間違いないと考えている。
そうでなければ困る。
ここまでの迷惑を被ったのだから、こちらも利用させてもらう必要がある。
「もう、お分かりですね。俺たちは魔神を倒したらすぐに『楽園への門』を使用して『元の世界』、『召喚される前の時間』まで行くつもりです。そして、俺たちと一緒でなければ他の方たちも帰還は絶望的です」
同時でなければ復活した魔神を相手にする必要がある。
魔王にすら勝てないような連中が勝てるような存在ではない。
「お前が確認したいのは……」
「はい。色々とまだ準備があるのですぐには不可能ですが、2カ月後には魔王城へ攻撃を仕掛けます。その時に俺たちと一緒に来ることが元の世界へ戻る為に必要なことです。もちろん安全性なんて保証されていないんですから、この世界に残って他の方法を模索してもらっても構わないです」
もっとも、そんな方法が存在しているとは思えない。
少なくとも『叡智の書』はそんな方法を提示してくれなかった。
「今日、みなさんを集めたのは危険を冒してでも俺たちについてくるのか意思を確認する為です。もちろん危険がなくなるだけのステータス強化はしてあげます」
この数カ月の間にドラゴンみたいな希少な魔物を何体か討伐している。
それらを収納したアイテムボックスを渡せば、魔王軍を相手にした場合でも生き残れるだけの力を与えることは可能だ。
「帰れるの!?」
「やったぁ!」
「俺は、そのぐらいの危険は問題ない!」
そこら中から上がる歓喜の声。
危険性さえ問題なければ受け入れてくれるとは思っていた。
「だけど、犠牲になった人たちを連れて帰れないのは残念だ……」
歓喜ムードだった場に悲しみが満ちる。
異世界へ来てから魔物に倒されるなどして犠牲になってしまった人はいる。中には異世界という環境に馴染めず自殺してしまった人までいる。それに、今までに召喚されてしまった人たちは既に死んでいる。
「それも問題ないです」
収納からマンホールに似た円盤状の魔法道具を取り出す。
それは、天空城フリューゲルにあった『異世界からの召喚』を可能にする魔法道具だった。
そもそも『楽園への門』もこれを参考に造られた物だ。
「実行するのは諸事情があって魔神を倒した後になりますが、死んだ人も生き返らせられる手段を既に確保してあります」
不死と時間遡行を叶えたので、次は死者蘇生を叶えたいと思います。




