第25話 魔王への対応―前―
その日、異世界から召喚された『勇者』と呼ばれる人たち全員が召喚した国であるメグレーズ王国の王都メサイアに集っていた。
「よう」
「あ、お前は……」
街を歩いている最中に2組の4人組が偶然にも再会を果たした。
1組は、召還される前の仲の良さからパーティを組んで冒険者として実戦経験を積んでレベルアップに励んでいた。特に国の上層部から覚えられるような存在でもない目立たない人たちだった。
そして、彼らが再会したパーティこそが勇者の中で最も期待されているパーティだった。いや、何も知らない一般人からは好意的に受け入れられているし、知られている中では最も強い。
だが、最初は国の重鎮からもチヤホヤされていた彼らだったが、ある時を境に待遇が変わってしまった。
もちろん支援はきちんとされている。だが、以前のようなチヤホヤとしたものではなくなってしまっていた。
そのため『真の勇者』――工藤淳一は憤っていた。
それは、今回の呼び出しに対してもそうだ。
「俺たちは、いつか魔王と戦う時に備えて強くなろうとしていたんだ。それを冒険者ギルドと王城の連中は、こんな紙切れみたいな招待状だけで王都まで呼び付けやがって」
呼び出しの内容は、今すぐに王城へ集まること。
その招待状は、世界各地に存在する冒険者ギルドを通じて依頼を受ける為に訪れた彼らに渡されていた。冒険者はどこへ行くのも自由だ。そのため全員を呼び集めるのに最も確実な方法がこれだった。
ただし、捕まえるまでに時間がかかってしまった。長期の依頼に出ている者やダンジョンに潜って徹底的に鍛えようとしている者までいたため招待状の件を頼んでから彼らに渡るまでに3カ月の時間を要してしまった。
これに関してギルドに責任はない。どちらかと言うと、こんな方法を提案した方に責任がある。
手紙を受け取った工藤は、何かあったのかもしれないと思い、急いで王都へと駆け付けることにした。それでも他国で活動していたため馬車を全速力で走らせたとしても20日もの時間がかかってしまった。
「こっちは元の世界へ帰る為にも魔王を倒す必要があるんだぞ」
「……お前、まだそんな事を言っているのか」
「え?」
工藤の言動に呆れた別グループのリーダー。
リーダーだけではなく、他の者まで信じられないものを見るような目で見ていた。
「ギルドで情報とか集めていなかったのか?」
「そんな事はない。これから向かう先が危険かもしれないんだから最低限の情報ぐらいは調べている」
「だったら、その最低限の情報の中に勇者に関する情報は含まれていないみたいだな」
そこで、今冒険者ギルドで語られている勇者に関する正確な情報を与える。
数カ月前にメグレーズ王国にある冒険者ギルドで起こった騒動。そこで、ある勇者が以前に召喚された勇者たちがどのような末路を辿ったのか国の重鎮がいる前で大々的に暴露してしまった。
すぐさま国は緘口令を敷こうとしたが、間に合うはずもなく情報は世界中に拡散してしまった。
異世界の人にとっては凄まじいゴシップとなった。
そして、召喚された人々にとっては無視できない情報――魔王を倒しても元の世界へ帰れる訳ではない――に驚かされた。
その情報を聞いた人々の反応は様々だ。
絶望し、何もできなくなってしまう者。
今後の事を考えて自立する為の方法を考え出す者。
一縷の望みを懸けて魔王を倒せば元の世界へ帰れるかもしれないと鍛え出す者。
召喚された者として、こんな貴重な情報を知らない者がいるとは思っていなかった。
「ほ、本当なのか……!」
「ああ、本当だ」
「じゃあ、俺たちはどうやって帰ればいいんだよ……」
ショックを受けて崩れてしまった。
同じように情報を聞いていなかったパーティメンバーも似たような状態だ。
「それについて国から色々と話があるんじゃないか? 俺たちはこっちへ来た時に『魔王を倒せば元の世界へ帰れる』って聞いていたのに実際は帰られないんだから責任を取らせる必要がある」
「……そうだよな。この招待状を出したのが宰相なら問い質す必要があるよな」
実は、冒険者ギルド経由で受け取った招待状には差出人の名前がなかった。
それでも召喚に関係する者でなければ知らない事も描かれていたため信用することにした。
☆ ☆ ☆
「これは……」
王城へ着くと使用人によって案内される。
案内された部屋は召喚された時の部屋で、召喚された人間が全員集まっても問題ないだけの広さがある。
そこへ招待状によって召喚された全員が集められていた。
「どうやら俺たちが最後だったみたいだな」
招待状を受け取るタイミングの関係から到着が期日のギリギリになると最初から分かっていたが最後になってしまった。
他の者たちは数日前から王都に滞在していて今日ここへ来た。
……まあ、もういいだろう。
「な、なんだ!?」
部屋の隅でバチバチと光が爆ぜる。
全員の視線が集められると宙に浮いた『転移の宝珠』が効果を発揮する。
「やあ、久しぶり」
その場に突如として姿を現した俺たちの姿を見て全員が呆然としている。
魔法という不可思議な世界にいても人が突然現れるような現象は滅多に見られるような現象ではない。
何よりも、「久しぶり」と言っても大半の者が俺の事を知らない。召喚されて数日で放逐されてしまったので顔を知らない者が大半だ。
自然、長期間王城にもいたアンたちに視線が向けられる。
「な、何だ……今のは!?」
動揺しながらも工藤先輩が訊ねてくる。
「今のは魔法道具『転移の宝珠』による効果。対になった宝珠同士の間で移動を可能にする魔法道具です」
「そ、そんな物があるなんて聞いたことがない!」
「まあ、貴重な物なんで知らなくても仕方ないですよ」
どうにも突っ掛かってくる人だな。
「それよりも、お前たちは何者だ?」
「……さっき久しぶりと言いましたよね。俺とこっちの3人は、最初の頃に犠牲になったと伝えられた者ですよ。実は生きていて色々と活動をしていた訳です。その件は、そっちにいる5人に聞けば問題ないでしょう」
部屋の隅の方には一時的にメグレーズ王国へ戻って来た時に再会した安藤たちがいた。一応、生きてはいるものの憔悴していた。あの依頼の後は、最低限の仕事をするだけで危険なことには首を突っ込まないようにしていたらしい。
思ったようにいかない状況にイライラしながらも命の危機を覚えてしまったため以前のように振る舞うことができずにいた。
まあ、今は邪魔されたくないから静かにしていてほしい。
「全員、冒険者ギルドには顔を出しているから魔王を倒しても元の世界へは帰れないことは聞いていると思う」
「……」
その場にいた全員が俯いてしまう。
全員に共通していた想いが『元の世界へ戻ること』。
その望みが叶わないと知ったら絶望してしまうのも仕方ない。
「安心してほしい。ちゃんと元の世界へ帰る方法は見つけてある」
「え?」
叶わないと思っていた願いが叶うと聞かされて顔を上げる。
「う、嘘だ……そんなことができるはずがない」
「それができるんだな」
そこで、魔王城の地下に『楽園への門』があることを教え、それを使えば元の世界へ帰れることを伝える。
「それを使えば元の世界へ帰れる保証はあるの?」
「保証はない。けど、信じられる根拠ならある」
元の世界へ帰るのは全員の悲願。
不確かな情報だけで実行するはずがなかった。
「これは『叡智の書』と呼ばれる魔導書です。細かい説明は省きますけど、効力は『知りたい事が知れる』というものだと思って下さい。これに訊ねたところ『楽園への門』を使用すれば元の世界へ帰れるということです」
ユウカが『叡智の書』を見せながら説明する。
手に入れた直後に『叡智の書』を使っていくつかの事を確認していた。
これで、ある程度の保証は得られた。
「でも――」
得体の知れない魔導書の言葉。
全く疑いもせずに信じられる方がどうかしている。
けれども、これ以上に『楽園への門』が正しいと言える根拠も存在しない。
「じゃあ、これならどうです」
だから、使用した後の結果を示す。
「え……?」
突如として目の前に出現した物。
長いテーブルの上にポットが置かれ、見慣れたカップラーメンが100個以上も山のように積まれていた。
「ど、どうしたんだ、このカップラーメンは!?」
「俺は自分だけなら元の世界へ戻れるようになったんです。そこで必要物資を買い漁って来たんです。残念ながら他の人は連れて行けないので、せめて向こうの生活に飢えている皆の為に提供しようと思います」
「ほ、本当に元の世界へ戻れる……」
全員の視線がカップラーメンへと注がれる。
異世界へ来てから半年以上。ジャンクフードなんかが恋しくなっても仕方ないだけの時間が経過している。
「ハ、ハンバーガーもあるか!?」
「コーラは!?」
「お菓子も!」
「もちろん」
テーブルを出して次々と必要だと言われた物を出すと全員が群がる。
全員に行き渡るだけの量を買って来たんだけど、やっぱり飢えていたせいで我慢できなかったみたいだ。
「これで、元の世界へ帰れることは理解してもらえましたか?」
カップラーメンとかを出したところで『楽園への門』を使用すれば元の世界へ帰れる保証にはなっていない。だが、久しぶりに見た日本を思い出させてくれる物にみんなの思考は些細な問題を追いやっていた。
「それは……」
「まあ、完全に信用できない気持ちも理解できる。だけど、今のうちに決めて欲しいことがあります」
「え、それって……」
ただ、『楽園への門』まで辿り着くだけなら何の問題もなかった……本当に『叡智の書』に頼っておいて良かった。




