第20話 天空の城―①―
メグレーズ王国。
俺たち『異世界の勇者』を召喚した国。
どうしてメグレーズ王国が召喚したかというと、この世界の人間勢力下において中央にあり、最も大きく、資源も豊かで、技術も魔法と科学の両方を問わずに発展している文字通りの最大国であったためだ。
とはいえ、その権威も最近になって落ちてきている。
もはや、衰退の一途を辿る勢いだ。
その原因を作った俺だが、気にせずパーティメンバーを連れてメグレーズ王国内にある都市へと来ていた。
学術都市ノジュール。
メグレーズ王国の南方にある都市で魔法と科学の両方の学問を栄えさせてきた都市。学術都市という性質上、他国とも交流が盛んに行われており、大都市の中では国境を接しているフェクダレム帝国やクウェイン王国に最も近い。
そして、ノジュールで最も目立つのが都市の中央にある巨大図書館だ。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
入口で受付の男性に呼び止められた。
異世界では男女の区分けがしっかりとされており、受付で対応してくれるのはほとんどが女性だったので男性が対応してくれるのは珍しい。
「ここの司書長さんに会うことはできますか?」
確認したい事があった。
そこで、最も知識を持っていそうな人に接触させてもらった。
「残念ですが、司書長は大変忙しく、事前に約束のない方と面会する事はありません」
「これでもダメかしら?」
「……! 少々お待ちください」
俺に代わってアンが交渉に出た。
彼女が行った交渉は単純に『異世界の勇者』である事を示す身分証。
パッと見ただけでは一般人は分からないが、さすがはノジュールの誇る大図書館に勤める人。すぐに俺たちの身元に心当たりがあった。
「お待たせしました」
しばらく、その場で待っていると男性受付が一人の老人を連れて戻って来た。
眼鏡を掛けた白髪の男性で優しそうな表情をしている。
「初めまして。ワタシがこの図書館で司書長をしておりますマグルスと申します。どうぞ、こちらへお越しください」
さすがに『異世界の勇者』を適当にあしらう訳にもいかず、司書長が丁寧に応対してくれる。
司書長が図書館の奥へ向かったのでついて行くと案内されたのは司書長の執務室だった。司書長ともなれば個人の部屋が与えられており、かなりの広さがある。
部屋の中には大きな本棚があり、様々な本で埋め尽くされていた。
「君、すまないが人数分のお茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
部屋の中には本棚を整理していた一人の少年がおり、司書長の指示を受けると部屋の外へと出て行った。
司書長ともなれば専属の助手のような存在も与えられており仕事を手伝っているようだった。異世界で遠慮するつもりがない、とはいえ突然の訪問は相手に失礼過ぎたかもしれない。
「お掛け下さい」
異世界において大量の本は珍しい。印刷技術が確立されていないせいだ。異世界で本を作ろうとしたら1冊1冊が手書きになる。
個人の部屋に大量の本を抱えられる、という事は金を持っている証拠でもある。
思わずレイやユウカが蔵書量の多さに目を奪われているとソファに座るよう促される。ソファも高級な物を使用しているのかフカフカだ。
そうしている間に助手がハーブティを持って来てくれる。
落ち着いた香りのする上品なお茶だ。
司書長が助手にアイコンタクトを送る。
俺たちの話を聞きたそうにしていた助手だったが、すぐに退出した。
「――それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あなたなら『天空の城』が現在、どこにあるのか知っていると思って来ました」
「……アレ、ですか」
司書長が眉を寄せて不機嫌になる。
天空の城。
災害の一種として扱われており、これまでにも為政者たちがどうにかしようと懸命に努力して来たが、努力の甲斐なく失敗して来てしまったために現在も放置されたままの代物だ。
ある意味、魔王と同等に厄介な存在だと聞いていた……アンたちから。
俺たちよりも長くメグレーズ王国の王城にいたアンたちは、この世界の知識について色々と詳しかった。魔物討伐に出掛けた俺たちが帰って来なかったという情報を聞いて危機感を覚えたため必死に勉強したらしい。
その知識の中に『天空の城』に関する物もあった。
「ええ、ワタシは知っております」
「人々から『天空の城』と呼ばれる代物。王都にある王城よりも大きな城が上空を移動し続けており、脅威と見做されている」
「その通りです。ただ、浮かんでいるだけなら問題ないのですが……」
巨大な城には庭もあり、支える為なのか地面まで一緒に浮かんでいる。
既に『天空の城』は何千年も前から浮かんでおり、今となってはどうして空にあるのか誰も知らない。だが、それだけの時間を上空にあると徐々に朽ちて行って城の下にある地面が崩れて行っている。
「自分たちの頭上に『天空の城』が来た時、人々は空から降り注いでくる土から逃れようとします」
落ちて来る土は掌に乗るぐらいの大きさしかない。
それでも遥か上空から落ちて来れば被害は甚大になる。これまでにも都市の中心に落ちたせいで落下地点には大きなクレーターができ、落下した際の衝撃によって周囲の建物が吹き飛ぶ、という大きな被害が出てしまった。
だからこそ、為政者たちはどうにかしようとした。
それこそ国を挙げての作戦だ。
だが、『天空の城』があるのは弓矢や魔法のような遠距離攻撃が届くような距離ではなく、飼い慣らしたワイバーンの背に乗って突入しようと試みたこともあったが生き物が活動するのも難しい高度だった。
地上からは届かず、到達するのすら難しいのが『天空の城』。
最近になっては諦めている者までいる。
「ですが、ワタシは諦めていませんよ」
司書長はそういった物に攻略法を見出すことを生き甲斐にしており、様々な文献から攻略法を探していた。
そして、見つかった時の為に『天空の城』の現在位置を特定していた。
「俺たちが『天空の城』を攻略します。だから現在位置を教えて下さい」
『海神の剣』の次に目標としたのが『天空の城』だった。
『天空の城』の話を聞いた時に思わず有名なRPGを思い出してしまった。やはりファンタジー世界における旅の終盤ともなれば上空を移動する乗り物が必要になる。既に移動だけなら垂直離着陸機やヘリコプターなどを手に入れているが、せっかくファンタジー世界にいるのだからファンタジーな乗り物が欲しくなった。
これを攻略しようと思った際、最初に躓いてしまう問題が現在位置だった。
常に世界中を移動している『天空の城』。
今、どこにあるのか知らなければ攻略のしようがない。
「少々、お待ちください」
ソファから立ち上がると部屋の奥にある机の引き出しから地図を取り出してくる。その地図には様々な事が描かれており、他人が見ただけでは何が描かれているのか分からない。
「これは最近の『天空の城』の目撃情報をまとめたものです」
日時や場所、移動時間が描かれていた。
ここ数年分をまとめたもので、それらの情報から現在位置を割り出すことに成功していた。
「あなたたちが来てくれたのは本当に僥倖でした」
「と言うと?」
「ワタシの計算によればノジュールから少し外れた場所に『天空の城』が3日後にやって来ます。計算がズレていた場合にはノジュールの上を通るかもしれない。だから今は急いで対策を考えていたのですが、何も浮かばない。下手に手を出してしまうと崩落を招いてしまうため静観するしかないかと思っていたところでした」
どうやらベストタイミングで来ることができたみたいだ。




