第19話 海神の剣―⑤―
崖の上から海に向かって飛び出す。
下は海とはいえ高さがかなりあるし、海神が出て来たせいで荒れている。海に入ればどうなるのか分からない。何よりも海神に襲われれば泳いで生還するのは難しいだろう。
飛び出した瞬間、足元に岩を収納から出現させる。岩を足場にして前へ進む。
「……!?」
崖から離れた海の向こう側にいる海神。
まさか、安全な場所にいるはずなのに向かって来るとは思っていなかったのか驚いている。
「真ん中にいるお前の相手は俺がさせてもらおう」
予想外の行動を取る俺に対して警戒したのか後ろへ下がる。
後ろへの移動だが、海を泳いでいる海神の方が速い。
「吹っ飛びな!」
何もない俺の左右の空間が揺らめく。
直後、炎を噴き出す筒が発射される。
ミサイルだ。
発射された直後のミサイルを収納から取り出す。
一直線に海神へ向かって進むミサイル。突如として現れた物を警戒して後ろへ下がるスピードをさらに速めるが、ミサイルに生物が敵うはずもなく頭部に直撃を受ける。
――ガァッ!
仲間が攻撃を受けた事に怒った2体の海神が牙を出して向かって来る。
どちらも『海神の剣』を持たない偽物同然だ。
「ほら!」
手の中に出現させた大量の手榴弾を左右に向かって投げる。
海神は投げられた手榴弾を見る。だが、異世界の魔物には手榴弾がどのような物なのか見ただけでは理解できない。そして、自分の牙に絶対の自信を持っている。噛み砕こうと自ら口の中へ入れる。
直後、大きな爆発が2体の海神の口の中で起こる。
3体の海神は爆発を至近距離で受けて頭部や口内を火傷し、呆然としている。それでも、その程度の負傷で済んでいるのは海神の耐久力が異常である証拠だ。並の魔物ならミサイルや手榴弾を受ければ頭部を爆発させている。
「マコト、タイミングを合わせろよ!」
収納から『転移の宝珠』を取り出す。
対になった物との間で移動が可能になる魔法道具。
一つは俺の手に、もう一つはマコトの傍に置いたままだ。
「行け!」
『海神の剣』が額に突き刺さった海神に向かって投げる。
投げられた海神は、これまでに俺が投げた物で仲間が怪我を負ったところを見ている。警戒して直撃を避ける。
が、避けてもらって正解だ。
頭部にでも当たって弾かれたりしたら空中を移動することができないマコトでは海に落ちることになる。
――ブォン!
音が聞こえた訳ではない。空間が歪んだような気配が伝わって来る。
『海神の剣』がある場所を見れば、柄を握って海神の上で落ちないように踏み止まっているマコトの姿が見える。
タイミングを合わせて『海神の剣』の横を『転移の宝珠』が通り過ぎた瞬間に使用し、剣を握れる場所まで一瞬で移動する。
その際、『転移の宝珠』がどこか遠くまで飛ばされてしまったが、収納したことのある物なら海中に沈んでいようとも回収することができる。
「今度こそ剣を抜けよ」
「はい!」
マコトを移動させる為の行動をしている間に海へと落ちて行っている。
そこを狙ってミサイルを当てた海神が襲い掛かって来る。
「あれだけダメージを与えたのにタフな奴だ」
収納から鎖を取り出し海神に向かって投げる。
もう俺が投げた物は受けないと決めているのかサッと横へ避ける。
だが、山なりに投げられた鎖の先端には重たいコンクリートの塊がついている。鎖は海神を越えたところでコンクリートの重みに惹かれて海へと落下していく。
鎖に縛られて海神の体が海面へ落ちて行く。
「よっと」
ちょうどいい場所に足場ができた。
海面に浮かんだ海神。
頭部の付け根あたりに着地すると首に剣を突き立てる。
――ギュアアアァァァァァ!
血が噴き出し、激痛から逃れようと暴れる。
しかし、そんな事には構わず尻尾の方へと剣を突き刺したまま走る。
「このまま2枚に開いてやるよ」
海神の開き。
食べられる肉なのかは知らない。それでも致命傷には間違いないだろう傷を負わせることに成功する。
「……ん?」
2体の海神が仲間を助けようと口を向けて来る。
ただし、今度は牙を突き立てて食べようとする真似はしない。こちらへ向けている口には蒼い光を放つエネルギーが集まっている。おそらく海神の必殺技だろう。
そんな物が見えていても走るのを止めない。
「ま、必要ないだろうからな」
海神の口からエネルギーが発射される直前。
横から撃たれた攻撃によって海神の頭部が吹き飛ばされる。
原因は、崖の上にいるミツキとユウカによる攻撃だ。
ユウカの放った大量の炎弾が海神の頭部を直撃して爆発を起こすことによって口の向きが逸らされ、ミツキの撃ったライフル弾が海神の口を貫通して痛みによる驚きから上を向いてしまい、2体とも全く見当違いな場所へ放っている。
「どいつもこいつもスペックが高いだけで経験が足りていないんだよ」
3体とも『海神の剣』が何らかの方法によって生み出した魔物。おそらくは剣に備わった自衛システムの一つだろう。
そのスペックは非常に高い。
だが、痛みになれていないせいで、ちょっとしたダメージでも悶えて逃げてしまう。とはいえ、海神が逃げるほどのダメージは俺たち以外では与えることはできない。
だから普通なら問題なかった。
普通なら……
「生憎とこっちは普通じゃないんだよ」
尻尾まで到達したところで動きを止める。
海神の流す血によって海が真っ赤に染まっているけど、大丈夫だろうか。
「抜けました!」
……ん?
声のする方を見れば海神の頭上で蒼く光り輝く剣を掲げたマコトの姿が見える。
え、本当に抜いたの?
「しまった。抜く瞬間を見逃した!」
「そんな事を気にしている場合ですか……」
呆れた様子のショウが近付いて来る。
ショウの背中には飛行ユニットがあり、海上でも自由自在に飛び回ることができる。
「いや、せっかくファンタジー世界に来ていて突き刺さった剣を抜くなんて重大イベントを見逃すとか損をした気になるだろ」
「まあ、気持ちは分からなくもないですけど……」
「わっと!」
マコトの乗っていた海神が飛び跳ねて尾を叩きつけようとしてくる。
――バッシャン!
海面に尻尾が叩き付けられて大きな音が鳴る。
……ただし、俺たちのいる場所から離れた場所に尻尾が落ちる。もちろん尻尾を持つ海神からも離れている。
海面に落ちたのは海神の尻尾10メートルのみ。
海神が飛び跳ねた直後、『海神の剣』を手にしたマコトによって尻尾が切断されていた。
「このままスパスパ斬って行きます」
海面に浮かぶ巨大な蛇の体に向かって『海神の剣』を振り下ろす。
振り下ろされた『海神の剣』は、海神にある硬い鱗、肉、骨といった物に阻まれることなくスパッと斬る。
「……凄い切れ味」
輪切りにされた肉が次々と海面に落ちる。
5回斬られた段階で斬られていた海神は死んでいたが、解体ついでに斬り続けた結果、海面には大量の輪切りにされた肉が浮かんでいる。
「回収」
手を伸ばせば魔法陣が届く距離。
せっかくなので全ての肉を回収させてもらう。
「さっきはユウカさんが手に入れた魔導書を試したんですから僕が手に入れた剣を試しても問題ないですよね」
「……まあ、問題ないかな」
蒼く輝く剣を生き残っている2体の海神へ向ける。
両方の海神には恐れや怯えが見える。
「海琉一閃」
マコトが海神の頭部の上で剣を横に薙ぐ。
直後、蒼く輝く斬撃が放たれ、2体の海神の体がズレる。
気付けば上下に分かれた海神の死体が浮かんでいた。
「ふぅ、こんなものですね。他の技について追々試していくしかないでしょう」
圧倒的な力を見せつけたマコト。
斬撃を放った瞬間は、鋭い目つきをしていたが、今はいつものようにのんびりとした様子だ。
仕事を終えたマコトがこちらに近付いて来る。
空中を移動することができないため足場が必要になる。水に浮かぶ木箱などを適当に出してやれば道ができる。
「……何をしたんだ?」
尋ねずにはいられなかった。
剣技については凄腕から【模倣】して達人レベルだったが、魔力を剣に纏わせて振るうことによって遠くにいる相手も斬ることができる斬撃を放つことができるなど聞いていなかった。
「ああ、今の技ですね――」
マコトによれば先ほど放った斬撃は『海神の剣』を所有していた剣士の技。
技能を可能な限り再現した状態で『海神の剣』を抜いたところ、彼の持っていた剣技なんかも剣を通して流れて来た。おそらく、剣に宿った意思が訴えかけて来た。
以前のように戦いたい!
そんな想いを受けた。
マコトは、その想いから剣技を【模倣】しただけに過ぎない。
「これは僕が貰っていいんですよね」
「元からそういう約束だったろ」
「やった!」
マコトが持つ剣は王国にいる最高の鍛冶師が打った物らしいが、それでも魔王と戦う事を考えたら不足している。伝説に出て来るような武器が必要になっていたが、今回の一件で解消された。
「さあ、この剣で敵をバッタバッタと斬りましょう」
次に最後の『空中移動要塞』を手に入れて回収の旅は終わりになります。
最終決戦では重要な役割を果たすことになっているラピュ〇です。




