第16話 海神の剣―②―
――ラクーンの港。
「ところで、海神を今から討伐するのよね」
「そうしてもらうつもりだけど?」
アンが今さらな確認をする。
海神を討伐しなくてもこっそりと『海神の剣』を引き抜きに行く事は可能かもしれないけど、いちいち面倒な事をする必要を感じない。それに、せっかくなので経験値とステータスとして役立ってもらおう。
「それは、いいけど船は?」
海神を出現させる方法は二つ。
ここからでも見える『海神の剣』がある洞窟に続いている浅瀬を歩く。何の準備もなしに向かうことができるが、人一人が通れるぐらいの幅しかないため戦闘には適さない。
船の上も狭い空間だが、浅瀬を歩くよりはいい。
だが、そうなると船が必要になる。
「港町をこんな風にした魔物と戦うつもりなのに船を出してくれる漁師とかがいるのかな?」
港には漁に出る為の漁船がいくつもある。
ただ、それらは漁師の持ち物なので彼らの許可なく使用する訳にはいかない。
万が一の事を考えると勇者の特権を利用して船を強制的に出させるのも申し訳ない。
「いや、自分の船を使うから気にする必要はない」
「へ?」
そもそも自分の船を所有している俺にとってそんな問題は関係ない。
収納から取り出された一隻の船――クルーザーが港に突如として出現する。
「す、凄い……!」
いきなり出現したクルーザーにアンが驚いている。
今さら物がいきなり出現することに驚いたりしない。彼女が驚いているのは出現したことに対してではなく、出現したクルーザーの豪華さに対してだ。
「必要になるかもしれないと思って日本で豪華クルーザーを頂戴して来たんだ。たしか数億円クラスのクルーザーだったかな」
『えっ!?』
クルーザーの値段に全員が驚いている。
まあ、数億円の買い物なんて想像も付かない。
これまで日本に帰れるようになってから高価な物はポンポンと出して来たけど、ミサイルやら垂直離着陸機といったイメージの付き難い物ばかりだったため異常さは分からなかったけど、改めて異常さを認識してくれたみたいだ。
「ほら、全員乗り込め」
豪華クルーザーに乗り込む。
「いいのかな? そんな豪華な物に乗り込んで……」
「絶対にバチが当たるよ」
ユウカとミツキが豪華クルーザーを前に委縮してしまっている。
「問題ないって。収納した後できちんと時間を巻き戻しているんだからクルーザーがあった場所には同じ物が置かれているんだから」
拝借させてもらったが、窃盗罪を問われるようなことにはならない。
「そう……」
「分かりました」
ハルナとレイも恐る恐る乗り込む。
豪華クルーザーと言っても大きさはそれほどでもない。
資料によると長さ20メートル、重量18トン。沖合に出て釣りを楽しむと同時に海上でのんびりとした時間を過ごすのが目的の船だ。
「見て」
船内には部屋があり、真っ赤な絨毯にフカフカなソファ。見ることはできないがテレビに冷蔵庫まである。
「しかも冷蔵庫には飲み物まで入っているわよ」
「あたしコーラ」
「わたしは酔いそうだからミネラルウォーターで」
お姉さま方はすっかり船内で寛いでいる。
彼女たちが飲んでいる物は俺が予め買って入れておいた物だ。
外から見ていた時はすっかり委縮していたが、いざ船内に入ってしまえば予想以上の快適さに寛ぎ始めてしまった。
「目的地までは時間が掛からないんだから寛いでいられるほどの余裕はないぞ」
「「「え~」」」
3人からのブーイングは無視だ。
全員が乗り込むのを確認するとエンジンを付ける。
「出発」
沖に向けてクルーザーを走らせる。
「ねえ、ところで免許持っているの?」
『……!?』
出発してしばらくしたところでアンが今さらな質問をして来た。
結局、船内からコーラだけは持って来たらしく手に持っていた。
「そんな物を持っている訳がないだろ」
日本でこの大きさのクルーザーを運転するには一級小型船舶免許が必要になる。
一級小型船舶免許が取得できるのは18歳から。高校1年生の俺には受験資格すらない。
それに免許を取得できるような時間的余裕もなかった。
「そもそも免許の話を持ち出したら垂直離着陸機だってアウトだろ」
「そう言えばそうなんだけど、あれは機体が特殊過ぎて……」
「ああ、そういう事か」
クルーザーになってようやく思い至ってしまった。
「そもそも免許が必要な理由は何だ?」
「……運転する技量が足りていると明確にするため?」
アンの答えも正解と言えば正解だ。
免許を持っていれば誰からも問題なしと判断される。
それだけの信用が免許を発行している先にはある。
「違う。免許を持っていない人間が自分たちの土地で勝手に動かすのを禁止しているんだ」
だから私道で車を運転する分には免許を所持している必要はない。
それは、クルーザーでも言える。免許を持っていなくても日本の海域でなければ問題ない。
「そっか。ここは異世界だもんね」
どれだけ無免許で動かしたところで違法性を問われることはない。
ここは日本でもない。
そして、異世界には免許が必要になる法律が存在しない。
「いやいやいや……運転方法は!?」
今度はハルカから質問が飛んで来た。
「それも垂直離着陸機と同じだ」
俺の【収納魔法】には収納した物の名前や使い方が分かる効果がある。
クルーザーも収納した瞬間に運転方法を理解した。
「さて、無駄話はそろそろ終わりだ」
クルーザーを停止させる。
目の前に広がる海が突如として荒れだした。
「これは……!」
ショウたちが咄嗟にクルーザーに掴まる。
クルーザーが衝撃を受けて動いている。
「お出ましか」
クルーザーの下から気配を感じる。
次の瞬間、海が割れて巨大な生き物が姿を現す。
現れたのは巨大な蛇の魔物。
「あれが『海神』……!」
誰かが呟いたのが聞こえた。
人を丸呑みできそうなほど巨大な口を開けてこちらを睨み付けている。体の大部分が海中にあるせいで分かり難いが、全長100メートルを超えると想像できる魔物に睨まれている。
尋常な精神では耐えられない。
「じゃあ、後よろしく」
「え、手伝ってくれないの!?」
ユウカが声を荒げる。
事前に打ち合わせしておいたのに何を驚いているのか……
「海にいる魔物を攻撃するのに近接攻撃しか持たないショウやマコト、アンとハルナが役に立たないことは説明したはずだよな」
4人ともスキルを駆使すれば攻撃が届かない訳ではない。
だが、驚異的な力を誇る魔物を相手に減衰した攻撃が通用するとは思えない。
それぐらいなら遠距離攻撃が得意な者に最初から全てを任せておいた方がいい。
「だから海神の相手はユウカに任せる事にしていただろ」
レイも薬品を叩き付ければダメージは与えられる。
ミツキもライフルがあるのだから遠距離攻撃手段は持っている。
それでも敢えてユウカに任せることにした。
「せっかく手に入れた『叡智の書』。実戦で使ういい機会だろ」
「うん……」
性能は既に魔物を相手に確認している。
しかし、強力な魔物を相手にどれだけ戦えるのかは相手がいなければ確認することができない。
せっかくの機会だ。手に入れたばかりの魔法道具を手に戦ってもらおう。
次回、海上対決です。