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第14話 叡智の書―⑦―

 椅子に座ったままのミイラ。

 その膝には一冊の本が抱かれていた。

 遺体は辛うじて原形を留めている程度で、死ぬ時に纏っていたであろう服も切れ端が残っているだけ。その切れ端も俺たちが近付いた時の衝撃でどこかへ吹き飛んでしまった。


 しかし、膝の上に置かれた本だけは真新しいままだった。

 強力な魔法道具には状態を維持する為の力が働く場合がある。それは、何千年という途方もない時間が経過しようとも原形を留める。


 それが魔法道具だと聞いていた。

 だが、実際に目の当たりにすると異様だ。

 魔法道具だけが時間の流れから取り残されている。


「これが探していた『叡智の書』なんだろうな」


 手にするだけであらゆる属性の魔法が使えるようになり、元々持っていた属性の魔法は強化されるという『叡智の書』。


 試しに持ってみる。

 が、何も起こらない。


 ページを捲ってみるが……


「何も描かれていない」


 本の中には何も描かれていない。

 空白だ。


「本当だ」


 俺の持っている『叡智の書』を隣から覗き込んだショウとマコトにも何も見えていない。

 やはり、最初から白紙だったみたいだ。


「ちょっといい?」


 アンがパラパラと最後まで捲って行く。

 が、やはり何も描かれていない。


「偽物だったんじゃない?」

「少なくとも魔法道具である事は間違いない」


 状態が維持されているのだから何らかの力が備わっているのは間違いない。

 とはいえ、現状では全く分からない。


「とりあえず、これは渡しておくわね」

「いいのかな?」


 アンから『叡智の書』を渡されたユウカは不安そうにしていた。

 最初からユウカに渡すつもりでダンジョンに挑んだが、途中にあった迷路や魔物を俺たちに頼っていた。それで報酬だけ貰うのを申し訳なく思っている。


「申し訳なく思うならそれを使って活躍してくれればいいよ」

「……分かった」


 とりあえず納得して本の表紙を捲ってみる。


「あ、あれ……?」


 困惑していた。


「どうしたの?」

「私には読めるんだけど……」

「そんなはずは……」


 アンが横から覗き込む。


「やっぱり何も描かれていないわよ」

「でも、1ページ目に使い方がはっきり描かれているじゃない」

「え……」


 ユウカによると『叡智の書』は決して様々な魔法が使えるようになったり、魔法威力が高くなったりする魔法道具などではなく、知りたい事を教えてくれ、それらを理解するだけの知力を与えてくれる本、との事だ。


「つまり、前に使っていた『賢者』は『叡智の書』で自分が使えない魔法の使い方を教えてもらっていた」


 しかも、それらを扱えるだけの知力も『叡智の書』から与えられていた。

 ただ、知力を高める効果は『叡智の書』を読んでいる時でなければ発揮することができない。だからこそ、戦闘中には不要になる本を常に持ち歩いて戦っていた。本を読んでいなくても手にしているだけで知力は高められるらしい。


「どうして、僕たちには読めないんですか?」


 読みたそうにしているショウが尋ねる。

 俺たちには読めないが、ユウカだけが読むことが……知ることができる。


「――それは、『叡智の書』に描かれた事は使用者にしか読めないようになっており、次の所有者は私の方で決めさせてもらったからだ」

『!?』


 突如聞こえて来たパーティメンバーではない声。

 思わず声が発せられて来た方向を見る。

 そこには『賢者』と思われる人物のミイラがあった。


「まさか……」


 生きている?


「安心して欲しい。私は既に死んでいる」


 スゥ、とミイラの前に一人の男性の姿が浮かび上がる。

 半透明な姿で「既に死んでいる」などと言われると幽霊を想像してしまう。


「これは生前に残しておいた思念を一時的に映像化させた物。新たな『叡智の書』の所有者が現れた時に起動するよう設定しておいた。ただ、時間が経ち過ぎているせいで時間も数分と限られている」


 『賢者』の視線がユウカへ向けられる。


「まずは礼を言わせて欲しい。私の心残りを解消してくれて」

「心残り、というのは?」

「その強力な本の所有者になってくれた事だ」


 ダンジョンに籠るようになった理由を説明してくれる。

 当時、魔王を倒したことによって平和が訪れた。だが、それが一時的な物である事を当時の『異界の勇者』。それに同行していた人たちは知ってしまった。

 そこで、彼らは魔王が二度と復活しない方法を探そうとした。


 だが――


「彼らにとっては不都合だったんだろうね」


 時の権力者だった人々だ。

 当時は魔王が再び現れる事も懐疑的だった。そのため王たちは、魔王が再度現れるかもしれない、という事実を広めて人々を不安にさせるよりも自分たちの権力を盤石な物にするよう動いた。


 魔王を倒せるほど強大な力を持っていても若者。

 水面下で動かれていたせいで最初は気付けなかった。


 気付けば周囲は敵ばかり。

 民衆には真の目的を教えることなく王城で囲い込まれるようになる。


 王城での生活は堕落させるもので、若者だった勇者たちも王の思惑に呑み込まれるように旅を諦めて行った。

 魔王は復活しないかもしれない。

 そんな想いで満たされて行った。


「ただし、私だけは諦めなかった」


 たとえ一人になろうとも旅を決行した。

 彼だけは『叡智の書』があったため魔王復活が分かっていた。


 そうなると王たちにとっては『賢者』の存在は邪魔になった。


 中でも躍起になって排除しようとしたのが当時のメグレーズ王国の国王らしい。


「私は邪悪なる存在として葬られる事が決まった」


 既に引き返せないところに来ていた。

 それと、自らの持っている『叡智の書』を奪われる訳にはいかない。


「私が生きている限り、所有者は私だから誰かに使われる事はない。だが、私が死ねば別の者が新たな所有者になる」


 知りたい事が知れる本。

 あまりに危険な本だ。

 善良な者に使われるのならいいが、野心的な者に使われるような事になれば世界は混沌としていたかもしれない。


「だから、私は『魔王復活』を阻止してくれる者に託そうと思い、強い力を持った者が現れるのを待った」


 強化された魔法によってダンジョンを造り、アンデッドやゴーレムを配置して力を試すような真似をした。迷路にゴブリンたちが住み着いてしまったのは完全な誤算だった。


「最後のゴーレムには強力な魔法攻撃を受けると自動で機能を停止させる仕組みが組み込まれていたんだ。それが……まさかあんな方法で突破されるとは思わなかった」

「ごめんなさい!」


 まさか試練になっているとは思わず消してしまった。

 申し訳ない事をしてしまった。


「いや、謝る必要はない。想定していなかった私の責任だ」


 既に所有権まで奪ってしまったのでどうしようもない。

 できるとしたら単純な壁として置いて、ユウカに破壊してもらうぐらいだろうか。


「せめて私の方で所有者は選ばせてもらった」


 試験を見届けて所有者になれるか見極める。

 それが目の前に現れた残留思念の役割であるため所有者を選ぶぐらいの権利は与えられていた。


「ちなみに選考基準は?」

「どうせなら魔法使いに使ってもらいたいからね。この中で魔法使いらしいのは彼女ぐらいなものだろう」


 随分と単純な物だった。

 消去法で魔法使いのユウカが選ばれた。


「その本をどう使おうと新たな所有者に選ばれた君の自由だ」

「いいんですか?」

「もちろん。いくつかの制限はあるけど、知りたいと思った事は本が何でも教えてくれる。ただ、『魔王消滅』についてはどうにかして欲しいと思っている」

「いえ、私で本当にいいんですか?」


 さらに待てば優秀な魔法使いが現れるかもしれない。

 アイテムボックスによるインチキ強化や異世界召喚による強力なスキルの付与。

 努力している魔法使いに申し訳ない。


「いいよ。僕は、もう疲れたよ」


 残留思念であるため肉体的に疲れることはない。

 しかし、ダンジョンの挑む人たちを1000年以上も見続けている内に心は擦り減ってしまう。いい加減に成仏……とは少し違うが消滅してしまいたいところだった。


「君たちが来てくれて本当に助かった。仲間が知りたい事でも、君が『叡智の書』を代わりに使えば答は得られる。自由にやるといいよ」


 『賢者』の姿が光の粒子になって消える。

 後にはミイラだけが遺されていた。


「せめて地上に埋葬してあげるか」


 ミイラを収納する。

 地上に戻ったらきちんとした場所で埋葬してあげるつもりだ。


「うん。たしかに私でも知りたい事が知れるようになっている」


 魔法の威力に関しては地上へ出てから確認する必要がある。

 だが、『叡智の書』が本物である事は確認できた。


「なるほど。だったら聞いて欲しい事がある」

叡智の書編はこれにて終了。

次は、聖剣を求めて化物退治です。

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