第12話 叡智の書―⑤―
洞窟の迷路を進んで行くと開けた場所に出る。
その場所には天井を支えるように円柱が聳え立っており、まるでこっちの世界に来てからは何度か訪れたことのある教会のように見えた。
だが、教会とは不釣り合いな物がある。
――カタカタカタ!
不気味な音が聞こえる。
その音だけで女性陣は戦意を喪失してしまっている。
「いるのは分かっているんだから姿を現したらどうだ?」
懐中電灯の光を向けると怪しく光る眼を持つ人物が立っていた。
いや、その人物からは既に生気が感じられず、生理的な嫌悪感だけを見ている者に与えていた。
不死者。
それも動く死体。
「うわ、何十体いるんだ?」
50体はいるかと思われるゾンビが待ち構えていた。
ただし、広間からはもっと多くの気配が感じられる。
「どうする?」
「正面をお願いします。僕とマコトが左右から蹴散らして行きます」
「了解」
ショウの意見を聞いてゾンビの待ち構える中へと突っ込んで行く。
手には聖剣がある。聖なる力が付与された剣にはアンデッドのような不浄な存在を斬る能力が備わっている。
アンデッドの能力の中で最も厄介なのは既に死んでいるが故に致命傷を与えても動き続けることにある。たとえ腕や足を斬り飛ばしたとしてもくらいついて来る。
だが、聖剣で一定以上のダメージを与えれば……
「へぇ、本当に動かなくなるんだ」
目の前には両断されたゾンビが一体。
話に聞いた限りだとゾンビは体を両断されても這いながら襲って来ることがあるという話だった。
だが、聖剣によって斬られたゾンビは動く様子がない。
「これはいい」
次々とゾンビを斬って行く。
浅く斬っただけでは襲い掛かって来るが、両断するには至らなくても胸を大きく斬り裂けば地面に倒れて動かなくなる。
ショウやマコトもゾンビの体を細切れにする勢いで倒して行っている。
「……なんだ?」
思わず足を止めてしまう。
倒したはずのゾンビの集団の中で仲間のゾンビを喰らっているゾンビがいる。
「いや、ゾンビじゃないな」
仲間の体を喰う度に力が強くなっているのを感じる。
しかも斬り飛ばされたはずの腕が喰っているゾンビの腕をもぎ取って自分の体に付けると自分の体のように動かせていた。他者の肉を喰らうことによって再生能力が増し、他人の肉体すらも自分の肉体にすることができる。
「あれが食人鬼か」
人の肉を喰らうアンデッド。
食欲が優先されて人に噛みついてしまうのはゾンビも同じだが、グールの場合は肉を喰らう度に自らの力を強くしている。
おまけに材料さえあればいつまでも再生することができる。
だからこそ早急に倒さなければならない。
「せいっ」
聖剣を上から下へ振り下ろす。
剣の軌跡に沿うように光の斬撃が放たれる。
光に呑み込まれた瞬間、アンデッドたちが蒸発して消えてしまう。
聖剣に与えられた特殊技能『聖断』――斬撃の先にいる全てのアンデッドを消滅させてしまう。
対象は――斬撃の先にいるアンデッド。
だからこそ……
「ワラワラと出て来るな」
広間の左右からアンデッドが姿を現す。
ただし、今度姿を現したのは骨の怪物スケルトン。
骨だけで構成されているにも関わらず、肉があった生前と同じように動き回り、スケルトンの中には剣や盾を持っている者までいる。
体内にある魔石が動力となって骨の体を動かしている。
「ショウ、スケルトンは任せていいな」
「はい。ゾンビよりは相手にし易いです」
手に持っていた槍を体よりも大きなハンマーに変えてスケルトンに打ち付ける。
強烈な衝撃を受けた骨の体が粉々に吹き飛ぶ。
魔石によって動かされている骨の体だが、自由に動かすことができるのは魔物化した時に構成されていた骨のみ。グールのような再生能力はない。
ああして骨を粉々にされれば起き上がることはない。
マコトは相手の攻撃を掻い潜って背後へ回り込むとゾンビの四肢を斬り飛ばしている。どういう原理なのか知らないが、斬り飛ばされて手や足だけになってもバタバタと動くことができている。だが、それだけでは襲い掛かることはできない。
今も10体目のゾンビを倒したところだ。
人間の中で最高技術を持つマコトにとって緩慢な動きしかできないアンデッドの攻撃を回避することなど造作もない。
「チッ……!」
思わず舌打ちする。
ゾンビを適確に斬っているマコトは気付いていない。
離れた場所から見ていた俺だからこそ気付けた。
「ギ、ギィ……」
「え……?」
すぐ傍から唸り声のような物が聞こえてマコトが手と足を止める。
唸り声が聞こえた場所のすぐ後ろでは俺が聖剣を地面に突き刺している。
傍目には、ただ地面に剣を突き刺しているだけのように見える。
だが、確かに敵は剣の先にいる。
「気を付けろ、目に見えないアンデッドもいる」
聖剣を地面から引き抜く。
すると白い靄のような物が霧散する。
「なるほど。ゴーストか」
霊体。
物理的な力は持たないが、他者に憑りつくことで肉体を支配し、精神にダメージを与えることもできる。
霊体であるが故に肉眼で見ることもできない。
「霊は目に見えていないけど、移動すると空気を押し退けるみたいだ。それが気配となって伝わる。いろんな奴から技能を模倣したお前ならゴースト相手でも気配を捉えることができるはずだ」
「ソーゴさんは?」
「聖剣が不浄な存在を捉えてくれる。だから位置を特定する事もできる」
ゴーストを斬る。
奥の方から宙に浮かぶ人魂のような物が来るのを感じるが、見られていると思っていないのか真っ直ぐに突き進んで来るだけなので斬るのは簡単だ。
「さて、そろそろ雑魚を寄こすのは止めたらどうだ?」
暗い広場の奥に向かって言う。
鎧を着た人物の足音がアンデッドとの戦いで煩い戦場に響く。
奥から現れた兜を脇に抱えた鎧。
兜を脱いでいるのだから顔が見えているはずなのだが、頭部があるべき場所には何もない。
「首無し騎士か」
元の世界でも死を告げる妖精であるにも関わらずアンデッドとして扱われている。
「その体、誰のだ?」
鎧と兜の中には誰かの肉体が入っている。
元々は首を斬られた誰かで、このアンデッドの満ちる広場で死した為にデュラハンとして復活してしまった。
おそらく『叡智の書』を求めてやって来た冒険者の亡骸だと思われる。
「あんたを浄化してやるよ」
挑発すると生前の記憶が残っているのか剣を手に走って来る。
聖剣を向ける。
すると、手に持っていた兜を上へ放り投げる。
思わず投げられた頭部へ視線が向けられる。
上空高く飛んだ頭部が下を向く。
同時に胴体が近付いて剣が左から振られる。
左から迫る剣を受け止めようと振り上げる。
が、軌道を逸らされたデュラハンの剣が聖剣を叩く。
「……っ!」
尋常ではない力。
さらに不利な体勢で受け止めてしまったために聖剣が手から弾かれてしまう。
大きな足音を立てながらデュラハンが右側へと回り込む。
デュラハンの剣が無防備な右半身へ振るわれ、肩から肘にかけて大きく斬られる。
「……全部見られている」
上へ頭部が投げられたことによって俯瞰されている。
見下ろすように見られているということは俺がどんな風に動こうとしているのか全体を一度に見ることができるということ。
最も無防備な場所を攻撃されれば対処も難しい。
デュラハンが斬り掛かって来る。
武器を手にしていない状態ではデュラハンの剣を受け止めることもできず、回避するしかない。
「ソーゴさん!」
「こいつは俺が倒す。雑魚共を近付けるなよ」
振るわれた剣を回避しながらショウに向かって叫ぶ。
どうにか回避に専念することでやり過ごしている。
武器が必要だ。落としてしまった聖剣に目を向ける。アンデッドと戦うなら聖剣が必要になる。
「……!」
首を狙って振るわれて剣を屈んで回避する。
と、落ちて来たデュラハンの兜と目が合う。
まるで、このタイミングを待っていたような目。
背後に気配を感じる。
――ああ、マズいな……
デュラハンの振るう剣が振り落とされる。
全てを斬り裂く死神の一撃は人の体など簡単に両断してしまう。
――バシュ!
「剣を振り下ろすような余裕があればの話だけどな」
――ガシャン!
胸から上と下半身だけになった鎧が地面に崩れ落ちる。
鎧の腰から胸までの部分はごっそりと消えていた。
――ガン!
聖剣が広場の壁に突き刺さる。
「デュラハンのあんたもアンデッドで助かったよ」
射出された聖剣を砲弾のように受けてしまった為に体の大部分を吹き飛ばされていた。
「聖剣が1本だけだと決めつけていたお前の負けだ」
致命的な隙を自分から作り出す。
そこを狙って大振りしたところへ収納から出した聖剣を叩き付ける作戦だった。
上から見下ろしていたデュラハンも見えていない2本目の聖剣までは警戒の対象になっていなかった。
「これでボスは倒せた。けど……」
今までデュラハンの戦闘の邪魔にならないよう奥に控えていたゾンビやスケルトンが押し寄せて来る。
目に見える範囲だけでも数十体はいる。
ダンジョンにどれだけの数のアンデッドがいるのか分からないが、ダンジョン中から呼び寄せているような数だ。
「面倒な死体共だ」
既に死んでいるのだから大人しくしておけばいいんだ。
「死体、ね――」
呟くと戦闘には使い物にならないと言われたスキルを使用する。