第11話 叡智の書―④―
――ダンジョン探索開始から5時間後。
未発見の罠がないか警戒しながら進んでいたため時間が掛かってしまった。
「ここからは迷う可能性がありますよ」
地図を確認していたユウカが教えてくれる。
ダンジョン内での戦闘を禁止していたので案内役をお願いしていた。
「残念ながら地図はここまでしかありません」
それでも半分近くは潜ることができた。
ここからは自力で探索しなくてはならない。
以前に探索した人たちもマッピングするほどの余裕はなかったらしい。と言うのもここまでは道が左右に分かれている程度でマッピングも難しくなかったのだが、ここから先は道がウネウネ曲がっているため方向感覚が狂わされてしまうらしい。
後、ここから先の探索が進んでいない最大の理由としては、進んだ者たちのほとんどが未帰還だから、という事だ。
「どうする?」
「訓練の為に探索しながら進むか。それともズルをして先に何があるのかを把握してから進むか」
「え、できるの?」
「まあ……」
ハルナの質問に曖昧に答える。
はっきり言えば迷路攻略においてチート以外の何物でもないので使いたくはないのだが、危険がある状況でそんな事は言っていられない。
「とりあえずお願いしていい」
「分かった」
目の前には3本の道。
進んだ先でも分かれ道がいくつもあるのだろう。
収納からゴルフボールを取り出して3本の道全てに投げる。ダンジョンの壁を壊さない程度の威力で投げられたゴルフボールは壁を跳ね返りながら奥へと進んで行く。
薄暗い洞窟の中では投げられたゴルフボールはすぐに見えなくなる。
「こっちが安全だ」
右側の道を選択する。
「こ、根拠は?」
「左側に投げたゴルフボールは途中で壁に当たって止まった。周囲にも道らしい物が見当たらないし、行き止まりになっているんだろう。正面に投げたゴルフボールは何者かに破壊された。たぶん魔物が待ち構えているんじゃないかな」
そして、右側へ投げたゴルフボールには特に異常がなかった。
比較的に安全な道を選ばせてもらった。
「どうしてそんな事が分かるの?」
「簡単だ。【収納魔法】を使った」
俺の【収納魔法】は一度でも収納した事のある物ならマーキングが施されているため、いつでも自由に収納する事ができる。
左側へ投げたゴルフボールは収納ができる。が、止まっているのでゴルフボールを中心に周囲の物を収納しようと魔法陣を飛ばしたところ、すぐに岩しか収納できなくなってしまった。つまり、壁しかない。
正面へ投げたゴルフボールは収納することすらできない。特製の頑丈なゴルフボールなので簡単には壊れない。おそらく、もっと強力な攻撃によって粉々にされてしまったために収納することができなくなってしまったと思われる。
どこからでも収納することができるが、収納したい物をイメージできなくては収納することができない。形が変わるほどに壊されてしまっては遠距離から収納することができなくなってしまう。
従って正面の道には魔物がいる。遭遇しても退治すればいいだけだが、戦闘は極力避けた方がいい。
「……という訳で安全そうな右を選んでみた」
右側の道を歩きながら説明する。
「へ~」
話を聞いてハルナが感心していた。
と、5分ほどすると再び分かれ道に到着してしまった。
今度は左右に道が分かれている。
「とう!」
再び、ゴルフボールを投擲。
「……どうしよう」
「どっちも問題だったの?」
「逆。どっちも何もなかった」
手元には汚れたゴルフボールが2個あった。
これは、今し方投げたボールだ。
「どっちも安全なんでしょ。だったら、こういう時は迷路攻略のセオリーに従って進みましょう」
先ほど入口から右側へ進んだ。
今度も右側へ進む。
「こういう時は、どっちへ進んだのか分かるように同じ方向へ進んだ方がいいのよ」
よく聞く攻略法だ。
まさかリアルな迷宮な試すことになるとは思っていなかった。
「まあ、それでもいいんだけどな……!」
三度曲がり角に差し掛かったためゴルフボールを投げてみる。
「……」
「また、どっちも安全なの?」
無言になってしまった俺を見てアンが言った。
残念ながら今度はそんなに楽観的な事ではない。
「……こんなの見つかった」
ゴルフボールが転がった先にあった物を回収して見せる。
「げっ……」
思わず見せられたアンが汚らしく言葉を吐いてしまった。
同じく見せられたレイも顔を顰めている。
そこにあったのは人間の全身骨格。骨の至るところに牙で貫かれたような傷跡がある事から生きている間に食べられたのか、それとも死んだ後で食べられたのかは分からないが、肉の方は魔物に食べられてしまったらしい。
そして、食べた魔物についても予想できる。
「クサッ!」
あまりの異臭にショウが離れる。
今、手に持っているのは頭蓋骨だけだが、頭蓋骨から腐らせた肉の匂いがする。日本で嗅いだことのある臭いとは比べ物にならないぐらい強烈だ。
そう言えば、異世界に来てかなりの時間が経ったけど、この魔物には遭遇したことがないな。
「不死者」
ゾンビやグール、スケルトンやゴースト。
魔法が普通にある世界では死体となった元肉体に魔石が宿ることによって命なき肉体が彷徨い歩いてしまうことがあるし、食欲だけが増大し暴走することによって強力になるグールもいる。
霊体も魔法の一種と考えれば否定し切れない。
「コレ、肉が腐った匂いよね」
おそらくゾンビの物と思われる。
既に全身骨格の持ち主が死んでいる以上、本人から腐肉の匂いが付くはずがない。周囲に腐肉があるせいで骨に匂いが染み付いてしまった。
「アンデッドと戦うことになると思うけど、大丈夫?」
「僕は大丈夫です」
「たぶん……」
男どもには聞いていない。
拒否したところで戦わせる。
問題は女性陣の方だ。
『……』
全員が一斉にサッと視線を逸らしてしまった。
戦いたくはない、と……
「仕方ない。俺も戦うか」
さらに厄介な事はアンデッドが複数体存在する事。
どうやら、アンデッドの軍勢がこの先で待ち構えているらしい。
その事を告げると女性陣が顔を青褪めさせた後、サッと後ろへ下がってしまった。
「まあ、僕たちでやるんで大丈夫ですよ」
そう言ってくれるショウだが、彼だけに任せる訳にはいかない。
収納からアンデッドに有効そうな聖剣を取り出す。兵器の類は洞窟内で使用するには不向きなため剣で近接戦闘をするしかない。