第10話 叡智の書―③―
手元にある懐中電灯の灯りだけを頼りに薄暗い洞窟を進む。
とはいえ、それほど不安にはなっていない。手元には迷路のようになっている洞窟内を記した地図がある。それにいくつもあった罠は分かっている物のみだが、全て無力化している。これまでの探索によれば一度起動した罠が再起動されていることはあっても全く新しい罠が設置されている事はない、との事だ。
ならば、警戒心を低くして進めるというもの。
ただし、障害が全くない訳ではない。
「静かに」
先頭を歩いていたマコトが足を止める。
薄暗いせいで見えないが、かなり先から声が聞こえて来る。
「これゴブリンの声だよな」
なにやら『ゴブッ、ゴブッ』といった鳴き声が聞こえる。
間違いなくゴブリンだろう。
「どうしますか?」
マコトが尋ねて来る。
斥候役を請け負っている身としては迅速に排除したいのだろう。
罠は徹底的に排除することに成功したが、洞窟の中には魔物が住み着いてしまっているので戦闘しなくてはならない危険性がある。
もっとも今さらゴブリン程度では相手にもならない。
「ゴブリンなら速攻で排除できるんだろうけど……」
「ちょっと試してみていいかな?」
ミツキの手元でジャコッと音が鳴る。
彼女に渡した新兵器……と言うよりもこれまでは使う機会のなかった兵器を試してみたいようだ。
「いいんじゃないかな?」
特に反対する理由もないので了承する。
ミツキを先頭に洞窟を歩く。
ゴブリンたちは曲がり角の20メートル先でたむろしているらしく、3体で何かを話し合っていた。
狭く薄暗い洞窟内。
遠距離から攻撃するには不向きな場所。
そのため自分たちが襲われるとしたら近接攻撃によるものだと思っているせいか完全に油断している。
だが、20メートルなどミツキの射程内だ。
――ダン、ダン、ダン!
3発の銃弾が放たれる。
1発目と2発目の弾丸がゴブリンの脳天を貫き、3発目は仲間が攻撃を受けていることに気付かれたせいで動かれてしまい顔面を貫通する結果になってしまった。
それでもゴブリンが瞬殺された。
「問題ないみたい」
持っていた拳銃をホルスターにしまう。
ミツキに渡しておいたのは日本の警察官も使用している拳銃だ。汎用性が高く、使い易いので渡していた。
ただし、表皮の硬い魔物が相手だと貫通力に乏しいため通用しなかった。
俺たちが普段相手にしているような高レベルの魔物だと通用しない。
だが、ゴブリン相手だと通用したようだ。
「雑魚相手に使うなら問題ないけど、やっぱり特殊弾が必要になるかな」
貫通力を高めた銃弾。
そういった物が無いと魔物を相手に銃で対抗するのは難しい。
「まあ、考えておくよ」
現代兵器で使えそうな物があれば渡してあげている。
「さあ、先へ進もう!」
☆ ☆ ☆
その後も出て来る魔物を狩りながら奥へ進む。
先頭を歩くのはマコトとショウだ。二人とも男という事で率先して役割を引き受けていた。
罠は分かっている物を全て回収したと言っても新しい物が本当にないとは言い切れないため斥候役が必要になっていた。
「今度はどうした?」
また新しい魔物が現れたのかマコトが足を止める。
「いえ、今度は魔物ではありません」
ドタバタ、と走る足音が煩く聞こえて来る。
洞窟なので音がよく響く。
「どうやら冒険者たちが走ってこちらへ来ているみたいです」
足音は複数人。
音の軽さから人間だと思われる。
「そして、大きな魔物が冒険者たちを追っています」
軽い足音の向こうから重たい足音が聞こえて来る。
数は1体。
「どうしますか?」
「どうしようか……」
こういう場所で他の冒険者と遭遇してしまった場合には極力関わり合いになるのを避けなくてはならない。
理由は揉め事を回避する為だ。もしも、俺たちまで後ろから追って来ている魔物のターゲットにされてしまった場合には戦わなくてはならない。ところが、追われていた者次第では、その行為を横取りだと言われてしまう可能性がある。
だから向こうから頼まれでもしない限り手を出してはいけない。
本音を言わせて貰えば関わり合いになりたくない。
しかし、洞窟内の一本道にいる以上は元来た道を戻る以外に遭遇を避ける方法がない。それは、なんだか癪だ。
「けど、逃げている事から明らかに手に負えない状況ですよ」
「仕方ない」
視線でマコトとショウに前へ出るよう促す。
洞窟内での戦闘は二人に任せることになっている。
ミツキの高威力の弾丸、ユウカの強力な魔法、アンの瞬間移動。これらは狭い空間では使い難く、最悪の場合には崩落に繋がる危険性もあったため使用を控えるように言ってある。
そういう訳で女性陣に戦いを控えてもらっている。
「来ます!」
ショウが槍を構え、マコトも剣を抜く。
数秒後、冒険者が姿を現す。
冒険者は3人組で全員が盗賊職なのか鎧は着ておらず軽装だ。
「た、助けてくれ!」
中央を走っていた男から救援要請が聞こえて来た。
これで助けても文句を言う資格はなくなった。
すぐに彼らを追い掛けている存在に視線を向ける。
「オーガか」
冒険者たちを追っていたのは真っ赤な肌に筋骨隆々の全長3メートルの魔物。頭が洞窟の天井に届きそうで窮屈な思いをしながらも逃げる獲物を仕留める為に追っている。
逃げていた冒険者たちが横を通り抜けていく。
「なっ……逃げないのか!?」
3人が通り抜けた瞬間、足を止めてこちらを振り返ってしまう。
「逃げる? どうして逃げる必要があるんだ?」
オーガが先頭で立っていたマコトの前まで辿り着く。
まずは目の前にいる相手をどうにかしなければならないと思ってオーガが足元にいる人間に向かって拳を振り下ろす。
――ドスン!
振り下ろされた拳によって地面が陥没する。
オーガの腕力からすれば珍しい事ではない。
逃げていた冒険者たちがあまりの威力に顔を真っ青にしている。もしも、あんな威力で殴られていれば確実に彼らの命はない。
「なっ……!」
だが、次の光景には驚きから声を漏らしてしまった。
地面を陥没させるオーガの腕が肘辺りから地面に落ちてしまったからだ。
「この程度ですか……」
落胆したように剣を振るう。
直後、オーガの足が膝辺りで切断される。
両手両足を失ったオーガが地面に崩れ落ちる。
「終わりです」
最後にショウが眉間に槍を突き刺すとオーガが力を失ってしまった。
「すごいんだなアンタたち」
「そうでもないですよ」
倒れたオーガの死体を収納する。後で冒険者ギルドへ持って行けば高値で引き取ってくれるからだ。
いきなり消えてしまった巨体に目を丸くしていたが、気にせず話を続ける。
「それよりも大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「良かった」
「今日のところは帰ることにする。原因は不明だが、罠が起動しなかったせいで危険な目に遭ってしまった。これはギルドに報告しないといけない」
……ん?
「罠が起動しない事はいい事では?」
「俺たちの場合は重量系の魔物と遭遇した場合には罠にある場所まで誘導すると罠を利用して倒すようにしているんだ」
オーガと遭遇したのが開けた場所なら後ろへ回り込んで一撃を与えるという方法が使える。
ところが、狭い洞窟内ではそのようには行かないため挑発しながら罠のある場所へ誘導して罠による爆発や投擲物によって倒れたところを倒すのが彼らのセオリーらしい。
今日も同じ方法でオーガを倒そうとした。
ところが、行きの時にはあることを確認した罠が起動しなかった。
追い詰められた彼らは結局逃げるしかなかった。
「……」
「どうした?」
その話を聞いて気まずくなってしまった。
もっとも洞窟内が薄暗かったおかげで冒険者たちは気付いていない。
彼らが苦戦してしまったのは全ての罠を俺が回収してしまったからだ。まさか、罠を利用している人がいるとは思っていなかった。
「あの……」
金貨の詰まった皮袋を渡す。
「金を貰う訳にはいかないだろ」
「いえ、治療とかで必要になるはずですから受け取って下さい。俺たちがもっと早く駆け付けることができれば負傷することもなかったんですから」
さすがに罠を回収してしまった事実は言えない。
だから、せめてお金ぐらいは受け取ってもらう。
俺にできるのはそれぐらいだ。
「……理由は分からないけど、ありがたく貰う」
「今日は洞窟内が異様に静かだ。何かあったのかもしれないからお前たちも帰った方がいいぞ」
心配しながら冒険者たちが帰って行く。
いつもなら罠による爆発音が聞こえて来るらしい。
「……さあ、先へ進む事にしよう!」
さっきとは違って場を誤魔化す為に叫ぶ。
仲間からの視線がちょっと苦しい。