第8話 叡智の書―①―
「さて、次はユウカの番だな」
黄金の果実によるポーションが完成した夜。
ログハウスのリビングで全員を集めて話し合う。
「わたしの武器?」
話題に上がったのはユウカの装備だ。
「他にも貰っているからいらないよ」
ユウカには『世界樹』が自らの体から作り上げた杖、それに魔法道具店で売られていた魔法使用時に魔力の消費を抑えてくれる腕輪をプレゼントしていた。
彼女自身は、これで十分だと考えていたみたいだ。
だが、甘い。
「魔王軍と本格的に戦うならその程度の装備だと不安が残るぞ」
「う……」
あれからも強力な魔物を倒して経験を積んだとはいえ、魔王軍を相手にするなら万難を排していたとしても不足することはない。
最も簡単な方法が装備の充実だ。
スキルの強化もしているが、一朝一夕で強くなれるような物ではない。
ただ、ここまで強くなってしまうと伝説級の装備に頼るしかなくなる。
「4日前に立ち寄った街にあった冒険者ギルドで聞いた噂を気にしていただろ」
「あれは……」
何でも街の外れにある洞窟に大昔に実在した『賢者』様が遺してくれた魔導書があるらしい。
魔導書と言っても魔法に関する記述が書かれた本、というだけでなく手にするだけであらゆる属性の魔法が使えるようになり、元々持っていた属性の魔法は強化されるという言い伝えがある。
残念ながら持ち帰ることに成功した者がいないので確認はされていない。
しかし、【複合属性魔法】のスキルを持っているユウカにとってこれほど頼りになる武器は他にないはずだ。
ユウカも気になっていた。
しかし、その時は黄金の果実を最優先に行動していたため寄り道している暇がなかった。
「あの街へ戻るだけなら一瞬で済むから寄ってみないか?」
「せっかくだし、寄ってみればいいじゃない」
「うん。じゃあ、お願いしようかな」
アンから諭されて寄り道することになる。
☆ ☆ ☆
「あら、お久しぶりですね」
「数日振りです」
昼過ぎに冒険者ギルドへ赴く。
この時間を選んだのは依頼を受けた冒険者が街の外へ出ていて冒険者ギルドが暇だからだ。今も数人の冒険者の姿が見受けられるが、ギルド職員は空いた時間の間に書類の整理を行っている。
詳しい話を聞く為に受付嬢の前へ行く。
ちょっと立ち寄っただけなのに俺たちの顔を覚えていたという事は優秀な人だろう。
「本日はどのような用件でしょうか?」
受付嬢から見られる。
以前に立ち寄った時に『黄金の果実』を求めて移動中である事は伝えてある。
たった5日しか経過していないのに戻って来た事を考えれば不審な目を向けられても仕方ない。
「前に聞いた『賢者』様の話を聞きに来たんです」
「随分とチャレンジャーですね」
数日前には『黄金の果実』の採取。
続けて『賢者』が持っていたと言われる書。
「……いいでしょう。冒険者から求められた場合に情報を提供するのも冒険者ギルドの役割です。料金が必要になりますがよろしいですね」
確認する受付嬢に頷く。
今から1000年以上も前の話。
激化する魔王との戦いの中に突如として一人の魔法使いが現れる。
その魔法使いは一人で全ての属性の魔法を扱うことができ、他者の追随を許さないほどの威力を持つ魔法を撃つことによって魔王軍を悉く倒して行くことに成功した。
その後、勇者が召喚されたことによって魔王は倒される。
『賢者』はあくまでも勇者をサポートする者として活躍したらしい。
魔王を倒した後は表舞台から姿を消した『賢者』。何かしらの政治的な策略があったせいで彼の名前が知られることはなく、存在すらも抹消されていた。
ただし、彼の地元であるこの街――シーラスだけは違った。
類稀なる力を持つ『賢者』を崇めた。
「この国が『賢者』の故郷なんですね」
「ええ、その証拠だと思われているのが――」
受付嬢が街の周辺を記した地図を取り出してくる。
「ここです」
街の南にある山を指差した。
「この山にはいくつか洞窟の入口があるのですが、全てが奥の方で繋がっているんです。そこには『賢者』様が遺した魔法による様々な罠が今でも残っていて侵入者を阻んでいます」
洞窟内は暗くなっている。
そのうえ、魔法によって方向感覚を狂わされているため迷路のように入り組んだ洞窟内で迷ってしまう人が後を絶たないらしい。
そんな状態で魔法による攻撃を受けてしまった場合には回避も難しい。
今までどれだけの人が犠牲になったのかは分からない。
情報を求めて多くの冒険者がギルドを訪れるものの洞窟へ挑むことを規制している訳でもないため冒険者ギルドも正確な数字を把握していない。
「どうして冒険者の挑戦が止まらないんですか?」
「それは『賢者』様が魔王軍と戦っていた時にも所有されていた魔導書――『叡智の書』が洞窟の奥に保管されているからです」
最初は噂でしかなかった。
危険だという事もあって数十年の間は誰も近付かなくなった。
だが、ある時に【鑑定】と【宝感知】という特殊なスキルを持っていた冒険者が洞窟へ入ったところ最奥に『叡智の書』という名前の魔導書が眠っていることに気付いた。
その洞窟が誰の造った場所なのか?
噂話を知っていた人たちは躍起になって『叡智の書』を手に入れようとした。
「結局はそれからの数百年間誰にも攻略されていないんです」
冒険者を悉く葬って来た洞窟。
以前にも召喚された勇者が挑もうとしていたらしいが、冒険者ギルドの判断で危険を理由に退いてもらった。
「挑むのは自由です。冒険者ギルドはあくまでも冒険者が活動し易いようにサポートする機関ですから危険な場所へ挑もうとしている冒険者を止めるような権限はありません」
これが『勇者』だと知られていたなら止められていたかもしれない。
しかし、国境を越える時も街で名乗った時も『冒険者』だとしか伝えていない。
そのため受付嬢は勘違いをしていた。
「まあ、ほどほどに挑戦してみますよ」
「そうですか」
受付嬢から洞窟について様々な情報を貰う。
確実に分かっているのは洞窟内の半分程度。それでも様々なトラップが行く手を阻むし、洞窟内の環境に適応した魔物も出て来る。
これは……
「ダンジョンだな」
「そうですね。中には『賢者の洞窟』などと呼ぶ人もいるみたいです」
とはいえ政治的な理由もあって『賢者』の存在を大っぴらにすることもできない。
そのため大々的には広まっていないらしい。
「いいですか。くれぐれも気を付けて下さいね」
俺たちの見た目はよくいる冒険者に比べれば華奢で子供にしか見えないため20代の女性から見れば、一獲千金を夢見ることができるかもしれないが無謀な挑戦をしようとしているように見えるのかもしれない。
少し心配させてしまったみたいだ。
「ええ、大丈夫です。無茶はしないので分かっている限りでいいから教えて下さい」
迷路の詳細な地図、罠の有無。
迷路に関しては、未踏破の場所には何らかの目的があったのか冒険者を呼び込む為の宝箱が置かれていた。どのように補充されているのか分からないが、一度開けられた宝箱にも財宝が補充されていることがある。
罠に関しても一度起動させるとしばらくは起動しないのだが、しばらくすると罠が復活するようになっている。
踏破された場所だからと言って油断はできない。
「ありがとうございます」
地図を購入して冒険者ギルドを後にする。
ダンジョンまでは2時間も歩いていれば辿り着けることができる。
ただ、ダンジョンへ向かう足取りは軽くなっていた。
「楽しそうだな」
「そっちこそ」
8人で歩いている中で自分だけ抜け出すマコト。
気持ちは分からなくもない。
「だって、ダンジョン攻略ですよ。これまでの冒険に比べればファンタジー世界らしい冒険じゃないですか!」
生きる糧を得る為に魔物を狩る。
魔族となった元人間と戦う。
そういった活動に比べれば楽しくなってしまう。
こっちの作品では普通にダンジョンを攻略します。
作者の別作品のダンジョンとは別物なので『迷宮』ではなく『ダンジョン』と表記しています。