第8話 ゴブリン
サンドイッチを入れておいたバスケットやポット、シートを収納する。
なんだかピクニックみたいになってしまった。
「帰るか」
しかし、異世界に来てから10日以上が経過した現状ではいい息抜きになった。
このまま山を下って冒険者ギルドに頼まれていた薬草を納入すれば依頼は完了となる。
しかし、そこまで簡単に済まされなかった。
「あれは……ゴブリンか」
山を下りているとファンタジー世界では定番のゴブリンが4体こちらに近付いて来た。
ゴブリン――1メートルぐらいの大きさしかなく、頭から角を生やした緑色の肌をした小鬼。手には棍棒のような物を持っており、目はしっかりと俺たちの方へと向けられていた。敵対するつもりみたいだ。
薬草を探している最中には全く見つからなかったことからサンドイッチを食べている間に近付いて来たのだろう。もしくは、食べ物の匂いに釣られて出てきた可能性もあるな。
「どうする?」
仲間に確認をする。
俺がリーダーみたいな立ち位置になってしまったが、俺が勝手に方針を決めて行くリーダーになるつもりはない。
「せっかくレベルアップしたから自分の実力を試してみたいわ」
ハルナが短剣を片手に構える。
彼女が言うようにサンドイッチを食べている間にステータスを改めて確認していると全員がレベルアップしていた。
冒険者登録をした時からステータスは確認していなかったが、おそらく薬草を探している間にレベルが上がった、というのは全員の一致した見解だ。薬草を探している最中に体が少しだけだが軽くなったような感覚があった。おそらくレベルが上がったことによって体力が大きく上昇したことによって体が動かしやすくなったのだろう。
ただ、気になるのは俺のステータスの上昇値だ。
みんなとも話してどれくらい上昇しているのか確認したが、異世界人特有の加護があるおかげか1度のレベルアップで全てのステータスが10前後上昇していた。
それは、レベル3になった俺も同じだ。
(やっぱり最初のレベルアップだったから一気に上昇したのかな)
とにかく急激に上昇したステータスには慣れさせておく必要がある。
そういう意味では目の前にいるゴブリンは相手に最適と言えた。
「ちょうど4体いるし、1人1体でも問題なさそうだな」
「……そうですね」
レイが緊張した様子でメイスを握りしめていた。
山でスライムを相手にしていた時には誰かのサポートを受けていた彼女にしてみれば1体だけとはいえ、1人で魔物を相手にするのは初めてのことだ。
「とりあえず1体は引き離させてもらうか」
近付いてくるゴブリンに向かってこちらから走って近付いて行く。
速い!
敏捷が一気に上昇していたから移動速度が上昇していると思ったが、自分の想像以上に早く走ることができた。
近付いた時に1番端にいたゴブリンの頭を手で掴んでそのまま走ると近くにあった木に思いっ切り叩き付ける。
――ベチャ。
嫌な音が聞こえてくる。
ゴブリンの頭から手を放して地面を落とすが、ゴブリンが起き上がって来ることはなかった。
仲間のゴブリンがあっという間に殺されたことで残されたゴブリンたちが呆然としていた。
「これはマズいな」
ゴブリンの頭部を確認すると後頭部が潰れていることもそうだが、頭部に5つめり込んだ跡があった。間違いなく頭部を掴んだ時に全力を出してしまったせいで潰してしまったことが原因だろう。
力加減を誤ると大惨事になる。
今後、レベルアップした直後は気を付ける必要がある。
「だけど、これだけ強くなっているならゴブリン相手に苦戦することもないだろ」
俺が最初にゴブリンを倒したことで男子であるショウが呆然としているゴブリンに近付いて槍で串刺しにすると地面に叩き付けた。
地面に叩き付けられたゴブリンはどうにかして起き上がろうとして体をジタバタと動かしていたが、数秒もする頃には動かなくなる。
「やぁっ!」
同じように呆然としていたゴブリンに肉迫したハルナがゴブリンの首に向かって短剣を振るう。短剣で斬られたゴブリンの首から緑色の液体が噴き出る。
うわ、ゴブリンの血って緑色なのかよ。
「えい!」
レイもどうにかゴブリンに向かってメイスを振るっていた。
相手がゴブリンというのもいいのだろう。人の形をした魔物だが、ゴブリンの顔は酷く醜い。その顔を見ていると殺意しか湧いてこない。
おかげでメイスを全力で振るえていた。
しかし、最後に残ったゴブリンもただやられるばかりではない。持っていた棍棒でメイスを受け止めていた。
それでもステータスの差、なによりレイが使用しているメイスは効力については知らないが王城の宝物庫に置かれていた魔法道具。ゴブリンが持つような普通の棍棒で勝てるはずがない。
「はぁっ!」
レイが気合と共に力を込めるとゴブリンの持っていた棍棒が中程から折れて使い物にならなくなり、そのままメイスによって頭を叩き潰される。
「うわ、わわわっ!」
頭部が叩き潰された時に出てきた血やよく分からない液体を回避しようとするがいくつか服に浴びてしまった。
とりあえずこのままにしておくわけにもいかないので収納からタオルを取り出してレイに渡す。
「大丈夫か?」
「街に帰ったら公衆浴場でいいから早く行きたい」
俺たちが泊まっている宿屋は駆け出し冒険者の懐事情に優しい値段設定なためサービスもそれに準じたものになっている。もちろん風呂やシャワーはなく、体を拭く為にはお湯を借りて拭くだけだった。
そのためお金を払って入浴ができる銭湯のような場所へ行っていた。それぐらいの出費なら問題ない。
「そうだな。問題なく戦えるみたいだし、さっさと帰ることにするか」
後は倒したゴブリンから売れる素材を回収するだけだ。
ゴブリンの体には売れるような場所はなく、たまに持っている武器が使える場合があるが棍棒でははした金にしかならない。普通は持って帰る労力と売った時の代金を比べて持ち帰らない。
が、俺の収納にはまだまだ余裕があるので何か使い道があるかもしれないと考えて全て持ち帰る。
☆ ☆ ☆
「お帰りなさい。依頼はどうでしたか?」
「はい。きちんと完了できましたよ」
採取の依頼があったフェルト草をカウンターの上に置く。
フェルト草の量を確認すると俺たちの採取してきたフェルト草を持って奥へと消え、代わりに報酬の入った皮袋を持って戻って来た。
中には4人で雑用依頼をした時の報酬に比べれば少ない金額が入っていた。
報酬は少ないが、冒険者らしい仕事をしたと思う。
「他のみなさんはどうしました?」
「ああ、ゴブリンの血を浴びてしまったので先に帰しました」
そのため冒険者ギルドへの報告は俺1人で来ていた。
別に報告だけなら俺1人でも問題ないし、次の依頼もどんな物があるのかは俺が確認して宿に帰ってから相談すればいい。
「あの丘は、魔物が滅多に出現しない丘のはずなんですが、ゴブリンが出現したんですか?」
「もっとも弱かったので誰も怪我することはありませんでした」
「それはよかったです。やっぱり魔王復活の兆しが出てきているのかもしれませんね」
シャーリィさんが暗い表情になる。
魔王復活というのは、この世界に住む人たちにとってそれだけ重大な事件だということだろう。
「すみません。次の依頼について詳しい説明を聞いてもいいですか?」
「は、はい」
カウンターの上に掲示板から剥がして来た依頼票を置く。
そこに書かれていたのは『鉱石採取』。
「鉱石採取ですね。ショウさんの為ですか」
「そうです」
今回、薬草をいくつか入手してレイの調合魔法に使えそうな素材を手に入れた。
同じようにショウの錬金魔法に役立てられそうな金属が手に入りそうな鉱山へ行くことができる『鉱石採取』の依頼を選んだ。
「これについては難しい依頼というわけではありません。雑用依頼と同じように鉱山の関係者の所へ赴いて指示に従っていただければ結構です。ただ、魔物だけでなく崩落などの危険があるためFランクとなっています」
話を聞いてみると鉱山の奥へと行くと魔物が出てくるらしい。
しかし、今回の依頼で掘ることになるのは鉱山の入口近辺らしいので魔物の脅威は低いらしい。
シャーリィさんから地図を受け取る。
「後は、ゴブリンを買い取ってほしいんですけど、どこで渡せばいいですか?」
「素材の買取は奥の倉庫で受け付けていますのでそちらでお願いします」
ギルドの奥にある大きな倉庫へ行くと白い髪と髭をしたお爺さんがいたため収納からゴブリンを出して売った。やはり、ゴブリンの死体は買い取ってくれず、棍棒も質が悪いので買い取りを拒否されてしまった。結局、売ることができたのは心臓部分にあった魔石だけだ。
金額は1体につき大銅貨1枚。
金額がかなり低いが、それだけゴブリンに価値がないということか。