第6話 黄金の果実―前―
黄金の果実。
フォレスタニア王国の西にある小国。その国にある大きな森。
そこは、土地から溢れ出す魔力を受け止めたために広がった森でキノコや食べられる植物が簡単に手に入る。中でも木になった実は美味で、その国の特産になっていた。
そんな森では、ある伝説がある。
――数十年に一度だけ森のどこかに黄金の実が成る。
林檎のような形をしているらしく、その実を食べた者は長生きすることができるらしく、少しでも長生きしたい金持ちの好事家たちが挙って探している。
「そういう訳で今回は黄金の実を探してみようと思う」
仲間と森に近い場所にある街を訪れると宿屋の食堂で話す。
食堂には他にも多くの人がいるが、冒険者である俺たちの言動を気にしたような人は少ない。好事家から依頼を受けて黄金の実を探しに来た冒険者は多くいるためだ。
「本当に言っていたような効果があるの?」
ハルナが疑問を口にする。
「もちろんです」
肯定するのはレイ。
今回は彼女の要請で黄金の果実を手に入れに来た。
「古い文献を読んでいて見つけた記述でしたが、『黄金の果実をすり潰した物を死を待つばかりだった者に飲ませたところ息を吹き返した』というのを見つけました。どれだけの薬を作り出すことができるか分かりませんが、わたしなら死者を蘇生させられるだけの薬を作り出してみせます」
自信満々に言い切るレイ。
この世界で旅を始めたばかりの頃は自身なさげだったのに今では少なくとも薬作りに関しては自信を持って宣言することができていた。
偶には彼女の意見を聞いて行動してもいいだろう。
俺も皇帝竜退治に付き合ってもらったばかりなので協力的に行くつもりだ。
「で、問題は数十年に一度しか実を付けない黄金の果実をどうやって見つけるのかだけど……」
「それについては過去の事例から確認してみました」
アンのもっとも疑問にさらさらと答えるレイ。
以前に立ち寄った街で購入した古い本を広げる。
「数十年に一度だけ実を付ける、とありますが実際には土地に溜まった膨大な量の魔力が地表に噴出したことによって実として顕れるらしいです」
その時、魔力の噴出点の真上にある木に成る。
言わば魔力の塊とも言える黄金の実だが人体に害はないのだろうか?
「実物を調べてみない事には断言はできませんが、過去に害を及ぼしたことはないみたいです」
とりあえず過去の症状からは無害だと分かった。
「で、黄金の果実を探す方法ですけど――」
方法についてはレイに任せていた。
移動も【収納魔法】と『転移の宝珠』があれば一瞬で済ませられる。
なので、これからの行動についてはレイ頼みだ。
「一つは全員で協力して無策で探し回ることです」
「あのな……」
そんな方法で見つけられるのなら苦労はしない。
大量の人員を投入して森の中を探す。
そんな事は過去の冒険者たちが行っていてもおかしくない。
「それが、そこまで簡単な話でもないんです」
黄金の果実はキラキラと輝いていて目立つ。
しかし、実が成る前は前兆など一切ないので見落としてしまう事があるらしい。
探すうえで最も大切なのはタイミングと運。
「なら、ますます8人で探し当てるのは無理だろ」
他にもやりたい事があるため黄金の果実探しに何日も掛けていられない。
そもそも数日で終わるとは思えない。
「大丈夫です。わたしたちには『聖典』があります」
過去へ戻ることが可能な『聖典』。
『聖典』を使えば鏡を何度でも行うことができる。今日を何回も過ごせば森の中を虱潰しに探索する事は可能だ。
けれども残念ながら理論上の話だ。
森は広大だ。木に成った実を確認しながら探索するとなると8人で手分けしたとしても数十回とやり直す必要がある。
「理論上は数十回とやり直せばいいだけの話だ。けど、そこまでやり直しができない事ぐらい分かっているよな」
必要回数やり直す前に心がすり減ってしまう。
木に成っている実の確認、という単純作業を何十日も連続で行っていれば飽きてしまうのは自明の理だ。
「もちろん分かっています。なので第2プランです」
「第2プラン?」
「皇帝竜を倒した今だからこそできる方法です」
☆ ☆ ☆
8人で森の中に入る。
森には多くの冒険者がおり、木の上を確認している。
「彼らも必死だな」
「見つかれば一獲千金ですから」
好事家に売れば一生遊んで暮らせるかもしれない金額が手に入る。
何よりも今は手に入り易い時期でもある。
魔王が復活したことにより魔力が活発になっているので黄金の果実も実を付け易い状況になっている。それに過去の事例でも魔王が復活した前後ほど見つけ易いという記録が残っている。
そのため人気が高まっていた。
これだけの冒険者がいる、という事はまだ見つかっていない証拠だ。
残念ながら黄金の果実は一つしか成らないので早い者勝ちだ。
「では、お願いします」
「まあ感知は出来ているんだけど」
地中を流れる魔力を探知する。
意識を集中させる必要があるが、確かに地中を水道管のように巡っているエネルギーを感知することができていた。
場所によって太かったり、細かったりしている。
「これが【龍脈】スキルですか」
スキル【龍脈】。
地中を流れる魔力――龍脈を操作することによって自らの魔力へ変換したり、そのまま利用することによって地上の環境を変化させたりすることもできる。
皇帝竜があの山を棲み処としていたのも潤沢な魔力が得られるから、という理由があったためだ。
まず、必要としたのは龍脈を探知する能力の方だ。
この探知能力によって最も活発な場所を探り当てることができる。
「意外と皇帝竜の魔石は役立ってくれているな」
スキルについては他のドラゴンも吸収しているため期待していなかった。
思わぬ成果が得られたみたいで助かる。
やがて森の中をグルッと一周する。
「この木の傍が最も魔力が強いな」
太い木の前で立ち止まる。
太いと言っても森の中で最も太い訳ではなく、平均的な木よりも少しばかり太い木だった。
「では、お願いします」
「環境を破壊するような手段だからあまり関心はしないな」
「ソーゴさんだって強くなる為に皇帝竜を討伐したじゃないですか。これも世界を救う為に必要な犠牲の一つですよ」
レイに言われながらスキルを使用する。
【龍脈】により、木の下にある魔力の道へと周囲にあった魔力が集まり、木へと注がれている魔力が強くなる。
そうして木全体が薄い光に包まれる。
「あ……」
誰かが呟くのが聞こえる。
見上げるレイの視線を追えば黄金色に輝く実が成っているのが見えた。
「思った通り成功しました」
レイの提示した作戦はシンプルだ。
地中にある魔力を操作できる【龍脈】スキルで周囲の魔力を集める。探知したのは少しでも成功率を上げる為に太い場所を選んだため。
ただ、この方法は自然な流れを人工的に変えてしまっているような物なので環境に対してどのような被害が出るのか予想することができない点にある。
とはいえ、そこまで深刻には考えていない。
どうせ全てが終われば去る世界。
その後の世界に関しては、この世界で生きる人々が考えればいい話だ。
「さて、どんな薬ができますかね」
気分よく黄金の実を収穫するレイ。
彼女も随分と優先順位を考えられるようになった。