第5話 皇帝竜―後―
「どういう事だ……?」
皇帝竜は俺の言っている意味が分からずに困惑している。
まあ、普通は魔石を取り込んで自身のステータスをアップさせるなんて考えられない。
「さてはワシを倒して素材から武具を造るつもりだな」
最強の生物――竜。
その身に纏った鱗、全てを斬り裂く爪、全てを貫く牙。
体中にある素材は、どれを使ったところで最強クラスの武具ができるのは間違いない。
ましてや相手は最恐のドラゴンである皇帝竜。
素材を利用した武具は伝説級となる。
そういう意味ではドラゴンの価値は高い。
「ああ。お前の体から武具を造って一般兵に配れば戦力増強にはなるか」
「なに……?」
皇帝竜が信じられない物を見るような目でこちらを見て来る。
自分の体を使って造られた武具を使うのなら英雄のような人物だとでも思っていたのだろう。それが実際に使われるのは有象無象とも言える一般兵。
皇帝竜の我慢の限界を越える。
「貴様は……ここで殺す!」
背中にあった鱗の何枚かが剥がれる。
地面に落ちた直後、周囲の土を掻き集めて人の形を造り出す。剣や槍を装備しており、騎士のようにも見える。
「これこそ竜騎兵。皇帝竜だけが使うことの許されたスキルよ!」
皇帝竜には自らから剥がれ落ちた鱗に仮初の命を宿すことができる。それは、皇帝竜の命令だけを忠実に聞く騎士だ。人間の騎士なら1対1では絶対に敵わない強さを誇っている。
そんな騎士が100体。
いくらスキルによって作られた存在とはいえ随分と奮発したものだ。
「ハハッ、これだけの数に驚いたか!」
何も言わずにいると恐れたと勘違いされてしまった。
実際には、それぞれのステータスを確認していた。
そこまで突出した強い相手もいないみたいなので油断しなければ問題ないだろう。
「――行け!」
皇帝竜の号令に従って100体の騎士が突っ込んで来る。
彼らは皇帝竜によって造られた存在である為に恐怖というものがない。
「どうするの?」
騎士を前にしたアンが聞いて来る。
その姿に恐れたような様子はない。これまでの旅で十分に強くしたために100体の騎士が迫っていていても恐怖など感じなくなっていた。
実際、今なら楽に勝てるだろう。
「う~ん……皇帝竜に逃げられても迷惑だから俺が一瞬で片付けるよ」
この状況で最も困るのは皇帝竜に逃げられてしまうこと。
アンたちがその実力を遺憾なく発揮したとしても全ての騎士を葬るのに数分の時間を要してしまう。そうして騎兵を倒している間に恐れを為した皇帝竜が逃げる可能性がある。
やはり、一瞬で片付けてしまうに限る。
足元から魔法陣を広げる。
一気に100メートル近くにまで拡大された魔法陣。
こちらへと突撃を仕掛けて来た騎兵の全てが魔法陣の内側に収まる。
「――収納」
全ての騎兵が一瞬にして姿を消す。
俺がやったのは単純に騎兵を収納しただけだ。
いくら自意識があって仮初の命が与えられているとは言っても仮初の命は仮初でしかない。騎兵は『生物』ではなく『物体』。ならば収納することが可能だった。
「は――?」
忽然と姿を消した騎兵に皇帝竜が呆ける。
倒されることならともかく、一度も接触することなく姿を消すなど想像もしていなかったに違いない。
「うん。支配権も得たし、問題ないな」
主の命令を聞いて動き回ることのできる騎兵。
実に便利そうだ。
「あまり時間も掛けられないんだよ」
悪いが、これ以上は待ってやるつもりはない。
皇帝竜よりも高い場所まで跳び上がると収納から取り出したハンマーを振り落とす。
「落ちろ」
「ギャアアアァァァァァ!」
呆けていた皇帝竜は背中に回り込まれた事に気付いていない。
ハンマーを無防備な背中に振り落とせば鱗が大量に剥がれる。
「ぐぅ……」
地面に倒れた皇帝竜が起き上がろうとしている。
だが、そんな暇を与えるつもりはない。
ハンマーで体中を何度も何度も叩く。
ドラゴンの体から剥がれ落ちた鱗は色々と使い道がある。
「や、止めろ……」
皇帝竜が懇願して来る。
だが、聞いてあげるつもりはないので無視だ。
「これは、なんというか……」
「ドラゴンの威厳なんて皆無ね」
ミツキとユウカが呟いたのが聞こえた。
今、行われているのは一方的な虐殺だ。
だが、これも必要な事の一つだ。
「ったく、魔石はまだなのかよ」
巨体を誇る皇帝竜。
俺たちの目的の為にも魔石を回収したいところなのだが、魔石は体内にあるため回収ができるように叩き続けなければならない。
「おっと……!」
寝返りを打った皇帝竜が鋭い爪の生えた手を振り落としてくる。
後ろへ跳ぶと地面が抉られる。
「死ねッ!」
口を大きく開いた皇帝竜がこちらを向く。
ドラゴンの最強攻撃手段である息吹。
何度も攻撃されている間に魔力の充填を終えていたらしい。
威力は高いが、発動までに時間が掛かるのが息吹の欠点だ。
「ふむ……」
回避は簡単だ。
だが、それよりも試したい事があったため後ろへ下がる。
充分な距離を取ったところで収納から拳銃を取り出す。見た目は普通の拳銃と変わらないのだが、その中身は普通の拳銃ではない。
ブレスに照準を合わせる。
放たれたと同時に引き金を引く。
「……!」
ブレスを放ちながら皇帝竜が驚く。
たった1発の弾丸が最強竜の放つブレスを押し退けている。
「ば、馬鹿な……!」
「これが現実だ」
「がぁ!」
ブレスでは弾丸を防ぐことができずに口内を貫通されてしまう。
「今のは……」
「電磁加速砲だ。ま、名前を言ったところで分かるはずがないよな」
某国で開発された試作段階だった物。
残念ながらいくつかの技術的欠陥があったせいで完成には至っていなかった。
それを魔法的技術を組み込むことによってショウと一緒に完成させた。
結果は上々。残念ながら発射時に【収納魔法】を使える必要があるせいで俺以外には使えないが、最強竜のブレスを前にしても勝てたことで威力の強さは証明された。
皇帝竜に近付く。
「く、来るな……」
すっかり怯えた様子の皇帝竜。
「ワシはただ静かに過ごしたかっただけだ」
「残念だけど、俺たちは中立なんて認めてやるつもりはない」
既に無関係な俺たちが巻き込まれている。
そんな俺たちから見れば、中立=味方ではない=敵、という図式が成り立っている。
選べる立場は『味方』と『敵』だけだ。
「……それでもワシは今さら人間に協力などできん!」
「そうか」
収納から金属でできた人よりも大きな筒と杭が一体化した兵器――パイルバンカーを取り出す。
地球ではロマン兵器の一つとして取り上げられる物。
レールガンが完成した時に興が乗っていたため完成させてしまった代物だ。
パイルバンカーの先端を皇帝竜の胸に押し当てる。
「な、何をするつもりだ?」
「もちろん魔石を摘出するんだよ」
パイルバンカーに魔力を流す。
電磁加速された杭が皇帝竜の胸を吹き飛ばす。
「ど、どうしてこんな事に……」
「お前にはお前の考えがあって人間の味方をしなかったのかもしれない。けど、それは世界にとっては不要な想いだ。この期に及んで協力しないお前には生きる価値がない」
開けられた胸の中には燦然と輝く魔石がある。




