第4話 皇帝竜―前―
「おかえりなさい」
「ただいま」
王たちとの会談を終えて拠点にしている場所へ戻ってみるとレイがお茶を用意しながら待っていた。
『転移の宝珠』を収納する。
俺の【収納魔法】と合わせることによって、どこだろうと移動することが可能な『転移の宝珠』だが一つだけ欠点がある。収納から取り出して、そこへ移動するというプロセスが必要な以上、移動するまでにどれだけ急いでも2秒必要になる。
その2秒の間に移動することを相手に知られてしまう。
今も、こうして俺の移動が知られてしまったためにお茶を用意してもらっている。
用意されたのは日本茶だ。
異世界にはない物品だが、日本から簡単に取り寄せることができるようになったため物資には困らない。
数カ月間とはいえ、日本製品を手にしていなかったためついつい求めてしまう。
「やっぱり日本人には日本茶だな」
「で、どうだったんですか王との会談は?」
「滞りなく終わったさ」
魔王討伐の要請は済ませた。
いくら身勝手に召喚されたとはいえ、この世界にいる人たちも必死に生きていることには変わりない。だからこそ、最後のチャンスとして最も魔王を討伐し易いタイミングを提示してあげた。
もっとも討伐そのものに手を貸すつもりはない。
自分たちの責任ぐらいは自分たちで取ってもらおう。
「こっちの方はどうだった?」
「山に変化はなし」
俺が会談に行っている間、次の目的地である岩山の監視をお願いしていたショウとミツキが戻って来る。
「この山に皇帝竜と呼ばれる竜がいるのは間違いないんだよ」
最古にして最強の竜。
そう呼ばれる竜がいる、という噂を耳にして世界の西端にある大きな岩山へとやって来ていた。
今日で探索を初めて3日目。
既に山をグルッと回るように探索を終えたが、それらしい姿を見つけることはできなかった。
とはいえ、山はゴツゴツとした岩があるばかりの見晴らしのいい山なので普通に歩いただけで探索が終わってしまった。
「竜は魔物の中でも最強クラスの魔物だ」
以前に遭遇したレッドドラゴン。
あの時はスキルの使い方が分かっていなかったうえに弱かったとはいえ、最強種を名乗れるぐらいに強かったのを覚えている。
そんな竜の中でも最強の竜。
そんな竜の魔石を手に入れることができればさらに強くなることができると思い足を延ばした。
「そうなると、後は頂上ぐらいしかないな」
後は頂上を残すのみ。
そんな時になって会談の時間が迫ってしまったために探索を中断しなければならなくなってしまったため監視をお願いしていた。
「さて、行くか」
☆ ☆ ☆
山の頂上。
すり鉢状になっており、そこに身を丸めた巨大な竜がいた。
大きさは、山の中にもう一つの山があるのではないか、と思わせるほどに巨大だった。
「……む?」
低く唸るような声が響き渡る。
「このような場所に来客とは珍しいな」
人とは発声器官が違うため発音が難しいみたいだが、きちんと人の言葉を発することが可能みたいだ。それだけで相手の知性が高いことが窺える。
「初めまして皇帝竜。俺の名前はソーゴ。異世界から召喚された勇者の一人です」
「ほう……たしかに人でありながら不思議な気配を感じるな」
こちらに興味を持ってもらえたのか丸めていた体を起こす。
改めて見てみるとデカい。
起き上がった姿は100メートル近くあり、西洋風なドラゴンの姿は凄まじい威圧感を放っている。低い場所から立ち上がったにも関わらず向こうの方が高いため見上げなければならない。
何よりもこちらを睨み付けて来る鋭い視線。
一般人なら視線だけで殺されていたかもしれない。
「して、何用だ?」
「はい。魔王討伐に協力して欲しいんです」
噂に聞く皇帝竜の実力なら魔王軍四天王に匹敵するかもしれない。
皇帝竜の協力が得られるだけで今後の生存率は一気に上がる。
「悪いが、我は協力しない」
「なぜ?」
「我の力は強大過ぎる。その力を一度振るえば世界に著しい影響を及ぼしてしまうことになる。だからこそ我は世界に干渉しないと決めた」
たしかに皇帝竜が本気で戦闘を行えば都市は吹き飛ばされ、大地が抉られることになってしまう。
そんな状況は当の本人も本望ではないのだろう。
心優しいドラゴンと言える。
「だから、こんな場所で誰に関わることもなく過ごしていると?」
「そうだ。我は手助けをしない。だからこそ人の手で世界救済が成らなかった時は大人しく滅びを受け入れることにしよう」
人間が魔王に負ければ世界が滅びることになるかもしれない。
その時になっても皇帝竜は抵抗せずに受け入れる。
「つまり、利益だけを享受しておいて自分は何もしないって言うつもりか?」
最初は数千年と生きているドラゴンと聞いていたので敬語だったが、あまりに相手が馬鹿らしい存在だったため敬語を止める。
「何?」
「だって、そうだろ。ここで何もせずに大人しくしている。たしかに聞こえはいいかもしれないけど、誰のおかげで何百年もの間生きていることができていると思っているんだ」
数千年前から存在している皇帝竜。
その間に魔王の復活は何度もあった。もしも、召還された勇者が魔王を討伐できなかった場合、皇帝竜は魔王の手によって殺されていた可能性がある。
つまり、今も生きていられるのは勇者が魔王を討伐してくれたから。
「……何が言いたい?」
「あんたは世界に悪影響を与えたくない、って言った。けど、あんたが自分の力を完全に制御したうえで振るえていれば誰の犠牲を出すこともなく魔王を討伐することができたんじゃないか?」
少なくとも戦闘がもっと楽になったのは間違いない。
その場合、犠牲を最小限に抑えることができたはずだ。
「どれだけ言い訳を述べたところで意味がない。この世界とは無関係な人間である俺たちが巻き込まれているのにニートみたいにダラダラと過ごしているだけのお前がどうして生きている」
「うるさいわ!」
皇帝竜が腕を振るう。
鋭い爪によって地面が抉られ、腕を振るった時の風圧によって岩が吹き飛ばされている。
「コレがワシの力だ。少し動かしただけでコレだ。全力で戦えばこの程度の岩山など簡単に吹き飛んでしまう!」
「そうだろうな」
「……っ!」
振るわれた皇帝竜の腕を手で受け止める。
受け止められた皇帝竜の方は、まさか受け止められるとは思っていなかったせいで目を見開いている。
「貴様は一体……」
「もう一度だけ問う。この世界に生きる者として魔王討伐に協力しろ。魔王討伐はこの世界の人間にとって義務だ」
「考えるまでもない。ワシは俗世を捨てた身。どのような事情があろうとも関わり合いになるつもりはない」
皇帝竜の口に魔力が溜まる。
膨大な光が奔流となって迸る。
息吹こそドラゴンにとって切り札とも言える攻撃手段。
だが、そんな息吹も収納されてしまえば力を失う。
「お前の思惑は関係ない。たとえ、どんな事情があろうとも協力してもらう」
魔石だけになってステータスを強化するだけの存在になったとしても。