第3話 王招集―後―
「メグレーズ王国は反対。他の国々はどうですか?」
最初から彼には期待していない。
他の国々の面々に問い質していた。
「もちろん協力させてもらおう」
「自分たちの世界ぐらい自分たちの力で守れなくては」
「息子の責任もある。我が国も協力させてもらおう」
「獣人たちから協力が得られるか分かりませんが、可能な限り協力させてもらいます」
他の4国の王からは了承を得られた。
「なっ……!」
しかし、その言葉はメグレーズ国王にとっては信じられない言葉だった。
「まあ、そうだよな。大国として魔王を討伐できる機会をみすみす見逃すはずがない。逆に、どうしてメグレーズ国が参加しないのか不思議なくらいだ」
「……っ! 貴様ら、正気か!? 魔王を倒すのは『異界の勇者』の役目だ。我々が命を懸ける必要など……」
「ないって言いたいのか? なら、俺たちの方こそこんな世界の為に命を懸ける必要がないな」
心底呆れるしかない言葉だ。
「仮に俺たちが魔王を倒したとしよう。その結果、お前たちはどんな報酬を用意してくれるんだ?」
「何を言っている!? 我々は勇者を召喚する為に貴重な魔法道具や宝石を触媒に使用しているんだぞ!」
「それは、勇者を召喚する為の経費であって依頼を果たした勇者に支払う報酬じゃない。そんな事も分からないのか?」
馬鹿にするように言うとメグレーズ国王の表情が険しくなる。
逆に他の4人の王は冷静になっていた。
「――では、金銀財宝もしくは城から好きな物を持って行くがいい」
それがメグレーズ国王のようやく絞り出した答えだった。
全く分かっていない。
「その程度の報酬で済ませようと思っているんなら本当にお気楽な奴だな」
「なっ……!」
「勇者召喚に頼っている時点で、お前らには生きる資格がないんだよ」
魔王が復活した当初は自分たちでどうにかしようと思っていた国もあった。
しかし、時間の経過と共に強くなる魔物や魔族を前にして人間側の心はすぐに折れてしまった。
そうして頼ったのが『勇者召喚』。
「分かるか? お前らは『自分たちの力だけでは生き残ることができない』と認めたからこそ異世界の人間に頼ることにしたんだ。召喚した時点で、『自分たちの生存権』を俺たちに譲り渡しているんだ」
無関係な人間に頼っている時点で彼らの権利などないに等しい。
何よりも目の前にいるのは人民を守らなければならない立場にいる国王たちだ。本来ならば異世界の人間に頼ることなく防衛しなければならないのが国王の役目であるはずだ。
国王としての義務を放棄してしまっている。
「たしかに俺たちに魔王討伐を任せれば自分たちは一切の被害を出すことなく勝利することができる。そのうえで、どうしても全てを俺たちに任せて魔王を倒して欲しいと願うなら、この世界にいる全ての人間が俺たちに対して未来永劫隷属するぐらいの覚悟を見せて欲しいものだ」
「それは……」
そんな事を許容できるはずがない。
だからこそ魔王討伐は自分たちで行われなければならない。この世界の人間の力ではどこまで力が及ぶのか分からないが、少なくとも夥しい被害が発生してしまうことだけは間違いない。
それでも国王として決断した。
その事だけは評価してあげよう。
「そして、4国が賛成した以上メグレーズ王国だって協力しない訳にはいかない」
「……っ!」
協力しなかった場合のデメリットまで考えが及んで歯を噛み締めている。
もしもメグレーズ王国以外の国で魔王が討伐できてしまった場合、間違いなくメグレーズ王国は責められることになる。
――魔王討伐に参加しなかった臆病者の国。
嘲笑。
その事実を指摘されて他国との間に不利な条約を結ばされる可能性だってある。
何よりも他国と戦争をする事は絶対にできなくなってしまう。魔王との戦いに参加しなかったからこそ戦力を残しておくことができた。そんな風に思われてしまえば、どれだけの正義を翳したところで責められてしまうのはメグレーズ王国の方になる。
魔王を討伐した後で様々な要因により不利な立場に立たされる。
……最終的にはメグレーズ王国を滅ぼすことになるかもしれない。
「分かったようだな。お前は俺に協力するしかないんだよ」
「……いいだろう。我が国も魔王討伐に協力させてもらう」
「協力感謝しよう」
これで要望の一つは達成された。
「後は、報酬についてだな」
魔王を倒さないとはいえ取り巻きたちについては倒してあげるつもりでいる。
何かしらの報酬を貰わなければ割に合わない。
「これに関しては金銀財宝で構わない」
魔王を討伐した時よりもグレードを下げる。
それでも日本円に換算すれば数千兆円……一生遊んで暮らして行くには問題なさそうな金額を提示する。
「そ、そんな金額を簡単に用意できるはずがないだろ!」
「一括での支払いが無理なら分割でもいいぞ」
何十年掛かろうとも必ず請求してみせる。
「分かった。分割で払う」
メグレーズ国王が折れた。
他の王たちは報酬を支払うことに文句がないみたいなので頷くだけだ。
「こちらも未だ準備の途中だから正式な日付が決まったら、また集まってもらうことになるからよろしく」
収納から『転移の宝珠』を取り出す。
魔法道具を発動させれば拠点にしている場所へ移動できる。
☆ ☆ ☆
「はぁ~」
ソーゴがいなくなった瞬間、フォレスタニア国王が溜息を吐いた。
圧倒的な強者はその場にいるだけで周囲に威圧感を与える。今回、要請……命令を下す立場にあったソーゴは一切威圧感を抑えていなかった。そのため王であっても緊張状態を強いられていた。
ただ一人、メグレーズ国王だけは怒りから気付いていなかった。
「痛い話をされてしまったな」
「そうだな」
デュームル聖王とフェクダレム皇帝が呟いた。
彼らにはソーゴに責められているという事が痛いほど分かっていた。
自分たちがしっかりと世界を守ることができていれば、あのような若者を巻き込むようなことはなかった。
今、巻き込まれている被召喚者たちを助ける為には自分たちの手で魔王を討つしかない。これまでに召喚されてしまった人たちには謝ることしかできない。
彼らへの贖罪の意味も含めて報酬を支払うことを決断していた。
もっともメグレーズ国王だけは思惑があった。
「それにしても、よく報酬を了承したな。最大国家という立場を考えればメグレーズ王国が最も負担するのは間違いないだろうに」
「ふん、分かっていないな」
自らの策略に自信のあるメグレーズ国王は鼻を鳴らす。
「報酬など支払う必要はない」
「と言うと?」
「奴らは全てが終われば元の世界に帰る。異世界同士の移動が簡単に行えなければ報酬を受け取りにくることもできない。そうすれば奴らに支払う必要もない」
間違ってはいない。報酬を渡す相手がいなければ報酬を支払う必要もない。
しかし、メグレーズ国王は分かっていなかった。
「彼ら……いえ、彼だけは異世界間の移動を簡単にできるみたいですよ」
「なに!?」
国を救ってくれた事からクウェイン王国は彼らの動向を常に気に掛けていた。その中でもソーゴには最大の注意を払っていた。
そうして調べたところ、得られたのは見た事のない道具や兵器と思われる物。
どれもポラリスでは再現不可能だというのが学者たちの見解だ。
相手が『異界の勇者』でなければ笑い飛ばしたり、時折遺跡などから発見されるアーティファクトの存在を疑っていたりしたところだが、一つの可能性が国王の頭を過った。
異世界の道具。
そう考えれば、いくつもの見た事ない道具がある事に頷ける。
では、どうやって持って来ているのか?
本来あるはずのない物を『出す』という光景は【収納魔法】を連想させるのに時間を要しなかった。
「少なくとも別世界にいながら物資の輸送は可能みたいだ。彼は、その気になれば城からありとあらゆる財宝だって盗み出すことが可能なのだから報酬を理由にあらゆる物を持ち出す可能性があるぞ」
「なっ……!」
メグレーズ国王の策略は彼らが元の世界に帰り、こちらには何の干渉もできないと思っているからこそ成立する。
それが、ソーゴの特殊な【収納魔法】のせいで瓦解した。
「もう契約してしまった以上はこちらの意見など一切聞かないだろうな」
大国だからこその負担に頭を悩ませることになる。
報酬は約束しました。
これで魔王『軍』とは戦います。あ、魔王は現地住民たちに任せます。